第13話 火葬
窪みを覗き込んで見ると、中には木と鉄で作られた箱があった。
「宝箱だな!!」
ダンジョンでは宝箱が何かの拍子で現れる事がある。
必ず良いものが入っているわけではないが、一生を遊んで暮らせるほどの魔道具や貴重な迷宮産の武器が手に入ることもある。
運が良ければ英雄のコインが入っている可能性もある。
偶然に左右されやすいが、魔物と並ぶ貴重な収入源である。
宝箱を見つけたセイが嬉しそうに近寄った。
「ルネ、開けられるか!?」
宝箱には例外なく罠が仕掛けられている。
臭気を放つだけのものから、即死やダンジョン内の強制転移など様々だ。
そのため、安全に罠を解除する必要があり、その術を持つものが盗賊だ。
「…………」
ルネは気まずくなり、視線を
「ルネ?」
意を決したように声を張り上げる。
「ごめんなさい! 私、解錠の呪文をまだ覚えてないの!」
「えッ」
「本当に……本当にごめんなさい」
「…………そうか。なら……仕方ないな」
セイのテンションは見て取れるほど急降下した。
ルネは謝罪のために屈めた上半身をそのままに、上目使いでセイの表情を確認する。
「ごめんなさい。戦闘で全く役に立たない盗賊が、宝箱を開けられないなんて」
普通、盗賊でれば、1回ダンジョンに潜れば解錠の呪文は覚える。
初歩の呪文である。
ルネはダンジョン探索は、今回で3回目と言っていたが、それでもまだ覚えていない。有り体にいえば成長が遅く、才能が無いことを自覚している。
「いや、いい。レベルを上げれば、いつか呪文を覚える。必ず、だ」
本心からそうあって欲しいと願っているように思える。
ルネは、その言葉が、自分に向けられた言葉では無いように感じた。
セイは宝箱から離れながら、ルネの肩を軽く叩いた。
それにルネが力なく応えた。
「……うん」
サムの亡骸を担ぎ、3人はダンジョンの出口へと向かう。
とは言っても1層のそれほど奥まで進んでいないため、時間はかからない。
すぐに出口の光が遠くに見えてきた。
「ふぅ、今回も生きて帰れましたね」
タイラーが安堵の声を上げた。
「本当よね」
ルネリッサも同意した。
新人たちは出口へ一歩ずつ近づくたびに、心が軽くなっていく。
「気は抜かないほうがいいぞ。出口周辺は意外と死亡率が高い所だから」
セイが浮つく新人たちへ注意を促した。
「え? そうなの?」
ルネリッサは不思議に思う。
どう考えても、おかしいのだ。
戦士と思われるセイという青年は、レベル1で武器すらも持っていなかった。
そのくせ妙に落ち着いている。
まるでダンジョンなど歩き慣れた庭のように進んでいく。
最初は英雄願望を持った勘違いかと思った。
冒険者を目指す田舎者には一定数この手合がいる。
過去2回しかダンジョンへ潜ったことがないが、2回とも居たくらいだ。
だが、初めての戦闘で、絵本のおとぎ話ではなく、血なまぐさい現実だと知って、辞めていくか、現実を見ていくようになるのだ。
セイは違った。
ゴブリンの群れが出てきても、むしろ指導でもするかのように冷静に対処していった。
そして、あの不気味な笑い。心から戦闘を楽しんでいるかのように笑っていた。
決して剣術に優れているわけではない。セイより鋭く刃を振るえる者は過去に新人にもいた。
ただ、視野が広いのか、焦りがなく、
それが逆に不気味だ。
ダンジョンで戦闘の失敗は死と直結する。普通の人間であれば緊張くらいするものだが、まるで死ぬことすら受け入れているかのようだ。
熟練の冒険者の中には、死も活動の一つとして受けいれいている者はいると聞いたことがある。大抵そういう者は、実際に何度か死んで蘇生しているらしい。
セイの動きは、まさにそれだった。
どういう人生を歩めば、そんな心境でダンジョンの探索に臨めるのか。
しかも、魔物を従えていた。
おそらく最上位職の召喚師が使う召喚術というものだろう。
戦士が、後衛最上位職の職能をどうやって振るうと言うのだ。
全く訳が分からない。
だが、
また、ギルドからも解錠を覚えない無能な盗賊と
「悪い人じゃない……」
ルネリッサは独り言をつぶやいた。
「でも、サムはし――」
ルネリッサが言葉を続けようとした時、急に口が押さえつけられる。
声ができない。そして息も。
息を吸い込むために口を開けた瞬間、口内へ気色の悪い冷えたドロっとした液体が入っていくる。
すぐに口だけではなく、頭全体を何かが覆っていると気がついた。
視界は水中に顔を突っ込んだ様に歪んで見える。
水面越しに、
そして、ルネリッサの顔へめがけて剣を突き刺そうとしている。
――え!? ちょっとッ!
