第14話 馬小屋の美女
3人は初めてのダンジョン攻略を終えて、冒険者ギルドに着いた。
後ろを歩くルネリッサとタイラーは疲弊し切っている。
肉体的なものではなく、精神的なものだろう。
――ま、初心者ならこんなもんか
ギルドの受付の奥にある買取所へと向かった。
作りは前の冒険者ギルドと、ほぼ一緒のため迷うことはない。
カウンターへ火鼠を2体置く。
ダンジョンから持ち帰った3体のうち1体はセイの取り分として、宿へ持ち帰る予定だ。
無口なギルド職員が言葉を発しないまま、火鼠の状態を確認し、解体していく。
奥に座っていたギルドマスターのガスタロが、セイを見つけ近寄ってきた。
「出来損ないが火鼠を2体とは、ずいぶんな成果だな。いや、流石、特殊職というべきか」
ガスタロがm気分を逆なでするようにセイを見回す。
「まあ、それなりです」
――本当はこの10倍は狩ったんだがな
「サムはどうした? 斬り殺したりしたか?」
「いえ、魔物に襲われて死にました」
ガスタロがいやらしい笑みを浮かべた。
「それは残念だ。しかし、貸しは貸し。5金貨で手を打ってやる」
「どういうことだ?」
想定外の言葉にセイは敬語を忘れてしまう。
「サムはギルド付きの冒険者。それをお前に貸し出した。だが、それを返してくれないとなると、当然、代金を払ってもらう」
「そんな制度は聞いたことがない! そもそも冒険者は死ぬリスクがある。死んだら代金を払えというのであれば、誰もパーティーなんて組めなくなるぞ!」
「今朝言ったことをもう忘れたのか? ここでは俺がルールだ。それにギルド付きの貸出条件にちゃんと書いてある」
ガスタロは、壁に張り出された古く字が
紙のタイトルは”ギルド付き冒険者の貸出契約条項”と書いてある。
おそらく何処かにガスタロが口にしたルールが書いてあるのだろう。
拳を強く握るが、完全にセイの落ち度だ。
以前のギルドと同じ条件だと思い込み、確認を怠った。
「……今、金を持っていない」
金が払えないとわかると、更に嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「俺は優しい男だ。支払いは待ってやる。10日間やる。それまでに払ってくれればいい」
セイの経験から、自分の今のレベルと倒せる敵、そして、それで得られる金額が瞬時に計算される。
――ルネが解錠の呪文を覚えてくれれば、10日でいけるか
もちろん、ルネリッサに死なれたり、大怪我をされたら困る。
そのためにも
「……金は用意する。だが、ルネとタイラーはこれからも貸してもらう」
ガスタロの顔が呆れ果てた。
あの二人の才能の無さが見えていないのか、とでもいいたげた。
「ああ、アレらはいくらでも使ってくれていい」
興味を失った様子で、セイの返事を待つこともなく、ギルドマスターのガスタロは奥へと入っていった。
「セイ……」
ルネリッサとタイラーがセイへと駆け寄った。
2人のせいでは全く無いのだが、どこか申し訳無さそうだ
「ということで、明日もよろしく頼むな」
不安がる2人をなだめた後、火鼠の代金をルネリッサとタイラーへ渡し、ギルドを後にした。
渡せた金額は、僅か6銀貨。おそらくルネリッサとタイラーにとって借金の利息にすらなっていないだろう。
命を賭けた額としてはあまりに少ない。
◆ ◆ ◆
夕暮れ時、セイは、キュメイ達との待ち合わせ場所で1人待っていた。
日が完全に落ちた頃になって、やっとキュメイ達が姿を表す。
大通りを歩いてくるキュメイはなぜか疲弊した様子で、反対にファリンは上機嫌だ。
「どうした? 疲れてるじゃないか」
「この子、本当にどうにかして! ちょっと目を話すとすぐに居なくなっちゃうんだから! 」
