第40話 夜更-1

未弥と結婚して分かったことは、結局自分はこれまでの人生で一度も未弥以外の人間を懐に入れた事が無かったのだな、ということ。


誰と親しくなっても、誰と付き合っても。


彼女の人生を半ば強引に抱え込んだ今になって、これまでの自分の不誠実さに愕然としている。


表面上では優しくしながらも、誰にこともたいして大事では無かったのだ。


だから動じずにいられた。


絶対に失くせないとわかりきっている誰かが側に居れば、終始冷静でなんていられない。


毎日未弥が機嫌よく元気で居てくれること、それだけをただただ願って、その為だけに日々の充実を計る。


こればっかりは未経験なので加減も正解も分からない。


無機質な機械を相手にし続けた反動か、返って来るリアクションに信じられないくらい一喜一憂する自分がいた。


そして、そんな生活に夢中になり過ぎたから、身体がオーバーヒートしたのだ。





・・・・・・・・・





「わあ・・・また熱上がってる」


帰り道で購入して来たらしい耳式体温計を確かめた未弥が、朝陽の額に手を当ててあつっと声を上げた。


もっと動揺するかと思ったのに、未弥の反応は冷静そのものでこの間生理痛で右往左往した自分が情けなくなってくる。


「歩けるうちに病院行く?」


夜間診療やってること探そうか?とスマホを取ろうとした未弥の手を自分のそれで押さえた。


彼女の冷えた指先が心地良い。


これは38度は確実にあるな・・・


「いい・・・ロキソニン飲んで寝る」


歩く気力が無いし、行ったところで風邪と言われるだけだろう。


ひたすら寝て体力を回復させるほうが得策だ。


掠れ声の朝陽の返事に、未弥は了解と頷いた。


「ん、分かった。疲れが出たんだよ。こないだからずっと休日出勤してるでしょー?身体が休めって信号出してるの」


今朝から熱っぽかった朝陽に気づいた未弥が、仕事休めば?というのを在宅にするからと返してどうにか定時まで堪えたが、午後のほとんどはぐったりして過ごした。


具合が悪くなることを見越した彼女が耳式体温計と一緒に購入して来たゼリー飲料とスポーツドリンクをサイドテーブルの上に並べていく。


正しくは休日出勤では無くて、上司からの頼み事なのだが、詳細は言えないのでそのままにしておく。


西園寺の婚約者である瑞嶋瑠璃の出自は知らないが、デジタルカメラが普及していなかった時代の一般家庭でフィルムカメラに収められた子供の成長記録とは到底思えない量の写真から察するに、やはり彼女も相当な家柄のお嬢様だったのだろう。


七五三はもちろんのこと、年に何度もプロのカメラマンによる家族写真が撮影されていたし、着物姿の写真が何枚も出て来た。


小学校入学までの分をデータ化して、厳重なセキュリティの開発向けサーバーに西園寺専用のフォルダを作って指定のパスワードを設定して、同じことを小学校分でしようとしたら写真の量が倍になった。


さすがに一日仕事では終わらずに、未弥が仕事に出掛ける翌週の土日も研究所ラボに籠って最新分までデータ化をし終えた。


朝陽でも制服を知っているこの地方の名門である聖琳女子の制服姿の瑠璃が出て来た時に、彼女はまさに純粋培養で育てられた箱入り娘なのだと確信が持てた。


聖琳女子といえば、未弥が一度でいいから制服を着てみたいと大騒ぎしていた女子高である。


元通り写真をアルバムに戻して届けられた時と同じ箱に詰め終えたところで、すぐに西園寺から追加の依頼が来て、指定された何枚かの写真は引き伸ばしたり加工したりして西園寺の個人スマホに送られることになった。


恐らく、自分がいまもまだ独り身だったなら、なにをしょうもないと呆れただけで終わっていただろうが、朝陽には現在妻が居る。


西園寺がスマホにこっそり彼女の写真を保存しておきたい気持ちは理解出来た。


だから、彼に感化されたということにして、こっそり未弥の寝顔をカメラに収めた。


待ち受け画面なんかにするつもりはないので、すぐに隠しフォルダに移動させて疲れた時にこっそり見て和んでいる。


「朝陽、熱出した時いっつも何食べてるの?」


これから汗をかくだろうからと手際よくタオルと着替えを用意し始める未弥は相変わらず落ち着いている。


未弥の母親は、老人ホームのケアマネジャーで、スタッフが感染症で倒れると休日返上で泊まり込みで仕事をすることも珍しくなかった。


そして、みんなが回復した頃によく遅れて寝込んでいた。


母子二人暮らしだったので、未弥はそんな母親の看病で慣れているのかもしれない。


「・・・・・・覚えてない」


回らない頭で記憶を辿ってみても、祖母と二人暮らしをしていた頃に付きっ切りで看病して貰った記憶くらいしか出てこない。


「え、寝込むのいつ以来?」


「・・・・・・高校入ってからこんな寝込んだこと無かったな」


寮は個室でプライベートは守られたが、その分自分で自分の面倒は見なくてはならなかった。


もちろん医務室はあったけれど、頼ったことは無かった。


あの頃から風邪かなと思ったらすぐに薬を飲んで眠るようにして居たので、こんな風に高熱を出したことが無かったのだ。


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