第44話 暁-1
昔からどこか抜けているタイプだった。
同級生たちのグループの中では、どちらかと言えば世話を焼かれる側。
だから、三つも年下の朝陽が殊更可愛く見えていたし、何くれと無く世話を焼いて回った。
どれだけ鬱陶しがられても。
朝陽の前でだけは年上だと胸を張ってお姉さんぶることが出来たからだ。
実際にお姉さんぶれていたかどうかは別として。
けれど、朝陽がこちらに戻って来てから一度として年上らしく振舞えたことなんてない。
明らかに朝陽の方が人生経験が豊富だし、未弥よりも世の中をよく知っているのだ。
結婚してからはさらに、朝陽は年下返上を掲げたように未弥の世話を焼いて来る。
だから、今日の失敗は朝陽のせい、ということにしておく。
だって半分以上彼が悪いのだから。
・・・・・・・・・
お馴染みのカサブランカでランチセットを美味しく頂いて、食後のコーヒーを楽しんで、さあそろそろ図書館に戻ろうかなと思ってレジ前でカバンの中を確かめて、未弥は悲鳴を上げた。
「あーっ!!」
「ど、どうしたの、未弥ちゃん!?」
奥の厨房から悲鳴を聞いて飛び出して来た店主夫妻に向かって未弥はしょげた顔を向けた。
「ご、ごめんなさいっっつお財布忘れてきました」
朝起きた直後は完璧だったのだ。
珍しくアラームが鳴る前に目を覚まして、隣の朝陽が熟睡中である事を確かめてなんだか勝った気になった。
折角早く目が覚めたのだから、たまには朝食を用意して、洗濯機を回して奥様らしいことをしてみようかしら、なんて思って布団から抜け出そうとしたら。
「・・・・・・なんでそんな早起き?」
目を覚ましたらしい朝陽が、欠伸しながら腕を伸ばして来た。
未弥を捉えようと彷徨うそれからするりと逃れて上掛けを捲る。
「だって昨日早く寝たから」
「・・・・・・ああ、そっか・・・俺が風呂から戻ったらもう寝落ちしてたな」
結婚してから変わらず入浴の順番は未弥が一番で朝陽が二番だ。
朝陽がお風呂に向かった後、布団に潜りこんで読みかけの本を広げるのが就寝前の楽しみである。
けれど、昨日は読書欲よりも先に睡眠欲が出て来てしまったのだ。
未弥が慣れるまではと遠慮していた朝陽が、シフトの真ん中の夜にも仕掛けてくるようになって、明日も仕事だしと言い返す未弥を上手く翻弄して夢中にさせるようになってから、当初の休前日の決め事は有耶無耶になった。
求められれば嬉しいし、二人で抱き合って眠る幸せにも馴染んだ。
それでも未弥の体力にも限度がある。
これまでずっと運動部とは無縁の生活を送って来た未弥は、筋力も体力もない。
これでも十分加減していると零す年下の朝陽についていけるわけがなかった。
そして昨日の寝落ちである。
枕元を探っても本が見当たらないので、恐らく朝陽が片付けてくれたのだろう。
彼が昨夜何時に眠ったのかは分からないが、この時間まだ布団にいるということは、夜更かししたに違いない。
22時前に意識を手放した未弥は、すっかり元気を取り戻していた。
朝陽の手料理のおかげですっかり肌艶の良くなった貧血知らずの肌をひと撫でして、彼がすうっと目を細める。
少ないなりに経験を積んできた未弥は、朝陽の表情で彼の欲求のバロメーターがなんとなく分かるようになっていた。
あ、この目は不味いなと大急ぎで距離を取るも、起き上がった朝陽が動く方が僅かに早かった。
ぽすんと布団の端に座り込む羽目になった未弥を後ろから抱きかかえた朝陽が、機嫌良く首筋にキスを落とす。
何かの始まりを予感させる唇の動きに慌てた。
「し、しない」
「うん・・・」
おざなりに応えた朝陽がそのまま鼻先をパジャマの襟口に擦りつける。
慣れた手つきでボタンを外す手のひらを押さえてみるも、すぐに反対の手が伸びて来た。
「うんじゃなくて・・・あ、駄目って・・・んんっ」
このひと月弱で丸裸にされてしまった未弥の気持ちいい場所を的確に探る手のひらが、呼吸を乱しにかかって来る。
皮膚の硬い指の腹で胸の先を押し捏ねられて、込み上げて来る愉悦に爪先を丸めた。
朝陽の手のひらは強引でも気持ちのいいことしかしてこない。
だから拒めなくて困るのだ。
離して欲しいのかもっとして欲しいのか分からなくなる。
滲んでいく視界の端に、脱がされたパジャマが放り出されるのが見えた。
「・・・・・・ちょっとだけ」
恐らく朝陽の思うちょっとと、未弥の思うちょっとはかなり違うはずだ。
具体的に何がちょっとなのか、訊いたら・・・駄目だ、と本能が防御機能を作動させる。
唇を掬うように重なったキスが深くなったら全部の思考が飲み込まれて、結局朝陽の”ちょっと”に付き合ってしまった。
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