キュメイはファリンへと振り向くが、既に姿はない。
ファリンは通りの近くにある花屋に珍しそうに見ている。
「またぁあ! 子どもかぁ!」
「大変だったんだな、よく頑張った」
セイは哀れみの目をキュメイに向けた。
ファリンはセイがいることに気がついた様子、セイへと抱きついてきた。
「セイ。いずこ行ってた?」
「どこって。ダンジョンに行くって言ったろ?」
ファリンは納得行かない様子で、セイの肩へ頭を押し当てる。
「おいッ。止めろ。ダンジョン出てきたばかりで汗臭いだろ!?」
「否。セイ。臭くない」
確かに今日は偵察に近く、一層しか潜っていない。
対した運動ではないため、汗臭くはないだろうが、どうもむず
キュメイがやり取りに飽きた様子で、割って入る。
「そんことより、どう? どれだけ狩れたの?」
「今日はとりあえず、これだな」
セイはそういうと袋に詰めていた、火鼠の死体を見せる。
「火鼠……1体。これだけ?」
「そうだ」
キュメイの目つきが鋭くなる。
「すごい自身ありげだった割に、1日掛けて狩れたのは、魔物1体だけだったの!?」
「まあ、少し事情があってな」
「はぁ。私、組む相手を間違えちゃったかしら。もっと強い冒険者と組んだほうがいいかも」
「あと、5金貨ほど借金が出来たぞ」
「……借金」
キュメイから血の気が引いていく。
「パーティーメンバーが死んでしまってな。10日以内に払う必要がある」
「なんで!? 命かけて稼ぎに行ったのに、大きな借金背負って帰ってくるなんて、どうやったらそうなるの!?」
「仕方ない。レベルは多分上がったし、明日からはもっと稼いでいくつもりだ」
「はぁ」
半ば呆れ気味のキュメイに対して、ファリンは悲しそうな表情を浮かべた。
「セイの仲間、死にけり?」
「そうだ」
キュメイは何を当たり前のことをとでも、言わんばかりだ。
「冒険者なんてそんなものよ」
キュメイはセイのメンバーが死んだことを大して気にしていない。
もともと冒険者が死ぬことなど日常茶飯事である。
錬金術師であるキュメイにとっても、それは常識だ。
しかも、会ったことも話したこともない人の死など、気にする方が珍しい。
ファリンはまだ少し悲しそうに、
「……さて、宿に行こう」
セイは道の往来での話を切り上げ、キュメイが確保した宿へ、案内してもらう。
新しい店を見つける度に、物珍しげに足を止めるファリンを引きずりながら、やっと3人がたどり着いた。
2階建ての石造りの宿だ。
古い建物ではあるが、掃除が行き届いており、悪くない宿だ。
歴史があるのか、決して安価ではなさそうに思える。
「キュメイ。この宿で、部屋を3つも取ったら高くつくんじゃないのか」
「勘違いしてるみたいだけど、私達が泊まるのはあっち」
キュメイが指差した方は、宿に併設された木造のボロい小屋がある。
「うん、馬小屋だな」
「……そうよ。悪い?」
キュメイがセイを
「いや、懐かしいと思ってな」
「懐かしい? セイは馬小屋で育ったの?」
「昔、金がなかった頃は世話になった」
「まるで今はあるみたいな言い方ね。借金背負ってるのに」
「それも、そうだな。ま、なんとかなるさ」
「セイって、大物なの? それともただのアホなの?」
「当然、アホなんだろうな」
セイは笑った。
アホでなければ、死んだ家族や故郷のために、命など賭けはしない。
宿の話を聞くと、3人で銀貨1枚で泊まれ、食事は無ついてないが、トイレや体を流せる場所は宿の設備を貸してもらえるという点が決め手だったらしい。
ダンジョンが在る街では馬小屋を宿屋代わりに貸していることは多い。
そういった街ではダンジョンとは経済を回すための資源であり、冒険者はその資源を持ち帰る者達だ。
