第12話 秘密
火鼠の巣に飛び込んでしまったセイ達に向かって、今にも一斉に火の玉が放たれようとしている。
今のセイの技量では、30体はいるであろう火鼠が火を吹くまでに、すべて切り伏せる事はできない。
更に、セイが持つ魔術でも無理だ。
セイが使える攻撃の魔術は炎壁のみ。炎が通じる相手であれば、十分戦える実力があるが、火鼠は炎の攻撃がほとんど効かない。
実力があっても、3軍にとどまり続けたのは対応力の違いだ。
呪文の種類が少ない。これはダンジョンでは致命的な弱点でもある。
そして、その弱点をカバーするためにセイがとった戦略が、”召喚師”である。
「ルネリッサ。これから起こることは、誰にも言わないでくれないか?」
「どういうこと?」
「あまり人に知られたくないことなんだ」
ルネリッサの顔が曇る。
どうやら最悪の選択肢を提案されたと思ったようだ。
「まさか……タイラーを置いて自分だけ逃げるつもり?」
セイを避難するような目で睨みつけた。
「いや、そうじゃない。見捨てはしない」
「それなら、約束する。誰にも言わない」
ルネリッサの目や声には嘘がこめられているとは思えなかった。
セイは、人の口には戸を立てられないことは嫌というほど知っている。
口外しないでくれなどというのは、ただのお願いでしかなかった。
だが、なぜかルネリッサはこの約束を守ってくれそうに感じる。
「助かる」
セイは召喚獣であるロックウルフ、ゴブリン、バンシーを影から呼び出した。
召喚術を使える職能を持つのは召喚師だけだ。
それはかつて召喚士だった事を意味している。
まだ10代後半の狂戦士の青年が、召喚術も使える。
どう考えても、年齢が合わないのだ。
セイは若返りという禁忌を犯した事を誰にも知られたくなかった。
故に、それを推測させる可能性がある召喚術を、人前で使いたくなかった。
「なんで魔物が!?」
ルネリッサは思わず後退りする。
「召喚獣だ。人は襲わないから安心していい」
ロックウルフが、セイに嬉しそうに寄り添う。
――かなり弱くなったな
召喚獣たちも以前よりも、かなりステータスが下がっている。主であるセイの影響だろう。
火鼠の尾についた炎が膨張し、一斉に炎の塊が放出された。
数十はある火の玉が、狭い通路を埋め尽くしている。
まるで炎の壁が迫ってきているかのようだ。
「バンシー」
セイの意図を汲み取った、バンシーが水の
炎の塊が当たるたびに、ジュッという蒸発音を立てながら水と火が、相殺されていく。
以前のバンシーであれば、火鼠程度の炎は一枚の水壁があれば十分だったが、今は水壁を壊されては貼り直さざるを得ない。
火の玉がすべて消失した後、通路は真っ白い水蒸気に包まれていた。
セイが
言葉を発さずとも、阿吽の呼吸で1人と2匹が乳白色の霧の中へと飛び込んだ。
ロックウルフが素早く壁を走るように駆け抜け、ネズミたちの後方に回る。
前方にはセイとゴブリン。
挟撃する形をとる。
火鼠は、水蒸気により一気に湿度が上がり、尾に火が灯らなくなったのだ。
そうなれば、火鼠はただの体の大きなネズミでしか無い。
セイが剣で火鼠を斬り伏せていき、ゴブリンが棍棒で叩き潰す。
ロックウルフが逃げる火鼠を牙で噛み殺す。
「急げ! バンシーの魔力が尽きるぞ!」
セイ達にも余裕があるわけではない。
バンシーの作り出した水は、魔力で作られているだけの
術者であるバンシーの魔力が尽きれば、魔力で作られたものは、この世に存在しなかった様に消え去る。
魔術とはそういうものだ。
途端、限界まで魔力を振り絞ったバンシーが金切り声を上げて、影へと崩れ落ちた。
同時に霧が消え去った。
一気に視界がひらけ、薄暗い通路だけが見える。
そこには血まみれのセイと召喚獣達だけが立っていた。
火鼠は皆、物言わぬ
「だ、大丈夫!?」
ルネリッサが心配しながら駆けつけてきた。
「問題ない。全部返り血だ」
笑顔で答えたセイは、悟られぬよう、奥歯を強く噛んだ。
エトムートなら炎の使えない火鼠相手に、返り血など一滴も浴びなかっただろう。
敵と対峙するたびに自分の前衛としての技量の低さを痛感する。
――やっぱり前衛の才能はないな
だが、狂戦士は何にも転職はできない。
英雄のコインをダンジョンで見つけることで下級職から後衛へと転職するそのときまでは、
そして、それを成すためにも今は力をつける必要がある。
「ううッ」
先程まで伸びていたタイラーの顔が痛みに歪んだ。
意識が戻りかけているのだろう。
セイはロックウルフとゴブリンを見て、少しだけ
意図を察したように2体の召喚獣が影へと戻っていった。
ほぼ同時にビースタの僧侶タイラーが目を覚ました。
「いててっ」
ぶつけた後頭部を抑えながら上半身を起こすと、タイラーの視界に入ったのは大量の魔物の死体だ。