慌てて声をあげようとするが、謎の液体に阻まれ、声が出せない。
セイの放った剣がルネリッサの耳元を通り過ぎた。
すると、顔にまとわりついていた何かが、顔から剥がれ落ち、豊満な胸元へと流れ落ちていった。
「大丈夫か?」
セイが剣を引き抜きながら声をかけてくるが、ゴホッゴホッとむせて、応えられない。
察したセイが言葉を続ける。
「スライムだな。弱った冒険者を頭から襲うために天井に張り付いてたんだろ」
「……あ……れは?」
「あれがスライム。いきなり降ってくることが多い。まとわりつかれたら、核をつかまえて握り潰すか、仲間に取ってもらうほうがいい」
セイが剣で核を破壊したため、スライムが崩れ落ちたということか。
どうやら、頭にあの気色の悪い魔物がまとわりついていたようだ。
考えただけでも怖気が走る。
「魔法使いがいれば、焼き払うんだがな」
セイは残念そうに、手を開閉している。
やっと咳き込みが終わり、まともな声がでるようになった。
「……私、今日も本当に何の役も立ってないね。この前は置き去りにされたくらいだし」
戦闘では役に立てず、宝箱の解錠もできない。
何の為にいるのかと、問い詰められ、結果、ダンジョンの中で1人放置された。
その時は目から涙を流しながら、命からがらダンジョンから逃げ出した。
だが、ダンジョンに潜らないという選択肢はないのだ。
ギルドの借金を払い戻すまでは。
例え、寄生虫と指を刺され、罵倒されても、後ろをついていく以外の選択肢はない。
「置き去り? パーティーにか?」
「……そう」
セイはあからさまに不機嫌そうになる。
背中から苛立ちそのものが立ち昇っているかのようだ。
「ありえないな。ダンジョンは人外の領域だ。人間同士が争ってたら生き残ることなんてできない。ダンジョンに潜っている間だけでも、パーティーは命をお互いに預け合わないと」
「でも、私、解除を覚えていないから」
「そんな事は理由にならない」
「でも――」
「でも、じゃない! そんなことに慣れる必要はないんだ!」
「……セイは優しいね」
「当たり前のことだ。次の探索では期待してるぞ」
セイはこともなげに答える。
ルネリッサはその言葉に目をパチパチとしてしまった。
「もしかして、次もパーティーを組んでくれるの?」
「ん? 組めないのか?」
「指名すれば……できるよ。たぶん大丈夫」
誰一人、役立たずの自分を決して指名などしなかった。
仕組みがあると自体は知っているが本当にできるか確信が無かった。
ルネリッサの心の奥に閉まってあった後ろめたさが、消えるかのような感覚を覚える。
――私は、ここに居ていいのかも知れない
冒険者ギルドに売られて以来、始めた感じた感情だった。
「なら、そうする。タイラーもよろしく頼む」
「いいんですか!?」
タイラーも申し訳なさそうに答えた。
本来は前衛向きの種族であるビースタが、僧侶に就いている。
つまりビースタの中でも特に身体能力が低く、前衛になれないのだ。
さらに、おそらく僧侶としても、まず大成はしない。
総じてステータスが低いタイラーも、ルネリッサと同じようなハズレ枠だ。
今思えば、サムもそうだ。
怖がりで、前線に立てない戦士。
【ギルド付き】の中でも特に才能がない3人が揃えられていた。
――偶然? だとしたら、セイは本当に運がないわね
そんな事を考えながら、ダンジョンの出口を通り抜けた。
薄暗いダンジョンの中にいたのだ。
まだ落ちていない日差しが目に突き刺さるようだ。
「ックション」
タイラーがくしゃみをした。
ビースタの中には、太陽を見るとくしゃみをする者が多いらしい。
衛兵が、サムの死体を背負ったセイをジロジロと見るが、特に何も言ってきたりなどしない。
ダンジョンの中は治外法権の場所。
ダンジョンは常に変化を続けており、血や死体はダンジョンや魔物によって食べられてしまう。場合によってはアンデットになって歩き回ってすらいる。
そのため、ダンジョンの中で犯罪があっても、まず立証することができない。
