第15話 鑑定

 朝、目を覚ますと、体の奥底から力が湧き上がってくる。


「これだよ、これ! レベルアップはこうじゃないとな」


 レベル1で、大量に魔物を倒したのだ。レベルアップしていなければおかしい。

 だが、それだけではない。


 体内に存在しなかった術が、新たに宿っていることが分かる。


「まじか!」


 更に、新しい魂が寄り添っていることを感じる。

 昨日倒した火鼠とスライムの魂が、自分の中にいるのだ。


「召喚獣もか……」


 何が起こったのか理解が追いつかない。

 狂戦士には呪文を覚えやすくする職能でもあるのだろうか。そんな話は聞いたことないのだが。


 セイは急いだ朝の準備を整えた。

 身一つでいるため、精々顔を洗って歯を磨く程度ではあるが。


 セイが顔を洗って馬小屋に戻ってきたときには既に、キュメイもファリンも居なくなっていた。

 昨日取り分けていた魔物の革や臓器もなくなっている。

 おそらく売りにでも、出かけたのだろう。


「ともかく冒険ギルドに行くか」


 急いで馬小屋を後にし、朝ごはんを出店で買い食いしながら、冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドに着くなり、職員へお願いし、ルネリッサとタイラーを呼んでもらう。


 興奮冷めやらぬまま待機していると、奥からルネリッサとタイラーが出てきた。

 2人共、出発の準備を終えているようだ。


「ルネ、タイラー。おはよう」


「おはよう。セイ、何か良いことあった?」


 ルネリッサが違和感を感じたようだ。

 流石、チェンジリングというべきか、感性が強い。


「自分でも信じらないことが起こったみたいだ。早く鑑定しよう!」


 タイラーが狐耳をピクっと動かした。


「あの……セイさん。わざわざ鑑定を待ってくれてたんですか?」


「当たり前だろ。初めて組んだパーティーでレベルアップしたら、翌日の鑑定までは一緒に行うのが、通例だからな」


 特段、ルールという程ではない。

 故事に則った験担げんかつぎ程度でしかないが、げんを担ぐ冒険者は少なくない。セイもその1人だ。


 正直、自分の鑑定結果をルネリッサ達へ見せるかは悩んだ。


 だが、今後、ダンジョンで魔物と戦いを効率的にレベルを上げるためには、今のセイはソロで行けるほどの力はない。さらに、宝箱が開けられなければ、転職のアイテムを手に入れることもできない。


 どうしてもパーティーを組む必要がある。

 だが、力を隠し続けるのは無理があった。


 昨日の探索では召喚術を使わざるをえなかった。頭では理解していたつもりだったが、本当に力を失ったことを痛感したのだ。


 いずれ否が応でも、死力を尽くす場面がでてくる。その時に力を隠したまま死んだのでは意味がない。


 更に、ルネリッサは約束を守ると言ってくれた。またタイラーも人を貶める事に楽しみを持つタイプだとは思えなかった。

 しかし、誰彼構わずパーティーを組んで行き、鑑定結果を伝えれば、いつか虎の尾を踏んでしまう。


 図らずも、当面は3人のパーティーで乗り切る必要がでてきた。そのためにも開示して、全力でダンジョンへ挑むという決意でもあった。


「それは固定パーティーの話ですよね? 僕たちは【ギルド付き】ですよ?」


「まあ、そう固いことを言うな。これから10日間は一緒にダンジョンへ潜るんだ」


「それはそうですが」


 セイ、ルネリッサ、タイラーはギルドの端に設置してある鑑定機の台座の前へ立つ。

 冒険者登録する為に使った簡易式ではなく、本番の鑑定だ。


 お互いが目を見合わせて、何を言うでもなく、最初にセイが、一滴血を垂らした。


 ■種族 ヒューム

 ■レベル Lv3 (2↑)

 ■ジョブ 狂戦士

 ■ステータス

 闘力  16 (14↑)

 魔力  13 (10↑)

 法力  12 (9↑)

 念力  13 (9↑)

 霊力  2 (1↑)


 ■術

 闘術 Lv2(1↑)

 狂術 Lv2(1↑)

 魔術 Lv10(MAX)

 法術 Lv10(MAX)

 念術 Lv10(MAX)

 召喚術 Lv10(MAX)


「一気に2もレベルアップ!」


 セイから思わず笑みがこぼれた。

 強さを求める身として、レベルアップは大好物だ。


 だが、鑑定結果に不可解な所があった。

 狂戦士は前衛の物理職である。

 前衛向きの闘気が上がりやすいことは理解できるが、後衛向きの魔力や法力も軒並みあがっている。


 ――どういうことだ? 召喚士のときと遜色そんしょく無い上がり方だぞ、これ


 不思議に思いながら、セイは覚えた呪文を確認するため、術の確認を始めた。


 半分、癖のように、最初に”魔術 Lv10(MAX)”を指で擦る。

 本職としては闘術から確認するべきだろうが、どうしても魔術や法術のような後衛向けの呪文が気になってしまう。


「これは!?」


 食い入るように鑑定機を見つめると、新たな呪文を覚えていた。

 魔術で新しく呪文を覚えたのは、若返る前を含めると実に18年ぶりである。


 他の術も、貪るように確認していく。


 闘術

  Lv1 闘気操作

 狂術

  Lv1 限界突破 (new)

