第17話 罠

 急にセイのテンションが爆上がりした。


「ルネ! 宝箱だ! 昨日は見逃してやったが、今日は逃さんからな!」


 別に昨日の宝箱が現れたわけではないが、気持ちの問題である。


「う、うん」


 ルネリッサが手を止め、緊張の面持ちで宝箱の前に立つ。


「ルネ、気軽にいけ。2層の宝箱だから、それほど強力な罠はないと思うが、無理そうなら別の機会でもいい」


「ううん、やってみる」


 ルネリッサが宝箱へ触れ、解錠の呪文を発動する。


 すると宝箱の鍵に関する情報が頭の中へと入り込んできた。

 光の回路のようなものが、ルネの視界に映り込んだ。


「これが解錠の呪文」


 セイやタイラーには回路は見えていない。

 複雑な回路にふれると、回路の配列がカチカチと音を立てて、変化していく。


「習ったとおり……」


 回路構造を理解し、推測し、分断された回路を整えることで、宝箱が開くと習った。逆に回路構造がいびつな形になり過ぎてしまうと、トラップが発動する。

 トラップの種類次第ではパーティーが全滅する事もあるらしい。


 再び回路に触れると、更に構造が変化していく。


「思ったより……簡単かも」


 そういって、3回ほど触った所で、宝箱がカチッと音をたてた。

 解錠が成功し箱が開いたのだ。


「おおお! ルネ、でかした!」


 3人は飛びつくように宝箱の前に立つと、お互いに目を見合わせ、皆で手を掛け一斉に開けた。

 箱の中に視線が注がれる。


「何……これだけ?」


「地味ですね……」


 箱の中には、腕の長さ程の黒い木の棒が入っている。

 棒の先には、小さなかがみが添えられていた。


 ルネリッサとタイラーは露骨に残念そうだ。


「うっほぉうッ! 杖だぁあ!」


 先程まで勇敢に魔物と戦っていた男とは思えないほど、ダサい声を上げる。

 セイの少し裏返った声に2人が思わず、目を丸くした。


「杖? この木の棒が武器なの? 叩いただけで折れそうよ」


 セイの目がキラキラと少年の様に輝き、聖人君子が教え子に諭すように語りかける。


「ルネ、杖の美学はそんな野蛮な所にないんだよ。これは一品だぞ」


「そう? どこにでも落ちてそうな木の枝じゃない?」


「そんな訳ないだろ!? よく見てみろ! この持ちやすそうな凹凸、なめらかな流線型、先端の独特の膨らみ。アンブロ王朝時代に作られた杖の特徴を見事に抑えている。芸術品といってもいいぞ!」


