第2話 2人のおっさん
「なんだ、エトムートか」
黒いフルプレートアーマーを来た男。
古くからの顔なじみで、この街の冒険者ギルドで最高ランクパーティーのリーダーでもある。
エトムートは断りもなく、セイの横へ座ると、セイと同じ酒を頼む。
「珍しいな、セイ。酒に弱いお前が、飲んだくれるとは」
「ほっといてくれ」
「そう言うなよ、兄弟。仲間だろ?」
エトムートは届いたばかりの酒グラスを軽く持ち上げる。
楽しげなエトムートとは真逆に、酒場の奥では、セイを憎々しげに睨みつけている。
エトムートの現パーティーたちだ。
皆、若い。
熟練の冒険者が皆そうするように、エトムートが新人の才能を見抜き、生え抜きで育ててきた者達だ。
おそらく自分たちのリーダーが、
セイはため息をついた。
「俺とお前が仲間なわけないだろ。お前は街最高の冒険者。俺は万年落ちこぼれ」
「でも、昔は同じパーティーだったろ?」
セイが始めて冒険者になったときに、エトムートは同じパーティーメンバーだった。その縁もあり、パーティーが解散した後もエトムートとは仲良くやっている。
街一番の凄腕でありながら、セイのレベル上げを手伝ってくれたりもする仲だ。
「何年も前の話だ」
セイは先程から減っていない酒で唇を湿らせた。
そして、
「……ついにステータスが下った」
神妙な面持ちになったエトムートが、しばしセイと目線を合わせる。
次第に表情が崩れていく。
最後には破顔した。
「そうか! そうか! セイ、お前もか!」
エトムートはご機嫌そうだ。
「お前もって、もしかして……」
「俺は3つ上だぞ? 半年くらい前から俺もステータスが下がり始めた」
「なんで言わなかった!?」
「パーティーメンバーに口外するなって言われててな。後任へ引継中だ。それも今回のクエストで終わりだがな」
「エトムート……お前。冒険者を辞めるのか?」
「当然だ。レベルを上げれば上げるほど、ステータスが下がるんだ。続けられるわけ無い」
「……そう、だよな」
「皆、こうやって引退していくんだ」
理解はできるが納得は到底できない。
セイはまた酒で唇を湿らせた。
「……若返れたらなぁ」
エトムートの顔が一気に曇る。
「おい、知ってるだろ!? 若返りは冒険者にとって禁忌だ」
ダンジョンのどこかに若返る方法があるというのは、有名な話だ。
だが、その方法は秘匿にされており、ギルドマスターですら知らない。
当然、若返りを試すことはおろか、方法を探す事自体も法で禁じられており、嫌疑でもかけられようものなら縛り首となる。
冒険者に生って最初に叩き込まれる禁則事項の一つであり、新人でも知っている事だ。
「分かってる。ただの
エトムートは手に取った酒坏を飲み干す。
「なあ、セイ。俺と一緒に引退しないか?」
「……悪いが、やりたいことが残ってる」
それでもセイはあっさり断った。
エトムートは表情を変えないまま、グラスに注がれた酒を半分ほどスッと飲む。
「現実を見ろ。もう、お前の故郷には何も残ってない。若い連中に何を言われても、利がなけれりゃ聞き流すだろ。それと同じだ。こだわりすぎるな」
「…………」
セイは力なくエトムートの顔へと目を向ける。
「俺はいくら笑われてもいい。だが、託された思いだけは捨てられない」
「今更、故郷の魔物を追い払った所で意味なんか無いんだ」
エトムートは子供をなだめるような口調だ。
その様子に少し
「父や母は、領地を守るため、逃げずに最期まで戦った。死ぬことは分かってたのに」
セイの瞳には、つい昨日の事のように、
街のいたる所から立ち上る炎、耳を裂くほどに響く悲鳴、そして領主城の
「真面目すぎるんだよ。お前が元貴族の血筋だってことは知ってるし、その領地が魔物に奪われたことも気の毒だとは思う。でもな。誰一人いない領地の為に、ダチが死に急ぐのは、見てて気持ちのいいもんじゃないぞ」