 魔術

  Lv1 魔力操作

  LV2 闇袋 (new)

  LV4 雷壁 (new)

  LV4 炎壁

 法術

  Lv1 法力操作

  Lv4 異常抵抗

 念術

  Lv1 念力操作

  Lv6 液体操作

  Lv8 重力操作

 召喚術

  Lv1 契約

  Lv2 召喚

 

 目を疑う。

 人生を賭けても、全く覚えられなかった呪文が、覚えられたのだ。

 それもたった1日で、3つも新しい力を手に入れた。

 若返る前からしたら考えられない。


 朝起きたときから予感はあったが、鑑定の結果を受けて確信に変わる。

 

 すると、現実みが一気に増し、思わず目頭が熱くなる。

 何かを吐き出さねば、正気が保てそうにない。


「ダメ、もう無理、しんどい」


 願わくば、それが防御魔法でなければ更に良かったのだが、覚えられたのであればそれだけでも御の字だ。


 ちなみにルネリッサとタイラーは、セイの鑑定結果を横で見ながら、固まっている。


 別の意味で、自分の前にいるセイという男の鑑定結果が信じられない様子だ。


 鑑定機の前で固まる3人に対して、少し離れたところからまだ年端もない者たちが嘲笑あざわらった。


「自分の鑑定結果見て、泣いてるやつがいるぜ」

「ダッセぇ。よっぽど何も覚えられなかったんだろ」

「才能無いクズって、たまにいるよな……」


 ゲラゲラと笑いを浮かべた新人パーティー達が、セイを指しながら笑っていた。その中の1人が、セイの泣き真似をするとドッと笑いが起こる。


 だが、セイ達はそれでどころではない。

 呪文を覚えた事に感動に打ち震える男と、そんな男の鑑定結果を唖然と眺める2人。


 それを無視されたと思ったのか、新人パーティーのリーダーと思われる、縦横ともに大きな男が歩み寄ってくる。


「無視してんじゃねぇよッ」


 声をかけられ、やや正気に戻ったセイが答えた。


「ん? なんだ? 鑑定機が使いたいなら、もう少し待て」


「はぁ? そんなんじゃねえよ。泣いてるお前の雑魚鑑定を、俺が評価してやるって言ってんだ」


 縦横の男がグイと近寄る。

 対して、セイが体を挟む形でそれを止める。

 両者の額が着くのではないかと思えるほど、お互いが近づいた。


「鑑定結果はパーティーメンバーにしか見せない。下がってくれ」


「はぁ? 生意気だな。俺は今年の新人で唯一、はじめから上級職に就けたビッグスだと知らねえのか?」


「悪いが、訓練所は別の街を出ててな。全く知らない」


「はぁ?」


 ――はぁはぁが好きなやつだな。だが、上級職の前衛か


「なあ、ビックス。同盟を組まないか」


 同盟とはパーティー同士が連携を取ることである。

 組み方はそれぞれだが、ダンジョンで取れた迷宮産魔道具の交換や魔物の狙いを分散させるため、同一階層での探索することなどが多い。


 基本的にはダンジョン内で人は弱者である。


 同盟がなくてもパーティー同士で融通し合うことは珍しいことではないが、より親密な関係を作っておく、というのは思いの外、探索を進める上で重要だ。


 ビックスが豆鉄砲を食らったはとのように呆けた後、セイを指差しながら笑い始めた。

 少し離れた所にいるビックスの仲間達も、座っている席の机をバシバシ叩きながら続いて笑い始めた。


「組むわけねぇだろう、バーカ。寄生虫女と狐僧侶なんかと組まされてるような雑魚は眼中にねえよッ」


「寄生虫女? 狐僧侶?」


「知らなねぇのか。そいつらは、盗賊なのに解錠できない寄生虫と、ビースタなのに身体能力がゴミだってのは新人の間じゃ常識だ。俺も一度そいつらと、組まされたことがあるが、まぁ役たたずのクズだったな」


 ルネリッサとタイラーは、視線から目を逸した。

 更にビックスのパーティーがゲラゲラと笑っている。


 セイはビックスの言うことが理解できなかった。


 タイラーは怯えながらも回復は任せろと言ってくれた。

 ルネリッサは解錠できない自分を申し訳ないと、沢山の火鼠を運ぼうとしてくれた。そんな2人がゴミなわけがない。


 長く経験を積んだセイにとって、新人である彼らは全員、実力的にはまだまだ大差ない。

 実力では評価しようがないとなると、姿勢や行動が重要視される。ダンジョンでは1人の暴走がパーティーの全滅を招くことがある。そのため、サムの勝手な離脱行動に対してセイも口調をキツくした。


