第19話 朝間-2
未弥の性格を考えてもずるずると長期戦に持ち込みたくはないし、あの頃とは違う。
二人はもう十分過ぎるくらい大人になったのだから。
地元に戻って未弥の側をうろつく大義名分も手に入れて、さあこれからだと思った矢先、彼女のまわりをウロウロする余計な輩が目に入った。
未弥にとって人畜無害のままならば、そのまま放置することも考えたけれど、ここにきて状況が変わったので、いい加減ほったらかしにもできない。
恐ろしいことに片田舎の町で生き続けたせいで見事に平和ボケした未弥には、危機管理という単語自体が未登録のままだ。
彼女の思う通り、世の中のすべての人間が善人だらけなら、警察も裁判所も必要なくなるのに。
色々思うところはあるけれど、不用意な言葉で煽って恐怖心を抱かせることもしたくなくて、結局そのまま持ち帰って来た案件。
この先はプロの手を借りることになるので、結果次第で次の行動を決めようと思っていた。
一般区域の片隅に、事業部長室は存在している。
本来は上階の執務フロアに立派な執務室が用意されているのだが、西園寺がそこを利用することはほとんどなかった。
メディカルセンターに居る間は、決裁以外は大抵どこかのセクションを覗いている。
手前の秘書スペースを尋ねれば、幸い西園寺は中に居ると言われた。
ノックをして名乗るとすぐに入室の許可が出た。
「どないしたん?こっちまで来るん珍しいやん」
柔和な面差しに語尾の柔らかい口調は女性受けが抜群に良い。
彼が地域のイベントに顔を出せば、現地スタッフも住民たちも揃って歓声を上げる。
今日も仕立てのよいスーツ姿の西園寺は、タブレット端末を操作しながら顔を上げずに尋ねて来た。
相談事がある時は
「ちょっと個人的なお願い事がありまして」
「・・・・・・ふうん・・・まあええよ。なに?」
ひょいと眉を持ち上げて意外そうな顔をした西園寺が、タブレット端末から顔を上げて朝陽に視線を向ける。
見た目の良さと人柄だけで西園寺グループを渡り歩けるわけがない。
ひたと見据えられた眼差しは、朝陽の価値を慎重に探っているようにも見受けられる。
「この男の詳細な情報が欲しいんです。職業や経歴以外の部分も」
先日図書館でこっそり盗み撮りしておいた根岸の写真を表示させて、スマホを彼に向ける。
西園寺グループの中にはセキュリティ関係の企業も存在しているので、データベースを漁って彼を丸裸にして欲しかったのだ。
もちろん合法ではないが、未弥が面倒事に巻き込まれるよりはずっといい。
「名前は?」
「根岸。本人は三田化学の社員って言ってるらしいですけど・・・」
「ふーん・・・分かった。急ぎなん?」
「出来るだけ早くお願いできれば」
「遠山くんが俺に頼み事するなんて初めてやし、最短でやったるわ。俺の個人アドレスにその写真送っといて」
「助かります」
「ほんで、この男きみのなに?」
面白そうに目を細めた西園寺が、とんと液晶画面を弾いた。
「もしかすると、恋敵」
「・・・なんやそれ面白いな。もしかすると、なん?きみが好きになる女の子ってどんな子?めっちゃ気になるわ」
「場合によっては只の石ころになるんで・・・・・・まあ、一応恋敵のほうが、いいんですけど」
石ころならば場外まで蹴り出せばそれで事足りるが、恋敵だった場合は厄介だ。
けれど、未弥のことを思えば、恋敵のほうが健全だろう。
あの男が粘着質なストーカーではないことを祈るばかりだ。
「ええ、なんで、恋敵やったら困るやん?きみの好きな子取られてまうかもしれんやろ?」
「・・・そこはまあ、多少俺の方に分があるかと」
これでも子供の頃からの歴史がある。
未弥の性格も好みも熟知しているという自負があった。
あの男がいつごろから未弥に懸想しているのかは知らないが、明らかに朝陽の思慕のほうが大きくて長い。
あんな程度の男に未弥がよろめくはずがない。
「へえ、強気やな。いつから好きなん?」
背もたれに預けていた身体を離した西園寺が前のめりになって組んだ指の上に顎を乗せる。
「えーっと・・・・・・一番最初まで戻るなら・・・・・・14年・・・?」
あれを初恋と言うのなら、物凄く苦い経験をしたし、させたことになる。
あの日吐いた未弥の言葉に朝陽は死ぬほど傷ついたし、朝陽の態度に未弥は死ぬほど傷ついたはずだ。
悲しいくらい、甘ったるさの欠片もない想い出である。
「・・・・・・きみ、俺みたいやな」
西園寺が目を丸くしてから小さく噴き出して、応援しとるで、と笑った。
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