「うわぁああぁあ!」
タイラーは飛び跳ねるように起きた。
「大丈夫よ、皆死んでる」
すぐ近くにいたルネリッサがすぐに説明する。
「え? そうなの? でも、どうやって、こんな数を……」
ルネリッサは何も答えない。
先程の約束を守っているようだ。
今だ状況が飲み込め無いタイラーへセイが声をかける。
「もう大丈夫か?」
「大丈夫……だと思います」
後頭部がまだ染みるのだろう。
「早速で悪い。念の為に確認したいが、蘇生の呪文は使えるか?」
「蘇生?」
僧侶が使う法術の最高呪文でもある蘇生。
死者を一定確率でこの世へと呼び戻す秘術だ。
タイラーは首を振る。
「使えるわけがありません。少し治癒が使える程度です」
「……そうか」
その言葉でタイラーは察した。
頭を抑えながらセイの元へと歩いていくと、それは現実となる。
「うっ」
思わずタイラーは口に手を抑え、吐き気をこらえた。
ネズミ達の死体の中に、サムが居た。
頭の半分ほどが焼けただれており、体の至る所が喰われている。
顔の半分が残っていなかったらサムとは気がつかなかっただろう。
この通路へ入ってすぐに魔物たちの餌食となったに違いない。
セイは慣れた手付きで、胸元を開けるとドッグタグをむしり取った。
街まで死体を運べば、蘇生にかけることができる。
だが、それには途方も無い金が必要だ。
当然、まだ新人であるセイや借金まみれのルネリッサやタイラーに払えるものではない。
「ねえ、遺体を外へ運べないかな。共同墓地になるけど弔ってあげたい」
暗うつとした表情を浮かべるルネリッサが提案する。
「可能だ。だけど、その場合こいつらは置いていく必要があるな」
下に転がる火鼠達をセイは指差した。
ダンジョンで倒した魔物の死体は金になる。
魔道具や薬の素材、錬金術の媒体、武器の材料、食糧など余すこと無く使えるため、冒険者にとって貴重な収入源となる。
男1人を運ぶというのは大変な作業である。
その分、倒した魔物達を運べる量が激減し、収入が減ることに直結する。
冒険者も人である。
長く連れ添った仲間の為であれば、全てを投げ捨てることはある。
だが、今日、初めて即席で組んだだけのメンバーの為にしてやれることは、普通は死をギルドへ伝えることくらいだ。
死のリスクに見合うリターンがあるからこそ、ダンジョンなどという異界へ潜るのだ。リターンが要らないのであれば、
タイラーが吐き気を抑えながら、焼け落ちたサムの残っていたまぶたを手で閉じる。
「僕も弔ってあげたいです。サムとはほとんど話したこと無かったけど、本当は冒険者になんか成りたくなかったって言ってました。でも、借金で代々継いできた山か、幼い妹か、自分を売るかを迫られて、自分が手を挙げたんだって。……借金返したら家に戻るんだって……」
「よくある話だな」
「よく……ある……ですか」
タイラーがセイへと顔を向ける。
セイを見る目は怯えをはらみ、まるで化け物でも見るようだ。
「人が死んだんだよ?」
ルネリッサも
セイはため息をついて、物言わぬ遺体へと近づいた。
そして、喰われて体中、穴だらけになったサムを左肩で背負う。
ダンジョンで人が死ぬなど、日常茶飯事だ。
嫌でも慣れてしまうほどに。
だが、仲間の死を
いつか割り切れるのだから、初心者のお気持ちなど知ったことではない、と思えるほどセイは人の心を捨てていなかった。
「サムは俺が運ぶ。ルネリッサとタイラーは無理のない範囲で、火鼠を運んでくれ」
タイラーとルネリッサがお互いの顔を見合わせた。
「……はい! わかりました!」
タイラーが耳を立てて、セイへお辞儀をした。
「セイ……さん。その……ありがとう」
ルネリッサもサムを背負うセイへ感謝を伝える。
「タイラーにも言ったが、セイでいい」
「それなら私はルネでいいよ。ルネリッサって呼びづらいでしょ?」
「分かった」
急いでルネリッサとタイラーが近くにある火鼠を抱える。
ルネリッサはその小さな体に3体も火鼠を抱えようとしている。
その手は小刻みに揺れていた。
「ルネリッサは体が小さいから3体は無理だ。1体だけ持って」
「役に……立ってな……いから、荷持くらい…」
言葉を続けかけた所で、ルネリッサは火鼠を抱えきれず、お尻から潰れてしまった。
火鼠の死体の下敷き担ったルネリッサを、セイが助け、1体だけで十分と説得し、納得させる。
「今日は、こんなところか。帰ろう」
初日にして、パーティーメンバーが死んでしまったが、新人からしたらありえないほどの数の魔物を倒した。
間違いなくレベルアップするだろう。
3人が帰ろうとした時、先程まで存在しなかった
「まさか!?」
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