第7話 魔王の杖
アリュース砦街、ニゲロイトなどの数々のダンジョンを保有するトリジェット王国。
その王国で随一の錬金術師は誰か、と問えば、2人のどちらかの名前ががあがるだろう。
ドワーフ族のエドヴィンとチェンジリング族のヨアンだ。
一言に錬金術といっても多くの領域がある。
迷宮産の素材を、人類にとって有益なものへ加工しようとした試みを源流とする術体系。
薬剤の生成、付与術、魔道具の製造、アイテムの鑑定など多岐に渡る。
術者の知識や感覚が大きく成否を分けるため、それぞれの錬金術師が得意とする領域も、必然、細分化していった。
そのエドヴィン当人は、錬金術の
エドヴィンは長命のドワーフでありながら、すでに深くシワが刻まれ老人といった風貌だが、眉間には、普段より深くシワができている。
部屋にはもう一人、少し腹の出た筋肉質の中年男がいる。
アリュース砦町の冒険者ギルドマスター。
イウリアである。
イウリアは困り果てるエドヴィンの横で、ひたすら黙っていた。
「はて、これをどう評価するべきか」
エドヴィンは台座に置かれた一振りの杖を、注意深く観察していた。
ベテランの召喚師が長く所持した杖を、ギルドマスターのイウリアが持ち込んだものだ。
「やはり、信じられん」
さきほどから彼は何度もこの言葉を口にしている。
幾度も鑑定をやり直し、そのたびにその言葉が浮きあがる。
この杖を長く持っていた、などとあり得るのか。
いや、ただ持っているだけならあり得るだろう。
問題はそれを装備していた男が20年以上、ダンジョンへ潜り続けてきたという話だ。
エドヴィンは自身の鑑定結果と、この杖を持ち込んだイウリアの話が両立するとは思えなかった。
鑑定とはただ能力を可視化するだけではない。
魔導具によっては貴族達の投資にもなり、冒険者達は文字通り命をかける。
間違った鑑定をすれば、鑑定者は全ての信頼を一瞬で失うことすらあり得る。
それだけの責任と
鑑定には疑義があってはならない。
その信念があったからこそ、国内最高の錬金術師と称されるようになったのだ。
エドヴィンは台座に示された鑑定結果を食い入るようにみる。
■魔王の杖
■ステータス
魔力 302
法力 293
念力 289
■付与
詠唱高速化
魔術強化
法術強化
念術強化
魔力回復
■呪い
運蓄積 (残存無し)
驚嘆に値する素晴らしいステータスと付与である。
エドヴィンの錬金術師として鑑定を何度も頼まれてきたが、これほどの名品は過去数度ほどしか扱ったことがない。
迷宮産の装備には本来、生命にしか持ち得ぬ力が宿っている。
そのため、装備と同調することで、力を向上させることができるのだ。
同時に、迷宮産の装備には、呪いが在ることが多い。
装備を外せなくなったり、状態異常になることが大半だが、稀に致命的な呪いが掛かっていることがある。
ゆえに多くの冒険者やギルドが、錬金術師へ鑑定を依頼しに来るのだ。
この杖の呪いはかなり特殊なもので、通常の鑑定では全く発見できなかったものだった。
超一級の腕を持つエドヴィンですら、本当に僅かな違和感を見逃していれば、気が付かなかった。
それほどに、高度に
並の錬金術師であれば、呪いの無い装備として鑑定書を書いていただろう。
「やはり……いや……」
鑑定者として、錬金術師として、隠された呪いを暴いたのだ。
本来なら誇ってよいはず。
だが、今回ばかりは納得ができなかった。
「本当にその男は生きていたのだな?」
ギルドマスターのイウリアはため息をついた。
「……ええ、20年以上冒険者としてやってましたよ。つい先日、引退しましたが」
「やはり、ありえん。ありえんのだ」
「そう言われましても、嘘はありませんがね」
かれこれ2時間以上、鑑定につきあわされているギルドマスターは。
だが、数年ぶりに手に入った一級品だ。悪い評価をされ、鑑定書の価格に響いたら大損になる。
わざわざ他の街のギルドマスターのツテを辿り、一流の鑑定師へ依頼したのも、一級品に対して、正確な値付けを期待したからだ。
エドヴィンは国内随一の錬金術師。
貴族諸侯はおろか王家までに重宝される人材である。
地方都市の一介のギルドマスターが失礼にして良い相手ではない。
そのためうんざりはしつつも、受け答えに当然、嘘はない。
「どんな者だったのだ? その冒険者は」
「防御魔法しか覚えられず、僅かな召喚獣しか契約できない、というまったく才能のない男でした」
「それでダンジョンへ潜っていたのか? 死なずに?」
「そうです。慎重で合理的、さらに視野も広かった。そういう奴はなかなか死なないもんです」
「慎重なだけで対処できるほど、ダンジョンは甘い場所ではあるまい」
「もちろんです。ですが、その男はなんというか。上手かったんですよ」
「上手かった?」
