第34話 宵-1

布団は要らない、と言えば良かった。


物凄く今更な後悔で胸をいっぱいにしつつ、朝陽は真新しいカウチソファーから襖が開けられたままの和室を振り返った。


そこには、取り入れた洗濯物をせっせと畳んでいる未弥がいる。


もうすっかり見慣れてしまった光景だ。


食器洗いを終えた後で手伝うと言ったら、これは私がやると突っぱねられたので任せることにした。


「なにも和室で洗濯物広げなくてもいいだろ・・・広いソファーがあるのに」


「畳の上のほうが慣れてるから」


「そっちテレビ見えんの?」


大上家では、見ていても見ていなくてもいつもテレビがついていた。


そういえば読書中もテレビをつけっぱなしにしているので、見なくてもいいのかもしれない。


朝陽の質問に、洗濯物を畳む手を止めることなく未弥が答えた。


「テレビは流し聞きするだけだから、別に見えなくていいよ。朝陽、いつも何見てるの?」


「ん?適当・・・テレビよりはネット配信見る方が多いかも」


朝陽のテレビはニュースを流し見する程度で、一人の時はリビングに長居することが殆どない。


職業柄パソコン前にいるほうが落ち着くのだ。


「だったらそれ見てていいよ?」


遠慮することないよと笑う未弥の笑顔に裏なんてない。


一人暮らしの頃は、朝起きた時と帰宅後に手持ち無沙汰でつける程度で、それ以外にテレビの出番なんて無かった。


基本的にベッドルーム兼仕事部屋に籠っていたし、そっちでネットを見ていることのほうが多かったのだ。


未弥も昔から、本を読む邪魔になるからと家に居る時もほとんどテレビをつけることは無かった。


朝陽の祖母も未弥の母親も食事中にテレビをつけることはしなかったので、夫婦揃ってテレビとはあまり縁がなかった。


そんな朝陽がタブレットも持たずにぼんやりとカウチソファーでテレビを眺めているのは、偏に未弥の側に居たいからである。


わざわざ大きめのカウチソファーを選んだのも、リビングで二人で寛ぐためだ。


けれど、夕食を終えた後入浴を済ませた未弥がカウチソファーに居座る事はほとんどない。


すぐにプライベートスペースである和室に入ってしまうのだ。


朝のうちに朝陽が干しておいた洗濯物を片付けるためだと分かってはいるが、どうにも面白くない。


あの日、酔った未弥に乗っかって美味しい思いをしたことが、今更ながら悔やまれる。


あのままで最後までしてしまえればよかったのに。


そうしたら、きっと今頃未弥は朝陽の部屋で寝起きてしていただろうし、こんな風に分かりやすく距離を取ることもなかっただろう。


恋人期間ゼロで結婚した弊害がここに来て出て来た。


もう幼馴染ではないことをはっきりと自覚したから、未弥は自分の陣地(安全圏)に籠るようになったのだ。


色んな覚悟が出来ていないから。


朝陽としては、根岸の一件もあったので一刻も早く名実ともに大上未弥を囲い込んで自分のものにしてしまいたかった。


母親不在の大上家に彼女を一人で残しておくことが心配だったので、西園寺から教えられた最良日の中から直近の日付で入籍して、さっさと未弥をマンションに引っ越させた。


婚姻届の署名を頼みに行った際に、にやけ顔の西園寺から言われた一言が脳裏を過った。


『新婚初日の夜に二人で乾杯しいや。初夜くらいロマンティックにしてあげんとあかんで』


梅酒を美味しそうに飲む未弥に付け込んで、あわよくばそのまま抱いてしまおうかと思った朝陽の野望は、未弥の寝息によって頓挫する羽目になった。


最後に飲ませた一杯のせいだというところまで分かってしまう自分が心底悔しい。


いやでも、酔った勢いで初体験を終わらせるのは未弥的にはアリなのか、ナシなのか。


当然ナシに決まっている。


だから、結果オーライだったのだ。


あの後死ぬほど我慢する羽目になったけれど。


結局あの日受け取ったテタンジェは手つかずのまま、キッチンの片隅で出番を待っている。


未弥には、二人暮らしが落ち着いたらシャンパンを開けようと伝えてあった。


「朝陽、着替え部屋持って入っていい?」


振り向けば、タオル類と朝陽の衣類を二つの山に分けた未弥がこちらを伺っている。


一緒に暮らし始めてから一度も未弥は無断で朝陽の部屋に入ったことが無かった。


彼女がそうだから、朝陽のほうも、和室にはどうにも立ち入りにくい。


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