第20話 昼中-1

「大上さん、あの人また来てましたね」


貸出カウンターから離れてロッカールームに向かおうとしたら、キャビネットの整理をしていた遅番の水谷が声を掛けて来た。


図書館内で一番年齢の近い後輩である彼女を振り返って、未弥は怪訝な顔になった。


彼女の言うあの人、に思い当たる人物は一人だけなのだ。


「え、朝陽なら今週は来てないけど?」


「え!?あ、ち、違いますよ!朝陽くんじゃないですっ」


真っ赤になってぶんぶん首を横に振る水谷の顔は真っ赤だ。


彼女は朝陽のファンらしい。


朝陽がこの図書館に通うようになった頃、顔を真っ赤にした彼女に、朝陽の見た目と雰囲気が好みど真ん中だと打ち明けられて、ああまあ確かに整った容姿してるしなぁと一つ頷いて、良かったら紹介しよっか?と尋ねたら、心底唖然とした顔で何言ってんですか!と突っ込まれた。


朝陽は鑑賞物で恋愛対象にはならないのかもしれない。


そんな風に騒がれているとも知らない当の本人は、やっとこちらでの新居が決まったらしく、荷物の引き上げと引っ越しの手配でしばらくは顔を出せないと言っていた。


退社予定の会社での引継ぎもいよいよ大詰めなのだろう。


転職経験も転職予定もない未弥には、応援することしかできない。


さすが西園寺と言うべきか、地方からの転居者向けにしっかりと社宅も完備されているらしく研究所ラボからも徒歩圏内なので、通勤がかなり楽になると喜んでいた。


首を横に振った未弥に向かって顔をしかめた土山が、水谷に代わってシャツの袖を引っ張って来る。


「朝陽さんじゃなくて、根岸さんですよ!さっき私が貸出カウンターに座ってた時一度近づいて来たんですけど、慌てて戻って行ったと思ったら、大上さんに代わった途端貸出申請してくるなんて・・・もう軽いストーカーですよね!さっきも水谷さんと話してたんですよー。検索システム使えないって頼るのも毎回大上さんだし・・・館長に報告して注意喚起して貰ったほうがいいですよ」


この辺りの住民、もしくはこの辺りの会社に勤めている人間ならだれでも利用できる図書館ではあるが、迷惑行為を働いた人間には当然それなりの措置がなされる。


以前勤めていた若手司書に執拗に言い寄る男性利用者が現れた際には、館長から図書館入館拒否が言い渡されたこともあった。


が、根岸は未弥と会ってもたわいない世間話をする程度で、当然連絡先をきかれたこともなければ、お茶に誘われたこともない。


機械音痴の人間の気持ちは痛いほど理解出来る未弥なので、一方的に決めつける訳にもいかなかった。


そして、こんな事言いたくはないが、根岸の雰囲気からして端末操作に困っても若手で可愛らしい土山や、おっとり美人の水谷には声を掛けにくいのではないかとも思うのだ。


実際図書館の利用者からも、若いお嬢さんには尋ねにくくてねぇと苦笑いと共に質問をされたことが何度もある。


未弥の容姿はどう好意的に見ても十人並みだし、土山のような若さもなければ水谷のような庇護欲を掻き立てられる雰囲気もない。


だから、男性の利用客や高齢者は気負うことなく未弥に声を掛けてくるのだ。


図書館司書としては胸を張っていいところなのだろうが、三十路すぎの独身女性としてはちょっと切なくもなる。


かといってこの歳で今更誰かを紹介されても絶対に恋愛なんて出来っこないのだけれど。


だからこのまま一生図書館司書として本の虫を貫く所存なのである。


「・・・・・・・・・んー・・・ちょっと様子見てみるね。勘違いだったら根岸さんに申し訳ないし」


「様子見って・・・連絡先とか聞かれたりしてないんですか?」


「してないしてない。ほんとに図書館で・・・・・・ああ、あと近所のスーパーでばったり会うくらいだから」


「え、スーパーってウエノマートですか?」


途端土山が表情を険しくした。


「うんそう。ここら辺に住む人はみんな御用達だからさあの店」


たしかに、最近頻繁に顔を合わせる事が多いなとは思うが、仕事を終えてスーパーに向かえば同じ時間になるのも納得できるし、せいぜい5,6分の立ち話でストーカーというのは大袈裟過ぎる気もする。


そこまで自意識過剰にはなれない。


「え、でもお店で会うのってさすがにやばくないですか?」


「いや、でもこの辺買い物スポット無いし、根岸さん独り暮らしらしいから、あそこほら、小さいお惣菜の種類が豊富なのよ」


「もう外暗いし、ほんっとに気をつけてくださいね」


大丈夫かなぁと顔をしかめる彼女のほうが、未弥には数倍魅力的で放っておけない女の子だ。


「あはは・・・ありがとう・・・でもそれは、私じゃなくて、土山ちゃん自身に言ってあげて。こんなに可愛い若い女の子が遅番なんて、ほんとに心配だわ」


土山は去年二年ぶりに新卒で採用された若手司書で、元気があって小回りも利く出来る後輩だ。


彼女が図書館に着任してしばらくは、顔馴染みの利用者さんたちからあの子誰!?攻撃を受けまくった。


それくらい見た目の可愛い女の子なのである。


当然土山は服装だって気を抜いた事が無いし、未弥のように体型カバー重視で洋服を選んだりもしない。


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