やった、やっていないの口争いにしかならず、結果、権力がある貴族や金持ちの言うことが通ることは自明だった。
そうして、完全犯罪が横行していた時代があった。
だが、因果な事に困ったのは貴族本人達だ。
ダンジョンを出たら不利な証言をされる相手を、誰が生きて外へ出したいものか。
貴族や金持ちが生還できる割合が大きく下がってしまったのだ。
理由はいわずもがな。
だからと言って、全てを市民や奴隷に管理させることなどもっての他だ。
ダンジョンは大事な資源でもあるのだから。
結果、不干渉とすることで落ち着き、今に至る。
「共同墓地に向かおう。場所はどこの辺?」
「すぐそこだよ」
サムの遺体を
3人は沈黙のなか歩いた。
セイが歩くたびに、上下するサムの目からは生気が抜け落ちており、死をより一層強く訴えていた。
「……ごめん、サム」
ルネリッサは物言わぬサムへ、ぽつりと言葉を投げかけた。
完全にサムの自爆であることは分かっている。
だが、自分とタイラーはたまたま後衛だったから、逃げ出さずに済んだだけだ。
前衛だったタイラーは、どれだけ怖くとも、魔物と直接相対しなくてはならなかった。
本当にただの運。
自分が盗賊でなく、戦士しか適正がなかったら、今担がれているのは自分だったかもしれない。
自分の不運を、サムに押し付けてしまったかのように、感じてしまう。
「ルネは悪くないぞ」
セイは前を歩きながら背中越しに声を上げた。
なぜセイはこんなにも広く深いのだろう。
自分より少し年上なだけなのに。
きっと様々な経験をしてきたのだろう。
自分が想像もできないほどに。
「……うん」
共同墓地で僅かな金を墓守へ握らせ、セイたちはサムを預けた。
ルネリッサは貧しい家で育った。
両親は別の国に住んでいたらしいが、魔物に故郷を追われ、何もないこの地へと流れ着いと母から聞いた。
父と母が住み始めて、すぐにルネリッサが生まれた。
だが、ルネリッサが2歳のときにすぐに父は死んでしまった。
母が詳しく話したくなさそうであっため、深くは聞けなかったが、十分な食事も取れないまま無理に働いて、病に
ただでさえ、ヒュームが多く差別意識が強いこの国で、チェンジリング族だった母親は1人でルネリッサを育てる事ができず、周りに勧められるままにヒュームの男と再婚した。
だが、養父はルネリッサに全く愛情を持たなかった。
母と結婚する前までは多少優しくしてくれたが、結婚してからは酒を飲む度に母を殴り、ルネリッサを蹴り飛ばした。
何度も母はルネリッサを抱えて、逃げ出したが、そのたびに男とその家族に捕まり、連れ戻された。
逃げるたびに、その地獄が更に酷いものとなった。
幼少期の記憶では母の体のどこかにはいつも
もちろんルネリッサ自身にも。
そして、今から1年前、ルネリッサの母親が行方不明になった。
義父が食べたいと言い始め、嫌がる母を殴り、果実を
そのままいくら待っても母は帰って来なかった。
ルネリッサがいた村では、そういったことが度々起きており、領の騎士団はダンジョンから出た魔物の仕業と結論づけた。
母親がいなくなると義父の暴力は更に酷くなった。
だが、ある日、義父の家族が再婚相手を見つけた日を契機に、ルネリッサはギルドへ売られたのだ。
再婚相手の家族へ渡す為、まとまった金が必要だった事が理由らしい。
母親がいかに性悪で、養父がそんな母を幸せにするために、どれだけ苦心してきたかを滾々と釈明されながら。
娼館か冒険者ギルドの好きな方を選べといわれた。
将来を期待するということを諦めていたルネリッサにとっては、どちらも関係なかったが、ある程度才能があれば冒険者の方が稼げると聞いたため、ギルド付きの冒険者になっただけだ。
お金を稼ぐことができれば、母の亡骸を探すための人手にお金を払えるかもしれない。既に母親が生きているとは思っていないが、優しかった母だけは何としても弔ってあげたかった。
「……待ってて、お母さん」
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