当然、命のやり取りを行う冒険者はハイリスクハイリターンであり、文無しになることもある。そういった人間でも回復さえすれば、再びダンジョンへ潜りいつか富を持ち帰る可能性がある。
カネがないからと言って、無下に放りだしはしない事が多い。
無論、問答無用で放り出すところもあるが。
セイは思う存分、汗を流し、馬小屋へ向かった。
「よかった。馬はいないな」
馬小屋とはいえ、いつも馬がいるわけではない。
宿泊客が馬を連れていなければ、むしろ居ないことのほうが多い。
馬がいれば、寝ている所を踏みつけられるかもしれない。
セイは馬小屋に入り、簡易的なベッドを作ろうと、わらをかき集めていく。
「キャッ」
慌てて手を離すと、誰かが
「なんだキュメイ。もう居たのか」
「体は昼間洗ったから。……それよりセイ。今、私の体触ったでしょ」
「まさか
「フンッ」
キュメイは控えめな胸を抱え、口をすぼめた。
セイは気にせず今日の寝床を作りつづける。
「ファリンは?」
「ここよ」
キュメイが横の藁をどかせると、ファリンが気持ちよさそうに寝ている。
美しい少女が馬小屋で寝ているという、なんとも奇妙な絵だ。
馬車の中でも何度も昼夜を共したが、ファリンはよく寝る。
夕暮れ時から次の日の朝までぐっすり眠っていることが多く、昼寝も好きだそうだ。
「まあ、気持ちよさそうに寝てるな」
話をしながらもセイは太く固めの藁を
「なんか手慣れてるわね」
「言ったろ? 昔世話になったんだって。硬い藁を取っておかないとチクチクするからな」
「セイ……。やっぱり、あなた、お金に縁のない人なのね」
キュメイは残念な生きものを見るような視線をセイへと送る。
だが、セイと軽口をたたきながらも、キュメイは火鼠を取り出し、セイの剣で綺麗に切り分けはじめた。
その手付きは、血の一滴も無駄にしないよう慎重でありながら、どこか流麗である。
「話は変わるが、キュメイがこの街に来たのは、やっぱりエーテルが目的か?」
錬金術師にとってはエーテルは貴重な材料だ。
ダンジョンの中を移動している液体と言われており、一定の場所に留まることのない不可思議な液体である。
ダンジョンの中でたまたま見つけるか、エーテルを腹に貯める特定の魔物を討伐したときに手に入れることができる。
生命の泉ほどではないが、そこそこ珍しく採取量も限られる。
しかし、このニゲロイトのダンジョンの1つ【
もっとも【
セイの言葉を聞いたキュメイが食い気味で顔を寄せてくる。
「そうよ! エーテルが手に入りやすいという夢のような街よ!」
「その夢の街で、馬小屋に泊まっているのはどうかと思うがな。それに、エーテルを買う金があれば、だな」
「お金もそうだけど、
キュメイは責めるような視線でセイを睨んだが、セイはすっとぼける様に、視線を
錬金術はセイ達のような冒険者が使う術とは異なるものだ。
魔術などは加護力を消費して、発動させる人外の力であるが、錬金術は言う成れば人の力だ。
もともとダンジョンで採れた特殊な鉱石から金を生成しようとしたことに端を発したが、今ではダンジョンで採れるあらゆる素材を加工する技術全般を指す。
物質や力学を操作する念術を使うことも多いが、あくまで補助にすぎない。
仮説検証を繰り返すことで、未知を既知へと変え、技術体系にまで落としこまれた術である。
当然、技術である以上、皆ができるものではなく、道具や個々人の技量や知識が必要とされる。
「早い内にどうにかしないとな」
「がんばってね、期待してるわよ。相棒さん」
話をしながらも、いくつかの臓器と皮を切り分け、それを丁寧に干していく。
「上手いもんだな」
「錬金術師で魔物の解体ができない人はいないわ」
「そうか。キュメイはいつから錬金術師なんだ?」
「5年くらい前から」
「結構長いんだな」
「ヒュームからすればそうでしょうね」