 色々とできないことは許されるが、場違いな言動や誤った心構えは不味い。

 そういった意味でもルネリッサとタイラーは十分だと思えた。


「特に寄生虫女はあまりに役に立たないから、ダンジョンに置きざりにしてきたんだがな。生きて帰れてだけ、悪運は認めてやるよ」


 セイの目が鋭くなる。


「――お前か。ルネが言ってた奴は」


「クズが足を引っ張ったんだ。見限られて当然だろ。しかも、俺の女にもならないってんだ」


「……救えないな」


「言ってろ。冒険者は能力が全てだ。実際、俺らは昨日火鼠を大量に倒してる」


「火鼠?」


「あ、ビビちゃったか? そうだ。昨日大量の火鼠を持ち帰った俺達は、しばらくダンジョンに入る意味なんて無いのさ」


 大量の火鼠。

 どこかで聞いた話だ。


「あんた達が、そんな数の火鼠を相手にできるわけないでしょ!? セイが倒した火鼠を横取りしたのね!?」


 押し黙っていたルネリッサが我慢できないとばかりに、ビックスへ詰め寄った。


「はぁ? コイツが倒しただと? ありえねぇだろ!」


「本当よ! そっちこそかすめ取っただけなのに、自分たちの手柄みたいに恥ずかしげもなく言いふらせるわね!」


 更に引き下がらないルネリッサを、セイが抑止する。


「ルネ、やめろ。ダンジョンの中にあるものは、持ち帰った者に所有権がある。死体であれなんであれ、こいつらが持ち帰ったなら、それは正当なものだ」


「でもッ!」


 ルネリッサは納得できない様子だ。


「それにまた狩ればいい。わざわざ他の冒険者が捨てた魔物を探して回る必要もない」


 セイが笑みを浮かべた。

 笑みがしゃくに触ったのかビックスが、セイの首を掴みあげた。


「はぁ? おまえ、殺すぞ!?」


「止めといたほうがいい」


 セイは冷静に伝える。

 その視線は冷たくビックスを見下ろしていた。


 冷たい表情の下では、溶岩のように熱い闘争本能の高まりを感じる。

 適度な所で切り上げないと、本当に殺してしまいかねない。


 ――よくないな


 いくら売られた喧嘩とはいえ、人を殺めては重罪となる。

 セイはビッグスの腕をがすために手を添えた。

 

 ――多少の火傷くらいは覚悟してもらうしかないか。死ぬよりましだろう


 セイが手に魔力を込めた瞬間、声が聞こえた。


「……これ以上、めるなら外でやれ」


 セイとビックスの直ぐ側に、ギルドマスターのガスタロが立てっていた。

 ビックスはすぐにセイから手を離す。


「はっ! 白けちまったぜ、クソッ」


 盛大に、床へとつばを吐きかける。

 ビックスはバツが悪そうに、その場を後にした。


 ガスタロも面倒事が片付いたと判断したのか、ため息をつきながら、すぐに職員がいる場所へと戻っていった。

 ビックスとガスタロが各々の位置へ戻ったが、ルネリッサがまだ悔しそうに唇を噛んでいる。


「だってッ! セイが全部やったことなのに」


「ルネ、気にするな。たかが1層の魔物に対してカリカリしても仕方ない。それよりもルネとタイラーの鑑定結果を見せてくれよ」


 納得いかないルネリッサと、尻尾を腰に巻き付けて落ち込んでいるタイラーをなだめて鑑定をさせる。


 ルネリッサ

 ■種族 チェンジリング

 ■レベル Lv5 (3↑)

 ■ジョブ 盗賊

 ■ステータス

 闘力  5 (2↑)

 魔力  3 (1↑)

 法力  4 (1↑)

 念力  4 (―)

 霊力  19 (7↑)


 ■術

 霊術 Lv5 (1↑)

  Lv1 霊感操作

  Lv2 鍵解錠 (New)

 


 タイラー

 ■種族 ビースタ

 ■レベル Lv6 (3↑)

 ■ジョブ 僧侶

 ■ステータス

 闘力  5 (1↑)

 魔力  3 (2↑)

 法力  16 (9↑)

 念力  4 (―)

 霊力  4 (―)


 ■術

 法術 Lv4 (1↑)

  Lv1 法力操作

  LV2 加速 (New)

  LV2 麻痺

  LV2 治癒

  Lv3 治癒領域 (New)

  Lv4 毒回復 (New)

  

「うそ、信じらんない……」


 ルネリッサは思わず開いてしまった口を手で隠す。


「よし! ルネも解錠覚えたじゃないかッ! 今日から宝箱は積極的に開けていくぞ!」


「うん!」


 ルネリッサの表情が明るくなる。

 始めて笑顔を見せてくれた。

 愛らしいルネリッサには笑顔が最も似合うと思っていたが、やはりと、感じる。


「それに、タイラーも順調に法術を覚えてるな」


「ええ、これもセイのおかげです」


「気にするな。それに、回復が在るってのは安心感が違うからな」


 3人はビックスが絡んできたことなど、全て頭から吹き飛んだ。

 新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぎながら、【軋轢のダンジョン】へと向かうため、冒険者ギルドを後にした。


 3人の背中をビックスが気に入らなそうににらみつけている事を、セイだけが気がついていた。


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