第16話 第2層

 昨日と同じ【軋轢のダンジョン】へ3人は足を踏み入れた。

 たった1日しか経っていないが、昨日よりも足取りは軽やかだ。


 入ってから数分は黙々と歩き、周囲から人の気配が消えた所で、セイが立ち止まる。


「セイ?」


 タイラーが急に立ち止まったセイの顔をのぞきこむ。


「タイラー、俺の鑑定を見たろ?」


「ええ! すごい人だとは思ってましたが、あそこまでとは思いませんでした! 狂戦士なんて初めて見ましたよ。それにあんなに沢山の術まで」


 タイラーはまるで英雄を見るかのように、目を輝かせる。


「あの鑑定は誰にも知られたくないんだ。ルネにもお願いしたんだが、秘密にしてくれないか?」


「それは構いませんが、なぜです? あの鑑定結果を見たらセイさん一躍いちやく大人気になりますよ」


 それは若返りという禁忌を犯した事を、暗に示すからなのだが、正直に言える訳がない。


「狂戦士だからなぁ。あんまり人気にはなれないとは思うぞ。それに、ちょっと古巣でゴタゴタがあってな」


 と言って、お茶を濁した。


「そうですか……。僕もが故郷で色々あったので何となくわかります。それなら、誰にもいいません、約束します!」


 タイラーは自らの左腕のすそをまくり、セイへと突き出した。


「……いいのか? 俺は昨日会ったばかりだぞ」


「その昨日会ったばかりの人は、命を救ってくれました。これは僕の決意です」


 おそらく昨日、火鼠の巣で助けた事を言っているのだろうが、パーティーであれば当然のことだ。

 だが、真剣な瞳で、まっすぐセイを見つめるタイラーの覚悟を無碍むげにするのもはばかられる。


「わかった」


 タイラーの左腕の前腕と、自分の前腕を重ねて、セイはサクスを引き抜いた。


「ちょ、ちょっと!? 二人とも!?」


 セイが剣を引き抜いた事で、尋常ではない空気を感じ取り、ルネリッサが困惑する。


 そして、剣を2人の左腕に当てて、軽く引く。

 タイラーが痛みに顔を引きつらせた。


 2人の腕を流れる血が、一直線の剣痕けんこんを浮かび上がらせる。


「何してるの!?」


「イテテッ。ルネリッサ、落ち着いて。これはビースタの誓いだから」


「ビースタの誓い?」


「お互いの傷が癒えて、痕が消えるその時までは必ず約束を守る、という誓いです」


 セイが剣に付いた血と自分の腕からしたたる血を吹きながら、ルネリッサへ説明する。


「ビースタ同士なら、どちらかの爪か牙を使って、同じ傷を作るんだが、他の種族との場合は刃の傷になるな」


「何? その物騒な割符わりふ


「種族違えばってやつだな。ビースタにとって最大限の誠意でもある。絶対だとか、一生の約束なんてものを口で言ってしまえるヒュームよりも信頼できるのは、確かだ」


「セイって、妙に物知りよね。なんでそんな事知ってるの?」


「なんでだろうな」


 セイは誤魔化すように曖昧あいまいに笑いながら、影からロックウルフ、ゴブリン、バンシーを召喚した。