「力の使い方って奴が。もし人並みに呪文を覚えられていたら、超一流になってたでしょうね」
「ふむ。なるほど……」
そう言って再びエドヴィンは鑑定結果へと目を戻す。
イウリアは構わず話を続けた。
「普通は呪文を覚えられないなら、諦めるもんです。才能がないって。低い階層は新人に譲って、熟練者は深い階層に挑戦する、それが冒険者の
イウリアは非難の中に、どこか
エドヴィンは話が一区切り付いた所で、言葉を選ぶように、口をはさむ。
「……迷宮運というの耳にしたことは?」
「いえ、ありません。いわゆるツキとは別物で?」
「”ツキ”なんどという偶然に介入することなど出来はせん。運がいいからと言ってサイコロの目が変わるのであれば、ただのイカサマじゃ。試行回数を増やせば理論的な確率へと近づく。だが、迷宮運は別じゃ」
「だから、それはなんですか?」
イウリアは少し、
「鑑定機では鑑定できない隠された能力じゃ。ダンジョンは俗世ではない。神がサイコロを振る領域。ダンジョンの中のあらゆる事象には、すべて迷宮運が関与していると言われている。言う成れば、神の期待値じゃ」
魔物や宝箱との遭遇、魔物を召喚獣とする契約、呪文の習得、罠の強弱、全てである。
「まあ、たしかにツイてない奴はトコトンついてないですが、それと何の関係が?」
「この魔王の杖には、持ち主の迷宮運を吸い、蓄積する呪いが付いておる。つまり、その男は迷宮運が全く無い状態でダンジョンに潜っていたことになる。呪文を習得できなかったのも、この杖が原因で間違いないじゃろ」
「その杖が……。大切にしていた杖が原因で才能を棒に振ったわけですか、アイツは……」
イウリアが憎々しげに杖を睨む。
心に浮かんだものは、杖を手放した今なら、超一流の後衛になれるのではないか、という疑念。
だが、すぐにそれを飲み込み、首を振った。
呪文を覚えるためには、レベルアップする必要がある。
だが、レベルアップするほどに力が減衰する年齢に達していた。
若返りでもしない限り不可能だ。
さらに迷宮運などというものがあったとして、それがなんだというのだ。
やはり運などに
「迷宮運とやらの事は、よくわかりませんが、アイツがツキにも見放された奴だった、というだけです」
「それは手厳しいの。だが、やはりこんな物を持ってダンジョンに入り込むなど正気ではない。ましてや20年以上ともなると、執念を超えて
「……と、言われましても、出来てたんだから問題ないでしょう。まさか、それでケチを付けて安くするつもりですか?」
イウリアはエドヴィンへ詰め寄った。
仕入れ価格は大したことはものではないが、売るべきときに売らなければ銭は稼げない。
それではギルドマスターとしての責任を果たせない。
「いや、これはダンジョンに立ち入らないのでれば、確実に一級品じゃ。外で使うのであれば問題ない」
「それじゃあ、正規の金額で鑑定書を作ってください」
「ふむ。呪いがあるんでな。少し値は下がるだろうが、それほどの影響はないじゃろう」
エドヴィンは、慣れた手付きで洋紙へ鑑定結果を記入し、最後にサインする。
鑑定書として封をした後、丸めた洋紙をイウリアへ手渡した。
「よかった。長時間付き合った甲斐がありましたよ」
イウリアはわかりやすく胸をなでおろした。
多少、言葉に棘があるが、エドヴィンは聞き流す。
仕事柄、粗暴な冒険者との付き合いは多い。
いちいち気にしていては仕事にならない。
「手間を取らして悪かったの。だが、迷宮運がなくとも、実力でねじ伏せた人間がいる、などという珍しい話を聞けたのは興味深かった。一度、その男と話してみたいの」
「南海岸に行くって聞きましたよ。バカンスの際には声をかけてやってください。本人も喜ぶでしょう」
イウリアは鑑定書を受け取ると、そそくさと部屋から出ていった。
エドヴィンは静かにその背中を見送る。
誰もいなくなった部屋で、
「じゃが、20年以上蓄積された迷宮運は、一体どこへ消えたというのだ?」
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お読みいただき、ありがとうございます。
かなり前、カクヨムで連載されている某Wiz系の小説(題名がわかる方も多いかと)に感化されて、勢いで書いたものになります。
ふと我に返えって、長い間、お蔵入りにしてました。
Wizardry経験の有無で、話の理解度が異なる内容なので、万人受けしないな、と。
しかも、何を思ったか、更にオリジナルの設定も多く加えてしまい、まさにカオス。
でも、書いたら読んでほしいというのが作者のエゴです。
よろしければ引き続き、お付き合いください。
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