転職失敗からの大逆転 ―召喚師が狂戦士になってしまった―

水底 草原

一章 転職

第1話 中年の召喚師

「うぇッ、吐きそう」


 土と石の壁で囲われた薄暗いダンジョンの中、疲弊した中年男が1人いる。

 男の周りに寄り添うように佇む、3体の魔物。


「もうダメだ」


 男の名前はセイ。

 今年で42歳になる中堅の冒険者だ。


 セイは地へ腰を投げるように座り込んだ。


 若い頃は気にならなかったダンジョンの登り道と魔物との連戦がこたえる。

 座り込んだセイの顔を、狼型の魔物がめる。


「ありがとう。おっさんになると登りがキツくてな」


 セイは横に並ぶ茶色の狼の頭を撫でると、だらしなく舌を垂らした狼が、嬉しそうに尾を振る。


 狼の反対側にいるのは、仏頂面ぶっちょうずらをしたゴブリン。

 大きな鼻と耳元をしきりに動かし、周囲を探っている。

 ゴブリンなりに、主人に危険が迫らないよう、気をつかっているようだ。


 そして、背後には濡れた髪を垂らした半透明の少女バンシー。

 無表情のままだが、体を形作る霧が細かく揺れている。


「地上まであと一息だ。早く帰ろう」


 自らを奮い立たせた男は薄暗いダンジョンを登ることにした。

 迷宮を登る姿は上背がある分、細い枯れ木が、節々ふしぶしを折りながら歩いているように見える。


 どれだけ疲れていようとも迷宮は決して手を抜いてくれない。

 むしろ追い打ちをかけるべく、いつも以上に魔物達が襲いかかる。


 狼が火を吐く鶏の首を食いちぎり、ゴブリンが巨大な蜂を棍棒ではたき落とし、ウィンディーネが毒蛇を水牢すいろうに閉じ込めて溺死させる。


 多くの魔物達を押し返し、やっとの思いで、ダンジョンの出口近くへたどり着いた。

 陽の光が溢れる出口に向かって、誘われるように近寄ると同時に、セイは緩む心をなんとか抑え込んだ。


 ――ダンジョンの出入り口で死ぬ冒険者も多いからな


 迷宮では人が簡単に死ぬ。

 中堅のセイといえども、例外ではない。


 魔物に襲われる、罠にはまる、外へ出られないまま餓死などもありえる。

 一瞬の気の緩みで死んでいった者達を多く見てきた。


 魔物たちに指示を与えて、陣形を整え、出口へと近づいていく。

 外まで後わずかという時に、出口から6人組の冒険者が入ってきた。


 パーティーの先頭を歩いていた青年が驚く。


「ロックウルフ!?」


 入って早々、魔物と出くわせば、驚くのは普通だろう。

 続いて入ってきた他のメンバーが、召喚獣の背後にいるセイに気がつく。


「よく見ろ、あれは召喚獣だ。ソロってことは、か」


「ああ、例のか。最上級職なのに……」


 パーティー達の目線が一斉にセイへと降り注ぐ。

 好奇の目線を送る若者たちは、装備からして、おそらくまだ新人の域をでない者達だろう。


 セイは3体の召喚獣を下がらせ、新人へ道を譲る。


 6人中、2人は道を譲ったセイへ軽く会釈をしたが、残りの4人はセイを一瞥いちべつもせず、そのまま奥へと向かっていった。


 ―― 新人にもめられるかぁ。好きでボッチやってるんじゃないんだが……


 6人の背中を見送った後、セイは半日ぶりにダンジョンの外へと出る。


 ダンジョンのすぐ外は広場になっており、これから潜る冒険者達や衛兵の寄り合い所、刀剣の磨屋などが集まっている。


 今回は深い層へ潜ったわけではないが、今日は特に疲労感が強いように思う。

 一秒でも早く、ベッドに体を預けたい気分だ。


「皆、今日もありがとな。また頼む」


 セイが3体へ声をかけると、召喚獣達は水面へ沈むかのように、地面へと吸い込まれた。


 吸い込まれた後には真っ黒な水たまり。

 黒い水たまりが、セイの影へと取り込まれる。


「さて、宿に帰るか」


 背伸びしながら、歩き出す。

 ダンジョンは街の外れにあるが、歩けばすぐに街へ着く。


 街の通りを抜け、慣れ親しんだ宿へと入る。

 自分が何年も借り続けている狭い部屋の扉を開けると、崩れ落ちるようにベッドへと身を投げ出した。



 ◆ ◆ ◆


 浅いのか深いのか分からない眠りの中で、セイは急に目を覚ました。


 体の奥底、脊髄辺りから、何かがにじみ出るような感覚。

 この感覚には覚えがあった。

 14歳で冒険者になってから、幾度となく経験してきたもの。


『レベルアップ』だ。


 だが、今日の感覚はいつもと様子が違う。

 いつもは力があふれ、まるで万能にでもなったかのような高揚感こうようかんに満ちるが、今回はまるで逆。


 ――力が……抜けてく


 動揺しながらも、不安を頭から追い出す為に窓の外を見回すと、日はすっかり落ちて、満月が街を照らしていた。


「今のは……」


 セイは後先を考えずに、財布だけを乱暴につかみ、宿を飛び出した。


 向かった先は冒険者ギルドだ。