セイとて、愚かなことであることは理解している。
だが、人の心に深く刻まれた思いは簡単に
「俺は領民たちと一緒に、家族の中でただ1人逃されたんだ。いつか領地を奪い返すことが、死んでいった家族への弔いだ。なのに……」
――力は手に入らなかった。
どれだけ迷宮を駆けずり回ろうとも、血反吐を吐き、無理にレベルを上げようとも、まともな呪文を覚えることができなかった。
「やれやれ、変わらんな。最初に会ったときも同じこと言ってたぞ」
「……そんなこと言ってたのか」
28年前、家族も故郷も失い、力を求めてさまよった結果、冒険者に行き着いた。
珍しくもない、よくある話だ。
街で、右も左も分からず冒険者ギルドの前で戸惑っているセイを、パーティーに誘ったのもエトムートだったことを、ふと思い出した。
「セイ、諦めろとは言わん。だが、やり方を変えたらどうだ? 魔物に故郷を奪われた者も多いんだ。後進を育てたり、他の奴らに
「……やり方を変える、か」
今までずっと己の弱さを呪いながらも、自らの手で成すことしか考えていなかった。いや、無理だとわかりつつ、目をそむけ続けて来ただけだ。
だが、エトムートの言うことは一理ある。
セイはもう年だ。
次のパーティーが組める頃には、今よりもっと体が動かなくなっているだろう。
そろそろ嫌でも現実を受け入れる必要がある。
自分の力では領地を奪い返すことはできないことを。
「もう一度言う。引退して、一緒に南海岸にでも行かないか?」
「行ってどうする?」
「ちょっとツテがあってな、道場をやろうかと思ってる。俺が剣術、お前が魔術を教えられる。それに南海岸は気候もいいし、若い女も多いらしいぞ」
冒険者を引退した人間が、道場を開くというのは割とよくある話だ。
だが、切った張ったばかりをやってきた人間が、いきなり素人相手に商売を始めるにはハードルが高い。
そのため、コネや由縁、つまり地元にツテがあるというのは成功の可否を大きく分ける。
エトムートほどの冒険者がツテが在ると言っているのであれば、かなり信頼できる筋なのだろう。
「俺に教わりたいヤツなんか居るかよ」
セイは自嘲気味に笑う。
「居るだろ。呪文が覚えられていないだけで、魔術や召喚術の腕前は一級。魔物相手ならともかく、対人戦なら俺でも負ける可能性がある」
酒を煽るエトムートの顔に嘘はない。
かねてから目の前の男だけは、セイを評価してくれる。
「そう言ってくれるのはお前だけだ」
「だろ? だから、な。一緒に行こうぜ」
門弟の中に、魔物に奪われた領地を取り返せるような英雄も生まれるかもしれない。
成果が目に見えるまで何年、何十年掛かるか分からない。
もしかしたら、何の成果も得られないかも知れない。
だが、未来を閉ざされた自分に、まだできることがあると不思議と思えてくる。
さっきまで、この世の終わりのように考えていたが、次のステージに友と一緒に進むと考えると、悪くないアイデアのように思えた。
持つべきは友か。
夢に破れようとも、明日は来るのだ。
「……それもアリかもな」
「よし、決まりだ! この歳になって1人で新天地ってのも、なんか抵抗あったんだよな! 今、受けてるクエストも明後日には終わる。その後、一緒に出ようぜ!」
「明後日に出るのか? 随分、急だな」
「別れ
「違いないな」
エトムートが新しい酒を手酌する。
「ちなみに冒険者上がりは、おっさんでもモテるらしいぞ?」
「本当か?」
「命のやり取りが染み付いてるから、ダンジョンの外でもすぐに死んでくれる上に、金だけは持ってるってな」
「そいつは
2人のおっさんは酒場でお互いの顔を見てゲラゲラ笑いあった。
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