第26話 夕暮れ-2

「うっかりじゃないし、ほかの誰とも結婚はしない。だから未弥に結婚してって言ってんだよ」


「なんで!?」


本心からの問いかけに、朝陽が珍しくたじろいだように天井を仰いだ。


「なんでって・・・・・・・・・おまえは考えてもみなかっただろうけど、15の俺はもう・・・・・・結構具体的に将来のことを考えてたよ。ばあちゃんが死んでそれはご破算になったけど・・・・・・だから、あの日、未弥から家族になってあげるって言われてめちゃくちゃショックだった」


「そ、それは私が悪かったし、考えなしだったし、上から目線だったし・・・」


「俺はあんな形でおまえと家族になるのは死んでも嫌だった」


「だから、ごめんって」


胸の奥底に押し込んで厳重に鍵をかけて閲覧禁止にした記憶を否応なしに揺さぶられて、未弥は涙目になった。


詰る声ではなく、諭すような声で言われるから余計堪らなくなる。


俯いた未弥の指先を下から掬い上げた朝陽が手のひらの内側に握り込む。


伝わって来た体温が想像以上に高くて、自分の指先が冷えているのか、彼の手が温かいのか分からなくなった。


当然ながら、朝陽とこんな風にたわむれたことなんてない。


「未弥さ、俺とこういうことするの、想像したことある?」


親指の腹で小指の縁をするするとなぞった朝陽が声を低くして尋ねて来る。


ある訳ないとぶんぶん首を横に振って訴えれば。


「俺はあるよ。死ぬほど想像した」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「だからあのまま大上家の子供になるのは嫌だった」


「・・・・・・・・・ごめ」


15歳の生意気ざかりの朝陽が、ぶっきらぼうな態度の裏側にどんな気持ちを隠していたのか、少しも分かっていなかった。


彼の中に育っていた淡い恋心を、あの日の自分が粉々に打ち砕いたのだ。


大人になった彼にいま何を伝えるのが正解なんだろう。


あの時はごめんね?気づかなくてごめんね?無神経な事言ってごめんね?


どれも正解でけれど、どれも不正解なような気がする。


お決まりのように言葉の羅列が渦を巻き始めた未弥は、謝ることしか出来ない。


途方に暮れた声で呟けば、朝陽が絡ませた指を自分のほうに引き寄せた。


つんのめるように前に倒れた身体を抱き留めた彼がそっと背中に腕を回す。


「うん。物凄く傷ついた。おかげで他の誰かと家族になりたいと思えなくなった」


「・・・・・・朝陽・・・」


思春期の多感な時期に祖母を失くして、手痛い失恋を経験してしまった朝陽の心の傷は、未弥には窺い知ることができない。


数年前、彼が結婚するかもしれないと零した相手と上手くいかなかったのも、もしかすると、そのせいなのかもしれない。


だとしたら、あの日の未弥の一言で、朝陽の人生を決定づけてしまったことになる。


「あの時、未弥はほんとに俺のこと家族にしてくれようとしたんだよな?」


「・・・そうだよ」


家族三人で仲良く暮らしていければいいと、馬鹿みたいに本気でそう思っていた。


「うん。だから、あの時の返事、今するよ。家族になって、俺の奥さんしてよ」


「ちょ・・・・・・あの日傷つけたお詫びは・・・その・・・ちゃんとするから」


具体的な方法は分からないけれど、探せばきっとなにか見つかるはずだ。


少しずつ強くなっていく腕の力にどうにか抗おうと、朝陽の胸を手のひらで押し返して見れば。


「うん。だから、責任感じてるなら俺と結婚してって言ってる」


しれっと言い返した朝陽が後ろ頭を引き寄せていきなり額にキスを落とした。


未弥の知る朝陽は、少なくともこんなことをする男では無かったのに。


「え、待って、ねえ、そ、そんなプロポーズある!?」


文系一直線で突き進んできた未弥にとってプロポーズとは、もっとロマンティックでキラキラしいものだ。


最近読んだ恋愛小説のヒーローのように跪いて、薔薇の花束と指輪を差し出せとは言わないが、責任を取って結婚を迫るだなんて、聞いた事が無い。


「未弥の要望にもそのうち応えるよ。頷いてくれたら」


どうやら彼の中では未弥との結婚はすでに決定事項になっているらしかった。


腕の力で頷くまでは離さないと言外に示されて、いよいよパニック状態に陥る。


「十代の頃はともかくっ・・・・・・・・・な、懐かしさとか、親しさじゃなくって・・・・・・朝陽、私のこと好きなの?」


「俺が好きでもない相手にプロポーズするような酔狂な男に見えんの?」


「いや・・・・・・だって」


「西園寺さんからのヘッドハンティング受けたのだって、全部このためだよ」


「・・・・・・・・・」


とうとう何も言えなくなった未弥を腕の中に閉じ込めて、朝陽が唇を塞ぎにかかってくる。


間近に迫る彼の熱を帯びた眼差しに射貫かれた次の瞬間、心まで灼かれた。










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