「まあな、エルフの一生はヒュームとは比べ物にならないほど長いからな」
「……そうね」
「でもエルフの錬金術師とは珍しいな。普通、エルフは錬金術を嫌うんだろ」
キュメイが体を一瞬硬直させた。
「よ、よく知ってるじゃない。知り合いにエルフでもいたの?」
「ちょっとな」
キュメイは手を一旦止め、セイの瞳を真っ直ぐ見る。
そして、覚悟を決めたように話し始めた。
「……私ね、ハーフエルフだから」
「ハーフエルフ?」
人の種族にはいくつかある。
セイの種族であるヒューム。
タイラーのように獣の特徴をもつ種族ビースタ。
ルネリッサのように背が低く、感覚が敏感な種族チェンジリング
鍛冶や生産を得意とするドワーフ、森の民エルフと呼ばれる種族など、いくつかの種族が各々のコミュニティを成している。
その中でも異質がハーフだ。
なぜハーフが異質か。
通常、ハーフは生まれないからだ。
血縁上のハーフは生まれるといば、生まれるのだが、異種族で子を成せば母親の種族を受け継いで生まれる。
例えば、母がチェンジリングであれば、子は必ずチェンジリングとして産まれる。
だが、ヒュームとエルフの間に産まれる子で、極稀にハーフという中間の形質をもつものが産まれることがある。
膨大な魔力の影響、古代の呪いなど諸説あるが、原因は分かっていない。
問題はこのハーフエルフという存在は、種族の特性を相殺するという他に見ない特性を発揮する。
本来エルフは周囲に植物の成長を促進させるという種族特性を持つ。
だが、ハーフエルフが近くにるとその効果が失われるのだ。
森と森に住む精霊を信仰するエルフにとって、存在するだけで信仰を妨害してくる厄介な存在というわけだ。
特にこれと言った種族特性を持たないヒュームを除けば、どの種族も種族特性に合った文化を持つため、ハーフエルフは社会から疎まれやすい。
「初めて会ったな」
「でしょうね。私も会ったこと無いもの」
キュメイは止めていた作業を始めた。
だが、視線はチラチラとセイの表情を伺っており、横顔には、緊張が張り付いていた。
「……私と組むのは嫌になった?」
「なんでだ? 俺は問題ないぞ。そもそもヒュームだから、種族特性も無いしな」
「私と取引してたら、ドワーフの錬金術師に嫌われるかもしれないわよ?」
「そういう事もあるかもな」
キュメイは自分でいい出した言葉にもかかわらず、同意するセイに不安そうだ。
「この街はまだ来て間もない。付き合いがある錬金術師がいるわけでもないし、問題ないだろう」
キュメイは安堵したように息を吐き出し、そして大きく息を吸い込んだ。
「嫌って言っても、アンタが弁償してくれるまでは逃さないから!」
「じゃあ、なんで聞いたんだよ」
セイは呆れ気味に答えて、藁の寝床を作り終える。
「キュメイの分もやってやるぞ」
そう言ってセイはキュメイが寝る藁からも硬い物を取り除く。
なぜか少し嬉しそうなキュメイも、丁寧に
「さて、寝るか」
休息は冒険者にとって大事なものだ。
うだうだと夜ふかしなどしていては明日の
キュメイもセイの隣に横になる。
「……変な気、起こさないでよ」
「分かってる」
セイは、キュメイと自分の間に藁を盛り付け、簡易的な仕切りを作った。
ハーフエルフの為、何歳かは外見ではわからないが、一人の女性である。
恋人でもない異性に寝姿など見られたくはないだろう。
横になると強い干し草の薫りが鼻をくすぐるが、慣れるとこれはこれでいい。
若く新人で金がなかった時分、よく馬小屋で寝たことを思い起こしながら、眠りへと落ちていった。
――明日からも大変な一日になりそうだな
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