「………………うん」


 ルネリッサはやや引いているが、構わずセイは知識の披露ひろうを続けた。


「杖の先に魔力の象徴であるかがみが付いている。魔術に恩恵をもたらす杖に違いない。そもそも――」


 その後もセイの独り言が続く。

 ルネリッサは距離を置くために、少し後ずさった。


「うわぁ……なんか、セイ。メンドクサイ」


 セイは、ただただウンチクを垂れ流す男になっていた。


 戦いに身を置く者が、剣や槍などの武器に心酔することは珍しいことではない。


 そして、長らくセイにとって、武器とは杖の事を意味していた。

 その結果、セイは、紛うことなき杖マニアへ変態していったのだ。


 今、装備しているサクスに対して、それほどこだわりが無かったのもそのためだ。


「そ、そうね。ともかく、魔法使い用の杖ならパーティーにいないし、売っちゃおうか」


「ぐふぉッ!」


 セイは名残惜しそうに奥歯を噛み締める。

 興味もない剣を使い、かつての愛杖である魔王の杖も手放した状態だ。


 単純に杖が欲しかった。


 だが、前衛の自分がふるえば、ルネリッサの言う通り、ゴブリン相手にも折れてしまうだろう。


 頭では理解できる。

 だが、感情では納得できない。いや、したくなかった。


「待ってくれ! 迷宮産の武器は呪われている事も多い。一旦、街に持ち帰って金が溜まったら鑑定しよう! そうだ! それがいい!」


「……セイ。それ、本当?」


「本当だッ」


 セイの言っている事は嘘ではない。


 迷宮産の武器や魔道具は呪われていることも多い。

 よほど切羽詰せっぱつまった状況でなければ、持ち帰ってアイテム鑑定をする。


 セイはさっさと闇袋を開き、杖を突っ込んだ。


「よし、行くぞ」


 話を無理やり止め、そそくさと歩き始めた。

 2人も半ば呆れながらセイに続く。


「でも、ちょっと安心した。セイにも子供っぽい所があるのね」


「そうですね。意外でした」


 ルネリッサとタイラーの会話が弾む。


 セイはムスッとはしているが、反論はしない。

 その通りで有る事を、誰よりも本人が理解しているからである。


 その後も、コボルトやゴブリンが頻繁に現れるが、セイと召喚獣で黙々ともぐら叩きのように対処するため、後衛組は特に何かする必要もない。


 しばらく歩いた後、1層へと続く階段が見えてきた。

 3人と3匹は目の前にある階段へ近づいていく。


「今回は大量だったな。1層に出たら入り口へ直行しよう。今更、1層を彷徨うろつくメリットは薄いからな」


「そうですね。2層で山程魔物を集め……」


 タイラーが返事を仕掛けた時、突然、した。


 身が空へ放り投げられたように、下へと落ちていく。


 ダンジョンは悪辣あくらつだ。

 一瞬の心のきに、そっと忍び寄る。魔物の襲撃が続いた直後、宝箱のすぐ手前、階段のすぐそばに静かに罠が現れるのだ。


「「「うわあぁあー!」」」


 皆、下へ下へと猛スピードで落ちていく。


「バンシー!」


 セイが落下しながらも、バンシーへ命じると、霧で出来た少女が静かに呪文を唱える。

 次に落ちていく3人と3匹を包むように巨大な水膜ができる。

 まるで大きなシャボン玉に入ったかのようだ。


 そのままゆっくりと落下していき、下へと着くと水の膜がポンッと消失した。


「助かった、ありがとう」


 セイがお礼を伝えると、無表情の少女を形作るもやが細かく揺れる。


「セイ、ここはどこなの。さっきよりも加護力が濃いんだけど」


「転移って感じもしなかった。長く落下していたから、おそらく4層か5層へ落とされただけだろう」


 最悪なのは転移の罠。

 壁の中へ転移させ強制圧死を強いたり、他のダンジョンの奥深くへ飛ばすことなどもある。


「だけって、セイ! 2層よりも強い魔物がでるってことじゃない!」


「ルネ、落ち着け。ダンジョンだとよくあることだ」


「さっき杖であれだけ騒いでたのに、なんでダンジョンの事はそんなに冷静なのよ!」


 そんな事を言われても答えようがない。

 テンションが上がるものは上がるのだ。


「まずいのはダンジョンボスだ。もし5層だとしたら【軋轢のダンジョン】の最下層になる。なら、ダンジョンボスが徘徊している可能性が高い。極力、会いたくないな」


 通称ダンジョンボス。

 ダンジョンの最下層には少数だが、他の敵よりも数段強い魔物がいることが多い。


「ダンジョンボス……」


 タイラーが身震いする。


「スライムはどこにでも居るとして、このダンジョンは鬼人と魔獣が多い。そのどちらか、あるいは両方がいる可能性が高い」


「ねえ、本当に大丈夫なの?」


「わからん。ともかく慎重に進もう」


 セイ達は極力音を立てず、慎重に進む。

 階段を見つけないことには戻れない。だがその階段の在り処がわからないため、どうしても時間が掛かってしまう。


 慎重に進むとはいえ、すべての魔物をやり過ごすことはできない。

 2回魔物と遭遇すれば1回は戦闘となってしまう。


 この層ではコボルトとレッサーウルフ、ゴブリンと火鼠などの混成が目立つようになった。


 ――せめてバラバラの群れで出てきてくれれば


 同じ魔物でも先程まで2層で戦っていた魔物よりも数段強い上に、機動力や攻撃手法が異なる群れを、同時に相手にするのはやはり面倒だ。


「バンシー、極力攻撃はするな。魔力は温存だ。ロックウルフ、ゴブリン、できるだけ通常攻撃だけで対処するぞ」


 ステータスが低いと、無理はできない。

 加護力は燃料そのもの。寝れば回復するとはいえ、ダンジョンの中では基本的に回復はしない。

 ダンジョンボスという存在と遭遇する可能性がある以上、無駄打ちはできないのだ。


「クソッ。また見つかったか」


 魔獣達は鼻が効くものが多い。

 ダンジョンの風の流れ方は気まぐれで、どれだけ気をつけても見つかる時はある。


 ゴブリンとレッサーウルフの混成チームが、同時にセイ達へ襲いかかる。


 素早い動きで先行したレッサーウルフがセイ達へと襲いかかった。


 セイが、ウルフを対処していると、ゴブリン達の棍棒が振り下ろされる。

 剣でゴブリンの攻撃を受けると、その隙をついて、レッサーウルフがセイの脇腹へと噛み付いた。


「痛ッ」


 素早くウルフを切り捨て、体制を立て直すが、脇から血が滴り落ちる。


「……タイラー、回復を頼む」


 セイが初めて僧侶のタイラーへ回復を頼んだ。


「はい!」


 タイラーが手をかざし、治癒の詠唱を唱え始める。

 手から光が溢れ、セイの傷口が急速に治っていく。


 当然、魔物達はセイの回復などを待ってはくれない。

 完治する間もなく、次々にセイへ魔物たちが群がっていく。


 ――仕方ない


 セイは限界突破の呪文を唱え、魔物たちの攻撃を置き去りにしながら、斬り伏せた。


 ほぼ時を同じくして、召喚獣ゴブリンの気配が消えた。

 敵に倒されたようだ。


 ロックウルフはともかくゴブリンは魔物の格として、それほど強くはない。

 初心者向けダンジョンの1層に出てくるような魔物なのだ


 限界突破で瞬発力が大きく向上させたセイが、周囲の敵を蹴散けちらし、ロックウルフが最後に残ったレッサーウルフの首を噛み切った。


 戦闘の終わりを感じ取ったタイラーが、慌てて近寄る。


「セイ! 大丈夫ですか!? 今から治癒します!」


 戦いの最中、完治出来なかった傷を治すため、治癒の法術を唱えようとした時、重たい足音が背後から聞こえて来た。


 その足音は、確実にこちらへ近づいて来ている。


 振り返ると、2つの魔物の影が見えた。

 大きな狼とゴブリンの様な魔物が、ゆっくりと向かって来る様子が、視界に飛び込んだ


 他のゴブリンによりも二周りは大きな体である。


「ホブゴブリンとウィンドウルフ。ダンジョンボスのお出ましか」


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