第21話 昼中-2

動きやすさよりも可愛さ重視でおしゃれを楽しめる一番良い年頃だ。


ああ、そんな時期・・・・・・いや、私にはなかったな・・・


土山くらいの年齢の頃にはすでに本の虫だったので今と変わりない恰好をしていた。


「私は車だから平気ですよー。でも、大上さん徒歩でしょ?今日みたいな日に朝陽さん来てくれたらいいのに」


「朝陽はボディーガードではないからね」


ここ最近図書館に来る回数が一気に増えていたので、みんな当たり前のように思っているかもしれないが、仕事場が近くの幼馴染というだけで朝陽の所有権は未弥にはない。


悲しいかな同世代の友人たちは子育てに勤しんでおり、近場に勤めていてランチを一緒に出来る相手が朝陽のみなだけだ。


「えええ勿体ない、専属のボディーガードにしちゃえばいいんですよ!あれですね、あれ!エンダーのやつ」


超有名な洋画の主題歌を口ずさむ土山を貸出カウンター席に送り届けて、お疲れ様ですと言ってロッカールームに戻る。


すっかり日の暮れた外は真っ暗だったが、いつものことだ。


件の根岸は笑顔で貸し出した本を手に帰って行ったし、もう今日は顔を合わせることもないだろう。


いよいよ老人ホームの立ち上げ作業が本格的に始まった母親は、西園寺の介護事業本部に詰めていて21時を過ぎないと帰って来ない。


娘よりも活発に働いている母親の身体を心配しつつ、冷蔵庫のお惣菜の残りに一品くらい追加してあげたほうがいいだろうかと思いながら家路についた。


自意識過剰とは思うものの、土山からの指摘を真剣に受け止めてこれまでの根岸の行動を振り返ってみると、確かにやたらめったら未弥との接点が多い。


たしか、二回連続で端末操作について尋ねられたのが最初だった気がする。


しきりにすみません、と頭を下げる彼に、パソコンをしょっちゅうフリーズさせては朝陽を呼ぶ自分が重なって見えて、なんだか他人には思えなかったのだ。


あれ以来、根岸は未弥を見つけては読みたい本を探して欲しいと頼んで来るようになった。


最近では、お年寄り以外はみんな検索システムを使いこなしてしまうので、司書として頼られることが少なくなっていたので、嬉しかったこともあって、あれこれとこの10年ほどで培った蔵書の豆知識を零した。


彼が毎回借りて行く本は、どれも専門的な文献ばかりで、前回の貸出履歴が数年前というものも珍しくはなかった。


だから、本を探すことに手間取る事も多くて、けれど彼は一度も不満を零したことは無かった。


本が好きな人なんだなあ、と、そんな風に思っていたのに。


角を曲がれば懐かしの我が家、という場所までやって来たところで、後ろから声を掛けられた。


「大上さん」


まさかと思って振り向けば、数十分前に帰って行ったはずの根岸が立っている。


あれ・・・・・・これは、さすがに・・・・・・


自意識過剰では、無かったのかもしれない。


ひやりとした冷や汗が背中を伝う。


ここまで彼は未弥の後を付けて来たのだろうか、それとも近くで待ち伏せしていたのだろうか。


どちらにしても、このまま角を曲がって家に向かうのは絶対にダメだ。


「・・・・・・こ、こんばんは」


「今日はスーパーに寄り道しなかったんですね?」


「え?あ、はい・・・・・・あの・・・・・・・・・根岸さんって・・・・・・お家が、この辺り、なんですよね?」


実は一本奥の通りに住んでます、と言われれば色んな疑惑は払拭できる、はずだ。


いつもの笑顔はもう出せない。


こわごわ尋ねた未弥のほうへ、彼がゆっくりと近づいて来る。


本能的な恐怖を感じ取って足が自然と後ろに下がって行く。


何も分かっていないのに、走り去るのは失礼だ、だけど、でも。


どうしよう、どうしよう、何といえばいいのだろう、どれが正解なんだろう。


ぐるぐる回る思考のまま、じりじりと後ろ足を引き摺って数歩下がった矢先。


アスファルトを駆ける足音が急に近づいてきて、背後から回った腕に抱き寄せられた。


前方には根岸、後ろからは変質者かと泣きそうになって振り仰げば。


「未弥、お前先家入ってて」


「・・・・・・あ・・・・・・・・・さひ」


当分忙しいと言って引っ越しの荷物を纏めに向こうに戻ったはずの朝陽が険しい表情で未弥ではなく、根岸を睨みつけていた。


震える未弥の足元を確かめて、朝陽が渋面をさらに渋くした後でぽんと背中を叩く。


「いいから、家戻って。俺もすぐ行くから」


有無を言わさぬ口調で言い返した朝陽が、未弥の肩を掴んで自宅の方へと押しやる。


いま根岸を振り返っては駄目だ。


それだけは分かった。





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