第6話 転職失敗
「この杖を売って【英雄のコイン】を買います」
セイの目には強い意思が込められている。
自らを支えてくれた相棒を手放すというのは、身を切るような思いだ。
だが、せっかくのチャンス。
前回と同じ過ちを犯すわけにはいかない。前回とは違う方法で強くならなければならない。
「英雄のコインを? そんなもの何に使うの?」
「お守りのようなものです」
英雄のコインとは、ダンジョンで稀に見つかる転職のための迷宮産魔導具である。
本来、ジョブの変更――転職――は訓練所で長い時間をかけて行う。
訓練所にある特殊な魔導具を使い、新しい職能情報を脳へ焼き付ける。
年単位に時間のかかる方法である。
時間をかける理由は、短時間で脳の領域を上書くと、廃人になる恐れがあるからだ。
本来、転職とは、それほどまでに慎重を
だが、英雄のコインはその転職を一瞬で行える。
今まで無為に時間を浪費してしまったセイにとっては、最も価値があるものは、時間だということを理解していた。
「君はこれからジョブに就くのよね? 何のジョブになるかも分からないし、基本職から基本職になることに、あまり意味があるとは思えないけど」
職には戦士や魔法使いのような基本職から、召喚士のような最上級職のように階級がある。
そして、英雄のコインには使用者にジョブを与える効果がある。
ただし、ランダムに転職させるという、扱いづらいものだ。
ランダムとは言っても、大抵の場合、元となる基本職になる。
後衛なら魔法使いか僧侶、前衛なら戦士の基本職へ、就く可能性が極めて高い。
むしろ、それ以外のケースは殆どない。
別名として”降格のコイン”と呼ばれる事がある程だ。
なぜ転職の効果が、そこまで解明されているか。
当然、試した冒険者たちが過去に多くいたからだ。
危険を
基本職へ戻りたい者など、あまり居ないが、一部の者達にとっては価値が在った。
訓練所による転職では、ジョブは基本職から上級職、最上級職へ転職することはできるが、下位の職業へは戻れない。
さらに最上級職から同じ最上級職へと転職はできないのだ。
つまりセイは英雄のコインを使用しなければ、召喚師以外のジョブへ転職できないのだ。
「ええ、わかってます」
セイが選んだ新たなルート。
かつてセイが最も就きたかったが就くことができなかった職。召喚師と並ぶ後衛の最上級職【賢者】へ至るための布石だ。
――次こそは【賢者】になってみせる
ジョブの変更はリスキーだ。
万が一転職に失敗し、全く関係のないジョブについてしまった場合、数年を無駄にする事になる。
故に以前のセイには、転職の選択がとれなかった。
もちろん失敗しないことに越したことはないが、若返り、レベルがリセットされた今なら万が一失敗してもリカバリー可能だ。
また、召喚師という最上級職はそれなりに珍しい。
身を隠す為には、当分、目立つ職は適さない。
――ベストは魔法使い、次点で僧侶だな。どちらにせよ、次こそは、最高の後衛になってやる
「分かった。少し査定に時間かかるよ」
職員はため息をついて、魔王の杖を受け取り、奥へと入っていった。
セイはずっと肌見放さず持っていた杖がない為、ソワソワする。
思い返して見れば、ずっと一緒だった。
セイは魔王の杖と共に過ごした日々を思い返してきた。
しかし、ある事に詰まってしまう。
――あれ? 魔王の杖ってどこで手に入れたんだっけ?
