第10話 瑞雨

夜勤スタッフの急な欠勤を穴埋めするべく休日返上で仕事に向かった未弥の母親を見送って、肉メインのウエノマートの総菜を並べた食卓を二人で囲む。


体力仕事の未弥の母親が、とにかく元気出したい時は肉食べなさい、肉!と言い聞かせて育てたからなのか、25を過ぎた朝陽が大上家にお邪魔しても、出される食事メニューは男子中高生が食べたがるようながっつり系ばかり。


未弥が帰宅して速攻で作った生姜焼きはいいとして、とんかつとにら豚と牛肉の甘辛煮はどう考えても余計だったと思う。


もやしのナムルにチンゲン菜炒め、きんぴらごぼうにメインの生姜焼きで十分だった。


が、久しぶりに顔を見せた幼馴染をどうにかお腹いっぱいにさせようという大上親子の厚意を無下にするのも申し訳ない。


こうなることを予想して、新幹線のなかで何も食べずにいたし、昨日の夕飯は会社で食べたカップ麺だけなので、いい具合に胃は空っぽだ。


ご飯まだあるからおかわりしなよ、と勧めてくる未弥に、もういいからと返して、おかずの制覇に取り掛かったところで、すべてのおかずを朝陽の食べやすい位置に動かしながら、一足先に箸を置いてしまった未弥が、神妙な面持ちでこちらを見てきた。


「ねえ・・・・・・・・・朝陽あのさぁ・・・・・・言い難かったら答えなくてもいいんだけどね」


やけに改まった口調でそんなことを言われると、こちらものんきに食事をしていられなくなる。


果たしてどの話だろうか。


前回の帰省で出した話題は、仕事に関する事が殆どだった気がする。


プロジェクトのサブリーダーを任されるかもしれないと伝えたその後の報告がまだだったので、気にしているのだろうか。


思いつく限りの話題を頭の中に浮かべていると、未弥が心配そうに眉を下げた。


こういう表情を向けられるのは随分と久しぶりの事だ。


いつ以来だっただろうかと思い出す朝陽に向かって、未弥が言い難そうにそれを告げた。


「彼女とは、その後どうなったの・・・・・・・・・?」


「・・・・・・・・・え?」


まったく身に覚えのない話題を出されて、反射的に顰め面になった。


途端、未弥がぱっと身を引いて両手を広げて降参ポーズをとる。


「っあ、いや、あのね、言い難かったらいいのよ!?全然喋んなくてもいい!ただね、結婚するかもしれないって聞いた後、何の音沙汰もなかったし、あんたあれ以降その話してくれないから、ちょっと気になってて・・・・・・それで」


そういえば、軽く揺さぶるつもりで結婚するかも、と嘘を吐いて、全力で祝福されてからもう半年が過ぎていた。


その間一度も彼女との恋の進展について報告していない。


当然だ、既に別れた後だったのだから。


朝陽のなかでは完全に終わったことで、ちっとも揺さぶられることなく、それどころか安心したよと笑顔を向けて来た未弥にイラっとして、もう無かったことにしてしまっていた。


「ああー・・・・・・・・・それか・・・・・・・・・」


「う・・・・・・うん」


「結構前に別れた」


「・・・・・・・・・・・・そ・・・・・・そっか」


「価値観の不一致だから、別に気にしてねぇよ」


「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・それなら・・・いいんだけど・・・」


気まずそうに視線を逸らした未弥が考えていることが透けて見えるようだ。


すでに両親が他界しており、唯一の肉親だった祖母も故人となって久しく、家族と呼べる人が誰もいないことを理由に、結婚話が破談になったのではと心配しているのだ。


あるわけがないのに。


「向こうに、俺の家族の話する前に別れたから。ほんとに、心配しなくていい」


祖母亡きあと、形式上の保護者代わりになってくれた叔母夫婦とは、大学入学直後からほとんど連絡を取っていない。


関東に就職が決まった時にメールで報告をしたきり、向こうからも連絡は来ていないので、朝陽のその後に興味は無いのだろう。


自分たちに迷惑さえかけて来なければそれでいいというスタンスは、逆に分かりやすくていい。


こちらとて同じ気持ちだからだ。


「え!?あ、ああ、そう・・・・・・そうなんだ・・・・・・うん。じゃあ、まあ、その人とは縁が無かったのよ。あんたをほんとに選ぶ人は、あんたの境遇に対してごちゃごちゃ言う人なんかじゃないもん、きっと」


「・・・・・・・・・・・・ああ、まあ、そうだろうな。未弥、なんも言ったことねぇしな」


半分ほどそういう意味だと含めて伝えたのに、未弥の返事は極々あっさりとしたものだった。


「へ?私!?そりゃあそうでしょ。あんたがランドセル背負ってる時から知ってるのに、なにをどうこう言えって言うのよ。私はおばあちゃんとうちのお母さんの次にあんたの人となりを知ってるのよ。中学校三年間は体育祭も文化祭も見に行ったし、卒業式だって行ったんだから!」


「いっぺんも頼んでねぇわ」


むしろ頼むから絶対来てくれるなとお願いしたはずである。


けれど、放っておいたらあんたは写真の一枚もおばあちゃんの墓前に見せに行かないだろうから、とカメラ片手にやって来た未弥は、朝陽の勇姿を次々カメラに収めて行って、母親に見せた後でしっかり祖母のお墓にそれを持って行っていた。


そういえば、中学校の卒業式も休みを取った母親と一緒に見に来ていて、保護者席で揃って涙ぐんでいたのだ。


見られたくないところまで綺麗に晒して来たこの十数年、肝心の気持ちだけ伝わっていないのはどういうことなのか。


もういっそ神様の悪戯としか思えない。


「もしも何か言ってくる人が居たら言いなよ。喜んで写真持ってあんたの事教えに行ってあげるから。うちのお母さんだって同じことするからね」


「なんか言う女選ばねぇよ」


苦い顔で言い返せば、未弥がふうっと肩を回して小さく言った。


「・・・・・・・・・それもそっか。まあ、でも、結婚は残念だったけど、ちょっとホッとしたな。不謹慎でごめんね」


「え。まじで?」


「だってあんたのほうが3つも年下なのよ?もう焦る歳でもないし相手もいないけど、身近な人が結婚ってなったら、やっぱり色々思うわけよ、アラサー女子は!」


扱いが難しいから気を付けるように、と真面目腐った口調で言われて朝陽は静かに溜息を吐く。


これはもう、どうしたって逃げられない状況を作って伝えないと、こちらの気持ちは彼女には伝わらないようだ。




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