第41話 夜更-2
学生時代の習性は大人になっても変わらずにここまで来たのに。
自分以外のことに夢中になっていたからだ。
いつもなら気づいたはずのサインを完全に見逃してしまった。
正直、未弥と一緒にいるときは自分のことなんてどうでも良かった。
朝陽の返事に、未弥がパチパチと瞬きをしてから眉を下げて小さく笑った。
昔、未弥がまだ朝陽を年下の子供として扱っていた頃によく見せていた笑顔だ。
彼女への気持ちを自覚してからは、一番見たくない笑顔だった。
取り出した着替えをサイドテーブルの下に置いた彼女が、いい子いい子と朝陽の頭を撫でた。
こんな風にされるのは、いつ以来だろう。
一度激しく未弥の手を振り払ってから、彼女は朝陽にこんな風に触れることは無くなってしまった。
馬鹿だったな、と思う。
いくらだって撫でて貰えば良かったのに。
あの瞬間は、あの時だけなんだから。
「独りだと風邪引けないもんねぇ・・・・・・」
しみじみ呟いた未弥が、へにゃりと相好を崩した。
「寝込めるようになって、良かったね」
なんでそれを今言う。
心の一番柔らかいところをふわりと撫でて包み込んで、思考の全部を攫って行く。
嬉しさと悔しさがない交ぜになって押し寄せて来る。
一番見られたくない弱いところに頬を寄せるような一言は、熱でただでさえ回らない頭をさらに動揺させた。
油断したら泣いてしまいそうだ。
「治るまで側に居てあげるから、ゆっくり休みなさいよ。私こう見えて看病得意なんだからね」
お母さんで耐性付いてるから、と胸を張られて朝陽は力なく眉を下げた。
「・・・・・・自慢になんねぇよ」
自分でも驚くくらい弱り切った声が出た。
甘えていいよと言外に告げられて、なんでこんな時に高熱なんだと自分の身体に叱責したくなる。
健康体の時にこんな風に言われたら、今度こそ間違いなく押し倒すのに。
これまで理性で必死に押し込めて来た色んな願望や欲求が一気に溢れ出して来る。
和室で布団を並べて眠ることに慣れてしまったせいか、自分の部屋のシングルベッドがやけに狭く感じた。
この状況で未弥を隣に寝かせるわけにはいかないと頭では分かっているのに、腕に抱き込んだぬくもりを覚えてしまった身体は一方的に飢餓感を訴えて来る。
「独りじゃないから、ちゃんと寝てね。様子見に来るし」
いつも朝陽がそうするように上掛けを直してから、ぽんと叩いて未弥がベッドから立ち上がった。
遠ざかって行く白い手を追いかけて、捕まえて引き寄せる。
振り向いた彼女が、なにか欲しいものでもあるのかと首を傾げたけれど、答えずに二の腕を掴んで思い切り引き寄せた。
「っきゃ!」
短い悲鳴と共に、未弥の身体が倒れ込んで来る。
慌ててシーツに手を突いた彼女が驚いた表情でこちらを見ろして来た。
下からのアングルは初めてかもしれない。
相変わらず熱い手のひらで項をするする撫でてて、耳たぶを軽く引っ張る。
きゅっと目を閉じて肩を竦めた未弥が、嗜めるように口を開いた。
「こら、病人」
寝室を一つにした夜、朝陽の布団に眠ったまま侵入して来てから、未弥はどんどん朝陽の手のひらに慣れて行った。
最近では読書中にちょっかいを掛けて彼女の手から本を抜き取る術まで覚えた。
仕掛けたキスにはおずおずとだが応えてくれるし、背中に腕を回せばちゃんと抱きしめ返してもくれる。
彼女の柔らかい肌も唇も、朝陽にはいつだって従順なままだ。
「熱あるんだから」
輪郭を包み込んだ手のひらに頬を寄せながら、未弥が朝陽の腕の中から逃れようと上体を起こす。
もう一度その手を引き寄せて、爪の先にキスを落とした。
「・・・・・・・・・未弥、そろそろ俺に慣れた?」
「ん?・・・・・・・・・うん」
素直に頷いた未弥が相変わらず訝しげな表情でこちらを見つめて来る。
逃げられるのは分かっていたけれど、これ以上側に置いておけないのでちょうどいい。
耳の後ろを擽って、おくれ毛を指に絡ませてからそっと解く。
「・・・・・・熱、下がったら抱いていい?」
「うん・・・え?」
こくんと頷いた未弥が、慌てたように言い返した。
まあそうなるだろうなとは思っていたので、それ以上の言及は避けて彼女から腕を離した。
「考えといて」
もういいよと彼女の背中を軽く叩けば。
一瞬唇を引き結んだ未弥が、もう一度頷いた。
「考えなくても・・・・・・いいよ」
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