おかしな事に杖を手に入れた経緯を一切思い出せない。
気がついた時には、手にしていた。
親友との出会いを思い出せないような不思議な感覚。
そんなことがあり得るだろうかと、深く思い出そうとすると、頭に強烈な痛みが走った。
「痛ッ!?」
一瞬、背後から誰かに殴られたのと考え、振り向くが誰もいない。
狐につつまれたかのように困惑していると、ギルドの職員がトレーに握りこぶしほどにサビがついき何の絵柄も無いコインと、数枚の金貨を運んできた。
「査定が終わったよ。英雄のコインと差額の金貨ね」
「ありがとうございます」
「査定について説明はいる?」
「いえ、大丈夫です」
英雄のコインと金貨を受け取ると、早々に冒険者ギルドを後にした。
◆ ◆ ◆
小走りで、人通りが少ない裏路地へと急いだ。
着くなり、コインを握りしめた手を開く。
そして、さきほど鑑定機に使った時につけた傷から、すぐにコインへ血を一滴垂らした。
コインへと血が滴り落ちる。
血が吸い込まれると、古ぼけたコインの表面に、獣を抱える女の絵柄が浮かび上がった。
召喚師を示す絵柄だ。
コインが、独りでに浮き上がり、空中で回転する。
回転するたびに、剣を持った男、杖を持った女など次々と絵柄が変わっていく。
少し浮き上がったコインは、重力に引っ張られ、回転しながら地面へと落ちた。
2度、3度と跳ねたコインが、ヂリヂリヂリと高い音を響かせ、同じ場所で揺れる。
そして、ついに止まる。
――魔法使いか、僧侶か
セイは恐る恐るコインをのぞき込んだ。
「ん? これは魔法使いと僧侶、どっちなんだ?」
コインの絵柄には、筋肉隆々な男が雄叫びを上げている絵が浮かび上がっていた。
絵柄の男は完全に正気を失っている目だ。
セイとて英雄のコインを使うのは初めてだが、絵柄により感覚的に理解できると聞いていた。
しかし、絵柄がどの後衛職を示しているのか分からなかった。
まさか上級職か、とも思うが、後衛の上級職である魔導師、呪術師のどちらも連想しづらい。
では、最上級職の賢者や召喚士か。
いや、それも違う。
賢者は半裸で叫んだりはしない。
「もしかして……前衛? ってことは戦士か!?」
転職先は、全ジョブが対象であることは明らかになっているため、可能性が無いわけではない。
セイが考え込んでいると、目の前にあったコインが霧散するように姿を消した。
――確かめないと!
居ても立ってもいられず、再び冒険者ギルドへ駆け込んだ。
ギルドのカウンターからの視線も気にせず、鑑定機の前に立つと、何度も血を絞られれ、少し赤くなっている小指から血を一滴垂らした。
――戦士、戦士、戦士……
不安が頭をよぎる。
28年間、後衛一本でやってきた。
優れた前衛を何度も見てきたが故に、前衛がどのような者かは知っているつもりだ。
人の比ではない体格の魔物へ、武器一つで斬りかかる勇猛。
後衛を守るため、盾として魔物の攻撃を受け切る胆力。
血を撒き散らしながら、魔物を自らの手で切り伏せる闘争心。
自分にエトムートのような才能があるとは思えない。
「……参ったな。どんだけツイてないんだよ」
だが、戦士であれば救いもある。
時間は少し無駄にするかもしれないが、基本職から基本職への転職は訓練所でもできる。
戦士から魔法使いに就けばよいのだ。
そうすることで習熟した術も失わずに済む。
鑑定機の上を文字が走り、セイの鑑定結果が
■種族 ヒューム
■レベル Lv1
■ジョブ 狂戦士
■ステータス
闘気 2
魔力 3
法力 3
念力 4
霊感 1
■術
闘術 Lv1
狂術 Lv1
魔術 Lv10(MAX)
法術 Lv10(MAX)
念術 Lv10(MAX)
召喚術 Lv10(MAX)
やはり『戦士』かと、セイは最初そう思った。
術に目を移すと、新しい術を2つ覚えていた。
【闘術】は前衛のジョブが使う術で、闘気を
だが、その下に見慣れないものがある。
【狂術】。
聞いたことのない術だと考えながら、再びジョブの
――あれ? ”戦士”の前に何か付いているぞ
”狂”戦士。
どう見ても狂戦士と読める。
セイは目をこすった後、再び確認するが、やはり同じ文字だ。
「……………………」
狂戦士。
文字通り狂った様に戦うジョブであり、前衛の中でも異質なジョブである。
前衛の最上級職、更にその上に存在する特殊職。
しばらく間を置いて、口からアホな声が漏れる。
「はえ? 」
転職条件が分かっておらず、全ジョブ中、最高の物理攻撃力を誇ると言われている。
だが、大きなデメリットもある為、仮に転職条件を満たしていても就く者がほとんど居らず、未解明のジョブでもある。
当然、特殊職という頂点にあるジョブであるため、通常の転職は不可能。
「……なぜ?」
英雄のコインで最上級職の賢者や召喚師に就くことすら、都市伝説レベルのものだ。
更にその上である特殊職などになったと言えば、100人中100人がホラ吹きだと笑うだろう。
「なぜぇ!?」
理由は分からない。
しかし、変えられない結果は目の前に表示されている。
「なぜぇえ、だぁああッ!?」
セイは頭を抱えて、崩れ落ちた。
そのまま、ひと目も
「俺、狂戦士なんかになっちゃった……」
今、ここにベテランの元召喚師にして、前衛初心者の狂戦士というゲテモノが、ひっそりと誕生した。
そのゲテモノが世界を変えるという事は、今はまだ誰も知らない。
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