 セイ、ロックウルフ、ゴブリンが前衛、ルネリッサ、タイラー、バンシーが後衛という標準的な6人チームが出来上がる。いや3人と3匹か。


 タイラーは始めて見た召喚獣に少し怯えながらも、文句を言わずについてくる。


「今日は2層までいくぞ」


「2層!? まだ早くない!?」


 昨日1層へ入ったばかりである。

 その翌日には更に下の階層というのは、危険だとルネリッサは考えたようだ。


「このダンジョンの危険度からすると、大丈夫だ。俺はレベル3、ルネは7、タイラーは6だ。行こうと思えば3層まで行けるはずだ」


「でも、いきなり進んで帰れなくなるんじゃ……」


「そのために2層で留めておくんだ。よほど余裕がない限りは、一層ずつ踏破してくのがセオリーだ」


「うぅぅ、セイが言うなら大丈夫なんでしょうけど」


 やや不満そうだが、セイの言うことに従うことにした。

 とはいえ、下層へ降りる階段を見つけたわけではない。

 当面は1層を歩き回る必要があった。


 しばらく1層を探索していると、魔物と遭遇する。

 行きとは言っても出る時は出る。こればかりは仕方ない。


 セイ達の前方に、短剣ほどありそうな蜂が、群れをなして飛んでいる。


「ヘルホーネットだな」


「強いんですか?」


「強さはそれほどじゃないが、毒が厄介だ。もし刺されたらタイラー、解毒を頼むぞ」


「わ、わかりました」


「試したいことがある。お前たちは様子見で頼む」


 セイは自身の召喚獣達にも、手を出さない様に指示を与えた。


 1人、蜂達の背後まで周わった。


 呼吸を整えた直後、セイが走り出す。

 猛烈な勢いで突撃し、蜂を2匹ほど一瞬で斬り伏せた。


 周囲を飛んでいた蜂達が、セイの強襲に気が付き、一斉にセイへと飛びかかる。

 尻からは返しのついた針が毒をしたたらせている。


 ――まあ、こうなるよな


 セイは覚えたての狂術である【限界突破】を発動した。


 狂術に関する情報はほとんど無いため、全てが手探りとなるが、名前からして自身を強化する呪文だと推測していた。


 襲いかかる蜂を軽く避けようとした瞬間、視界が飲み込まれる。

 少し避けたつもりが、よもや壁へと激突するのでは、と思えるほどに急接近してしまったのだ。


「おっとッ!」


 蜂たちはあまりの速さに混乱しているように、せわしなく足を、バタつかせている。


「これは劇薬だな」


 どうやら限界突破は、瞬発力を劇的に強化する呪文のようだ。


 次は力をやや抑えながら、近くの蜂へと斬りかかる。


 が、盛大に見当違いのくうを切ってしまった。

 ハタから見ればセイが猛スピードで飛びつき、魔物を通り過ぎた先で剣を振るっている間抜けな姿に写っただろう。


 ――制御が難しいな。なら、ここで感覚を掴む


 目にも止まらぬほどの速さで動くセイが、消えたかと思うと、蜂がいない所で剣を空振からぶりする。そして、あまりの速さに翻弄ほんろうされた蜂たちが、セイが居た所を、虚しく通り過ぎる。


