第16話 朝明け-1
中学卒業と同時に地元を離れて、それ以降はお盆のお墓参りにしか戻って来なかった朝陽が、ちょくちょく地元に顔を出すようになったのは大学に入学してから。
隣県の大学に入学したことで、帰省距離が近くなったらしくそれ以降帰省回数は増えて行って、彼が社会人デビューを果たして、関東に引っ越してからはまた年に一度の帰省に戻った。
彼が祖母と二人で暮らしていた家は朝陽の入寮と併せて引き払われてしまったので、地元に戻っても出迎えてくれる家族は居ないし、高校からずっと県外で過ごして来た朝陽の友達はほとんど地元には残っていないので、帰省回数が減るのも無理はなかった。
元気で暮らしてくれているならそれが一番だし、彼が亡き祖母を思って、医療介護ロボットの開発研究を仕事に選んだことは何よりも誇らしかった。
愛想は無いし可愛げもないけれど、朝陽の勉強の心配だけは一度もしたことがなかった。
宿題を見てやれたのも小学校の頃まで。
同級生たちと放課後遅くまで外で遊んでいるにもかかわらず、祖母に差し出すテストはほとんど満点。
それは中学校に入ってからも変わることなく、机に齧りついているところは見た事が無いのに、盗み見た成績表は5が綺麗に並んでいた。
寂しくはあったけれど、学力レベルの高い全寮制の高校に進学したことは、朝陽の将来をより明るいものにしたし、その結果彼は夢を叶えることが出来たので、この選択に間違いはなかったのだろう。
勤め先の図書館に来るたび、専門用語が敷き詰められた難しい文献を読んでいる彼の頭の中は相変わらずさっぱり窺い知ることが出来なかったけれど、ブレることなく真っすぐ大人になった朝陽の存在は、身長以上に見上げたくなるくらい眩しい。
そんな彼が、ヘッドハンティングを受けて、以前は図書館が設置されていた公民館跡地に立った真新しい西園寺メディカルセンターに転職を決めたと報告されたのは三か月ほど前のこと。
朝陽が地元に戻って来るのは嬉しいし、図書館から徒歩圏内の職場になることには不思議と安堵感があった。
昔の距離感が戻ってくるような気がしたのだ。
西園寺メディカルセンターは、設立されたばかりの西園寺グループの新規事業で、西園寺の主軸を担っていた御曹司が自ら事業部長を務める注目の分野だ。
西園寺グループの地域貢献度はすさまじく、教育機関、医療機関への設備提供を始めとして様々な分野で住民たちの暮らしに寄り添って来た。
この辺りに住む高齢者があぶれることなく穏やかな老後を送れているのは、高齢化が問題視されるより以前に西園寺が興した老人介護サービスのおかげである。
朝陽の祖母が長く通っていたデイサービスも西園寺グループのもので、手厚い介護と医療機関との確かな連携によってもたらされる安心感を間近で見て来た朝陽にとっては最良の転職先だったのだろう。
そんな彼がこちらに戻っている間は欠かさずランチのお誘いにやって来るので、最近の未弥は週の半分は近くのアートギャラリー前の喫茶店カサブランカに入り浸っていた。
片田舎の町には他に美味しいお昼を食べられるようなお店は存在しない。
今日も昼休憩直前に利用者に掴まってしまって、朝陽を待たせることになってしまった。
といっても、どうせ先に食べているのだろうけれど。
一階が駐車スペースになっているカサブランカの店舗は二階にあるので、空腹を抱えて階段をえっちらおっちら上ることになる。
ようやく到着したカサブランカで、片手を上げて来る朝陽の前に滑り込んだ時には、もうすでに彼はランチの半分を食べ終わっていた。
「遅くなってごめんね!ってか、謝ることは無かったな・・・・・・すみませーん!日替わり一つでー」
お冷とおしぼりが出て来る前に厨房に声を掛ける。
慣れたものですぐに店主夫妻の返事が聞こえて来た。
「どうせまた今日も根岸さんだろ」
むすっとした声と渋面を向けられて、未弥はそうそうと頷いた。
朝陽が未弥を迎えに来るタイミングと、根岸が未弥に声を掛けて来るタイミングが重なる事が多くて、その度に朝陽を先にカサブランカに向かわせることになる。
「よくわかったね。あの人趣味が物凄く多岐にわたってるのよ。でも、機械は苦手みたい」
毎回違う分野の本を探している根岸は、図書館の常連利用者だ。
「・・・・・・・・・どうだかな」
眉根を寄せた朝陽がぶっきらぼうに返して肘を突く。
つい癖でぺしりと腕を叩いたら、渋々朝陽が身体を起こした。
こういうところは相変わらずである。
「この前さ、ウエノマートでもばったり会ってね。すごい偶然ですねって立ち話したわ」
未弥の言葉に朝陽が渋面を作った。
「はあ!?」
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