第37話 暮夜-2
「未弥・・・・・・色々すっ飛ばして、急かしてごめんな」
「私の性格考えたら、こうでもしないと動かなかったと思うから・・・・・・これからもよろしくって・・・言っていい?」
「そんなの俺のほうが言いたいよ」
弱り切った声に、少しだけ笑う事が出来た。
朝陽が抱えている漠然とした不安は、また一人きりになることへの恐怖だ。
彼は、未弥が知らない本当の孤独を知っている。
だから、手に入れた未弥が弱るのを恐れる。
髪を撫でる手が、膝を叩く未弥の指先を捕まえた。
強く握り込まれて、その力強さにほっとする。
「・・・・・・良かった」
こうして繋いだ手のひらから、安心を届けることが出来るのは未弥ひとりだ。
朝陽が選んでくれたことを誇りに思って、その想いに全力で応えたい。
もう二度と寂しいなんて思わせたくは無かった。
「俺は、おまえには何でもしてやりたいよ。結婚してからこっち未弥はなんにも言わないけど・・・あれこれ世話を焼かれるより、俺が差し出すものを受け取ってくれるほうが、ずっと嬉しいし、安心する」
彼の言葉に、ああそうか、と長年の疑問が一つ溶けた気がした。
小さい頃から朝陽は世話を焼かれることを嫌って、何でも自分でしようとする子供だった。
祖母と二人暮らしで、思うように甘えられないだろうとこちらが気を遣って子ども扱いするたびぶすっと膨れて見せたものだ。
祖母に寄り添う朝陽は甘えるのではなくて、年老いたたった一人の肉親を支えることに必死だった。
彼女もそれをよく分かっていたのだろう。
朝陽が差し伸べる手を一度も振り払うことなく、ありがとうねぇと嬉しそうに目を細めては優しい孫を褒めていた。
いまの未弥と同じように、彼もまた、必要とされている間は側に居られると思っているのだ。
その不安ならば、未弥は簡単に取り除いてやる事が出来る。
こんなに悩まず言葉を口にするのは久しぶりだった。
胸の奥から愛しさが溢れて来る。
今なら、迷わず彼の好意を受け止めることが出来るし、同じものを返すことも出来る。
「・・・・・・・・・朝陽が何にもしてくれなくたって、私はずっと側に居るよ。あんたが要らないって言うまでは戸籍振りかざして張り付いてやるんだから」
「俺がおまえのこと要らないなんて言うわけないだろ。必要だって言ったとこだぞ。一生手放してなんてやらないからな・・・・・・早く諦めて残りの荷物持って来いよ」
繋いだ手を引き上げて、真新しい結婚指輪の嵌まった薬指にキスが落ちる。
「んー・・・元気になったらね」
「俺の本棚に入り切らなかったら、新しいの買ってやる」
「スペース余ってんの?」
「未弥が大量の本を持って来ると思ったから、俺の部屋の壁一面本棚にしたんだよ」
「え、そうなの?」
全く初耳である。
朝陽のプライベートスペースには近づかないようにしていたし、ベッドとデスク以外の家具については全く把握していなかった。
「・・・・・・ほんとにあの部屋入ってなかったんだな」
「う・・・うん」
頬を擽った朝陽が再び髪を撫でながら子供に言い含めるように柔らかく言った。
「あとで見てみ。俺の本ほとんど電子にしたから、本棚は未弥の好きにすればいいよ」
「・・・・・・・・・わかった」
「あと、布団な」
「う、え・・・」
「ほんとに和室でいい?洋室ほとんど荷物無いから、そっちがいいならベッド買うけど」
「・・・・・・選択権は、こっちにあんの?」
「俺は、仕事部屋でそのまま寝ることもあるだろうから、メインで使う未弥に任せるよ。一緒に寝てってお願いしてるのこっちだし」
「・・・・・うん」
「俺は、未弥が一緒に寝てくれるなら場所はどこでもいいよ。和室でも、ベッドでも、ここでも」
「・・・ここは駄目でしょ」
「昼寝するのにもいいかなと思って買ったんだけどな・・・セミシングルだと思えば」
「朝陽がそんなに寂しがりやだったなんて知らなかったわ・・・」
昔は頭を撫でても膨れ面しか返してくれなかったのに。
大人になった朝陽の新たな一面を見られたようで物凄く嬉しい。
僅かに視線を持ち上げれば、朝陽がきゅっと鼻の頭を摘まんできた。
「・・・未弥、おまえ俺がこどものままだと思ってるだろ」
「そんなことないよ、大人だと思ってるし、大人の朝陽が好きだよ」
いまはふてぶてしさ皆無のちょっと可愛い年下の男の子だけれど。
くすくす笑みをこぼしたら、屈み込んだ朝陽が顎に指を引っ掻けてぱくりと唇を塞いできた。
一瞬だけ触れた唇がすぐに離れる。
耳たぶに吸いついた後で、そのままの距離で朝陽が囁いた。
「寂しいんじゃなくて、俺はおまえに飢えてんだよ」
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