 そんなことが数分間ほど繰り広げられた。


「なに、これ?」


「さあ、僕にはわかりません」


 ルネリッサとタイラーが理解できないとばかりに話を始めた頃、ついにセイの斬撃が、蜂の羽をわずかに捉えた。


 ――だいぶ、掴んできたな


 セイが不敵な笑みを浮かべた。

 そして、次に跳躍ちょうやくした時には、軌道に居た蜂が真っ二つになっていた。


 そこからは一方的な戦いだ。


 動きに全くついていけない蜂を、セイが動くたびに斬り伏せていくのだから、蜂たちもたまったものではないだろう。


 次々に斬り伏せ、最後の1体も真っ二つにされ、戦いが終わった。


「セイ、何を遊んでたの?」


「遊んでたわけじゃない。新しく覚えた狂術を慣らしてたんだ。いざ強い敵がでてきた時に使えないと困るからな」


「そういうものなのね」


「だから次はタイラーだ。麻痺を覚えたんだから、試してみろ」


「うっ……」


 タイラーの狐耳が大きく垂れ下がる。


「大丈夫だ。後衛は焦らずにやればいいんだ。敵は俺が抑えておく」


「がんばります……」


 セイは笑みを浮かべ、手を叩いた。


「さて、全部持って帰ろう」


「これ全部抱えていくの?」


「いや大丈夫だ。新しい魔術を覚えたから」


 そういとセイは手のひらに魔力を込める。

 すると、セイの前方に真っ黒な円が浮かび上がった。


「闇系の魔術、 闇袋だ。この中に入れれば、簡単に持ち運びができる」


 この闇袋という魔術は、魔術の基本にして、極めて有能な力を持つ。


 ダンジョンでは狩った魔物を持ち帰らなくては金にはらない。だが、時には人が10人いても運べないほどの巨体を持つ魔物もいる。

 そういった巨体や大量の魔物を闇の中へ格納しておき、好きな時に取り出すことができるのだ。


 パーティーには最低1人は使える者が必須であり、セイはこの魔術を覚えられなかったがゆえに、肩身が一層狭かったほどだ。


「本当に入るのね」


 ルネリッサが蜂を抱え、真っ黒な円へと押し込めると、何もない空間へと蜂が消えていった。


「当然だ。そういう魔術だからな。さあ、手分けして入れよう」


 3人は大量の蜂を次々に闇袋へ放り込んでいく。

 20体はいたであろう蜂がすべて格納されたが、まだまだ入りそうだ。


 すべてを格納すると闇袋を閉じ、ふたたび、ダンジョンを歩き始める。

 ほどなく下層へ続く、階段を見つけた。


「おおきな階段ですね」


 タイラーが口をあんぐり開けている。

 ダンジョンの階段は、大きい。

 人だけはなく魔物達も階段を使うのだから、当然と言えば当然だ。


 洞窟どうくつのような階段を下り、2層へと降り立った。


「なんか、空気が重いような?」


 ルネリッサが辺りをしきりに探っている。


「ああ、そうだな。下の階層へ行けば行くほど、加護力が充満しているからな。上から降りてくると圧を感じるんだよ」


「加護力?」


「ん? 知らないのか?」


「知ってる?」


 ルネリッサはタイラーへ話を振る。


「僕も知りません」


「最近は訓練所で習わないのか?」


「ん? セイも最近、訓練所出たんでしょ?」


「あ、ああ。それは、そうだな」


 慌てて首肯しゅこうするが、背中には冷や汗が浮かんだ。


「ほら、私たちはギルド付きだから。そういう知識的なものは全部省かれて、実践に必要なものしか習わなかったから」


 確かにダンジョンで生き残る為に、加護力の言葉の定義など、どうでもいい。

 それよりもさっさと実践へ投入して、金を稼がせたかったのだろう。


「それなら知らないのも仕方ないな。加護力ってのは、神が人や魔物へ与えた力だ。分かりやすく言うと闘力や魔力のことだ」


「あの力って神さまが与えてるの? ジョブだと思ってたけど」


「本当の事は俺も知らないが、学者たちの間じゃ、神って線で落ち着いてる」


 そう言ってセイは加護力について、かいつまんで説明した。


「要はだな……」


 ステータスとして表示される加護力には5つの力がある。

 ・体内で発現し、肉体を活性化させる『闘力』

 ・体外で発現し、偽りを具現化する『魔力』

 ・体外で発現し、森羅万象へ干渉する『念力』

 ・第三者の体内で発現し、祝いと呪いを与える『法力』

 ・体外から体内へ取り込み発現する、あらゆる事象を知覚する『霊力』


「……というわけだ」


「ふーん、盗賊の私は、霊力が強いから、勘とか強いってことかぁ。じゃあ、レベルアップはその加護力が高まるってこと?」


「簡単に言うとそうだ。実際は倒した魔物の加護力が、一部取り込まれるんだがな」


「取り込まれる? 私の霊力も、昨日倒した魔物の力ってこと? つまり沢山倒せば倒すほど加護力が上がるの?」


「大体あってる。倒せば必ず加護力が手に入るわけじゃない。どうも倒された時の敵さんの感情にかなり左右されるらしい。それに加護力同士は惹きつけ合うから、傾向がでる。例えば霊力が強い場合は霊力が取り込まれやすくなる」