 夜の冒険者ギルドは、併設された酒場に冒険者達が押しかけ、喧騒けんそうが充満していた。

 セイは冒険者ギルドに着くやいなや、カウンターの横にある台座の前に立つ。


 台座には円陣が描かれており、台座の足には小さな刀がひもでくくりつけられている。

 セイは慣れた手付きで、少しだけ小刀で小指の皮を切り、血を絞り出して台座へ一滴垂らした。


 台座の円陣が淡く光り始め、崩れていく。

 円陣を描いていたよう洋墨ようぼくうように移動していくと、文字が刻まれていく。


 ■種族 ヒューム

 ■レベル Lv67 (+1)

 ■ジョブ 召喚士


 ■ステータス

 闘力 12(-2)

 魔力 491(-31)

 法力 357(-29)

 念力 389(-22)

 霊力 17(-4)


 ■呪文

 魔術 Lv10(MAX)

 法術 Lv10(MAX)

 念術 Lv10(MAX)

 召喚術 Lv10(MAX)



 セイは視点が定まらないほど狼狽してしまう。

 

 動揺が全身に伝わり、震える膝から崩れ落ちた。 

 予想はしていたが、最悪が確定した。



 老いによる力の減退。



 迷宮がもたらす不可思議の力、レベルアップも万能ではない。

 個人差や種族によって差異はあるが、ある程度、歳を重ねるとレベルアップ時に、力が減衰するようになるのだ。


「…………嘘だろ」


 セイは笑う膝でぶるぶると立ち上がり、"魔術 Lv10(MAX)"の文字を指で撫でる。

 すると、また台座の文字が表面をって違う表記になる。


 ■魔術

  Lv1 魔力操作


  LV2 ――

  LV2 ――

  LV2 ――

  LV2 ――

  

  Lv3 ――

  Lv3 ――

  Lv3 ――

  Lv3 ――

  

  Lv4 火壁

  Lv4 ――

  Lv4 ――

  Lv4 ――

  

  Lv5 ――

  Lv5 ――

  Lv5 ――

  Lv5 ――

  

  Lv6 ――

  Lv6 ――

  Lv6 ――

  Lv6 ――

  

  Lv7 ――

  Lv7 ――

  Lv7 ――

  Lv7 ――

  

  Lv8 ――

  Lv8 ――

  Lv8 ――

  Lv8 ――

  

  Lv9 ――

  Lv9 ――

  Lv9 ――

  Lv9 ――


  Lv10 ――


 力なくセイは笑った。

 

「やっぱり……悲惨だな」


 普通なら覚えているはずの呪文を、ほとんど覚えられていない。

 唯一覚えているのは、防御魔法である炎壁ファイヤーウォール


 他の術も確認するが、似たりよったりだ。


 レベルアップにより新しい呪文を覚えたという事もなさそうだ。

 

 いつか来ることはわかっていた。

 だが、今ではないと目をそむけ続けていた。


 それが突然、目の前に突きつけられたのだ。


 冒険者になった目標を、何一つ達成できていないのにもかかわらず。

 

 力が欲しかった。

 それも圧倒的な力、が。


 他の冒険者から、呪文を覚えられない無能と後ろ指を刺されながらも、恥を忍び、死と隣り合わせの薄暗い地下をいずり回ってきたのにだ。


 今日、とうとう限界を迎えた。


 人生を賭けて力を追い求めた男の頭上に、無情にもふたがされたのだ。

 

 お前はここまでの人間だ。

 神に言われた気すらする。


 定住もせず、恋人も作らず、結婚もせず、普通の人としての幸せすら犠牲にしてきた結果が、なのか。


 必然、セイの足は併設された酒場へと向う。

 カウンターでいつも飲む薄いエールではなく、ラガーを頼むと、席につく間もなく一気に飲み干した。


「ぷっふぁぁあ」


 続け様に、冷たくも焼けるように熱い蒸留酒を頼み、これも水のようにのどの奥へ押し込んだ。


 ほどなく強烈な酩酊めいていが、脳を覆った。

 頭回りが緩むと、悩みと苦渋から目をそむけられるように感じる。


 ただの現実逃避でしかないことは分かっている。

 今はそれでも必要だ。

 いいじゃないか、人生が行き詰まったんだから、と。


 暫く白い目を向けられながらも飲んだくれていると、ギルドの入り口から開く。


 先頭を歩くのは、黒いフルプレートアーマーを着込んだ中年の男。


 ギルドの中が一瞬、静まり返る。


 同時、皆の視線が集まった。

 男の放つカリスマ性と名声に対する嫉妬と敬意を込めて。


 男は周囲の様子など全く意に介せず、酒場の置くまで、歩いていく。


 そして、セイが居るテーブルの前で止まった。


「なんだ、セイ。今日はえらくご機嫌じゃないか」

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