「あれ? でも昨日、私、何もしてなかったよ?」


「それがパーティーでいるメリットの1つだな。前衛が倒した敵でも、後衛に取り込まれることもある。逆もだ」


「なるほど、だから皆パーティーを組むのね。ん? それじゃあ、鑑定機で出てくるレベルって何?」


「レベルは魔物の加護力を取り込んだ回数のことだ。加護力は木の年輪みたいに、細胞を包んで層になってるらしい。鑑定機はその層の数を読み取ってるだけらしいぞ」


「意外に単純な仕組みね」


「鑑定は加護力の多寡たか、つまり、燃料の多い少ないしか見てない。実際の実力を可視化しているわけじゃないが、強さの目安としては十分使える」


「なるほど。でも、そう思うと、魔物も可哀想ね。倒された上に、力まで奪われて」


「何言ってるんだ? 魔物が人を倒しても、魔物同士でも同じことが起こるぞ。もちろんでも、だ」


「何、その食い合い」


「食い合い……か。的を得てるな。まるで人や魔物達は生まれながら、殺し合うように仕組まれてるみたいだろ」


「むむ……」


「ともかく、話を戻すと加護力が充満しているってことは、それだけステータスが高い魔物が出やすいって事だ」


「わかったような、わからないような」


 やや消化不良気味のルネリッサに構わず、セイは2層を進んでいく。


「取り敢えず三層へ続く階段を見つけたら、今日は引き返すぞ」


「うん」


「はい」


 2層をしばらく徘徊するとあっさり3層へと続く階段を見つけることができた。


【軋轢のダンジョン】の一層はそれほど広くないのかもしれない。

 以前、セイが活動していたアリュース砦街の【床腐れのダンジョン】は一層を攻略するために一週間程度掛かることも普通だった。


「上に戻ろう。さて、これからが本番だ。気を引き締めて行こう」


 道を引き返した直後、側道から早速、魔物が現れた。

 セイが従える狼型の魔物ロックウルフより、一回り小型の狼の群れだ。


「レッサーウルフか」


 更に、レッサーウルフが現れた反対側からは、うめき声を上げながら、コボルト達が現れる。周囲に獣特有のすえた臭いが立ち込める

 コボルトは、ゴブリンのような体躯だが、毛深く、口元が肉食動物のように突き出している。


「コボルトもか」


 ルネリッサとタイラーの顔がひきつった。

 複数種の魔物の群れが出てきたのだ。本能的に恐怖を覚えても仕方がない。


「タイラー、レッサーウルフに麻痺を使ってみろ」


「い、今ですか!?」


「これくらい大したことない。やるだけやってみろ」


「はい」


「よし。ゴブリンとバンシーはコボルトを頼む。ロックウルフは俺と一緒にレッサーウルフに行くぞ」


 一瞬の迷いもなくゴブリンは棍棒をもって、コボルトへと向かっていく。同時にバンシーはかすみをでてきた体を震わせ、水で出来た槍をコボルトへと打ち込んだ。


 セイは自らに限界突破を掛けて、レッサーウルフの群れへと斬りかかる。


 一太刀ひとたちで2体を吹き飛ばしながら、体を真っ二つにした。

 更に、レッサーウルフより一回り大きなはずのロックウルフが、相手の牙を華麗に避けながら咬合こうごうしていく。


 タイラーは少し後ろで、深呼吸をしながら、手の平に力をためていく。

 今朝起きた時に、不思議と頭の中にあった言葉を唱えた。


「我が声は不言色。音に宿りて不可視の呪縛を与えん 麻痺」


 詠唱の吐息と共に、体中にあった法力が外へと放出され、レッサーウルフへと降りかかる。

 途端、2体のレッサーウルフが痙攣けいれんを起こし、地にうずくまった。


「……できた」


「やるじゃない」


 タイラーは安堵あんどし、ルネリッサが肩をたたく。


 ――いい感じだな。おっさんも頑張るか


 動けなくなったレッサーウルフをセイが切り伏せる。

 群れの大半を討たれ、レッサーウルフ達が逃げ始めた。


「悪いが逃がすつもりはない」


 セイとロックウルフは慮外りょがいの速度でレッサーウルフへと一気に追いつき、脳天へと剣と牙を突き立てる。


 レッサーウルフがいなくなり、ゴブリンとバンシーへと目をやると、最後のコボルトに、水の槍が突き刺さり上半身がなくった所だった。


「そっちも片付いたか」


 ゴブリンとバンシーは当然とでも言いたげだ。


「お疲れ、セイ」


「やっぱりすごいですね、セイさんは」


 ルネリッサとタイラーが近づいてくる。


「タイラーの麻痺も悪くなかったぞ。次は、さっきみたいに魔物が逃走した時に使ってくれ」


「そのことなんですが……。なんか逃げる魔物にかけるのは……その可哀想だなって」


「気持ちは分かる。だが、逃げた魔物は必ず人を襲う。仲間を殺された恨みを持ってる上に、人の武器や術も覚えてるから厄介だ。戦いを始めた時点で、どっちかが生き残るか、なんだ」


「……はい」


 タイラーの狐耳が、うなだれている。

 その様子を見たセイがタイラーの肩へ手を当てる。


「無理に慣れる必要はない。できないなら、そういうのは俺がやる」


「……でも」


「そういうのもパーティーだ」


 すぐにセイは闇袋を開き、魔物を入れるように指示を出した。

 皆で手分けして、影のような真っ黒な空間へ、投げ込んでいく。


 ほとんどの魔物を格納したとき、先程までなかったくぼみが壁に出来ていることに気がついた。


「おおぉおおおッ! 宝箱きたッ!」


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