第11話 新人パーティー

 セイと3人の新人達は【軋轢のダンジョン】の前の広場にいた。

 軋轢のダンジョンはニゲロイトの端にあるダンジョンの一つ。


 広場は、活気に溢れている。

 これからダンジョンへ潜る冒険者、ダンジョンから引き上げてきた冒険者、その冒険者目当ての商売人や職人達、警護する衛兵など様々だ。


 戦士のサムが、怯えながら話し掛ける。


「……セイ……さん、武器は?」


 セイは、ダンジョンに入る前だというのに武器を持っていない。

 後衛であれば、初心者が装備を持っていないことも多いが、前衛は武器がないと話にならない。

 素手での戦いを好む者もいるにはいるが。


 戦士のサムはまだ怯えながらセイを見ている。


「セイでいい。俺はとりあえず剣にするかな」


「とりあえずって、いつもは何を?」


「いつもというか、初めてだ。まだレベル1だしな」


「「「レベル1……」」」


 ギルド付きの3人の不安そうな声が重なった。


「そうだ。これからレベルを上げなきゃな」


 セイは一番近くにあった鍛冶屋の出店をのぞいた。


 ダンジョン前の広場には出張って来ている街の鍛冶屋が沢山いる。


 売っている武器や防具は、少し割高で量産品ばかりだが、知らない街の店を下手に探して回るより、広場で揃えた方が効率がいいというのは、どこの街も変わらない。


 たいして迷うことも無く、セイは適当に目についた剣を買った。


 サクスと呼ばれる片刃の直剣だ。


 簡素な構造のため鋳造中主で作りやすく、それなりに頑丈だが安い、というのが決め手だった。


 ――どうせ最終的には後衛職に戻るしな。前衛の武器にこだわっても仕方ない


 ついでに純白の羽【天使の加護】も購入する。

 ダンジョンに入るための必需品だ。


 セイ達はダンジョンを警護する衛兵達に、ドッグタグを軽く見せる。

 衛兵はチラッとだけ横目で確認すると、身振みぶりだけで行けと促した。


 足早に4人は、ダンジョンへと足を踏み入れる。


 入り口を数歩進むとダンジョンの中は薄暗く、湿っぽいカビ臭い独特の匂いが漂う。


 石と土で作られた古代の遺跡の中のような造り。

 以前、セイが居たアリュ―ス砦街のダンジョンと似たような雰囲気だ。


 陽の光が差し込まないというのに、ダンジョンの壁が薄っすら光っているため、中は松明が無くても数メートル先くらいなら見える。


 松明など戦闘時に使えない物を手に持っていれば、咄嗟とっさの戦いで、視界を失ってしまう可能性がある。


 そのため冒険者は目を慣らすため、松明を使わない。


「よし、【天使の加護】を使うぞ」


 セイがポケットから購入しておいた羽へ闘気を流し込む。

 すると、4人を包むように光の格子が発現した。


 まるで大きな鳥籠に、4人の人間が閉じ込められているようだ。


 光の格子を見たセイを除く3人の体が強ばる。

 否が応でも、死の臭いが付きまとうダンジョンへと、足を踏み入れたことを意識させられたのだろう。


 反対に、セイは心地良い高揚感を覚えていた。


 ――やっと始められる


 セイには目標がある。

 自らの故郷を魔物から取り返すという目標が。


 転職しても、若返っても変わらない。


 そのためには力をつける必要がある。いや、力を取り戻すといったほうが適切かもしれない。


 まずは後衛職に戻り、召喚師ではなく賢者を目指す。

 それには膨大なダンジョンでの戦闘や宝が必要だ。


 一日どころか一秒だって惜しい中、移動だけで10日以上、待たされ続けたのだ。

 はやるのは仕方ないだろう。


 僧侶の狐耳を持つ少年タイラーが、うわずりながら声を挙げた。

 ふわふわな大きな耳もついでに動いている。


「ま、前もそうだったけど、衛兵は本当に冒険者を確認できるのかな?」


 先程入り口に居た衛兵の話だろう。

 ドッグタグなど、ほとんど見ていなかった。

 

 セイがこともなげに答える。


「確認なんかしてないぞ。それっぽい奴は、全員通すからな」


「え? じゃあ、なんでやってるんですか?」


「守ってるという体裁の為だな。怪しい冒険者が数人入るのは問題ないが、知らない団体が入るのはダメってだけだ」


「そんなぁ。折角、借金してまで訓練所に行ったのに……」


 タイラーの尻尾がシュンとなっている。


「いや、訓練所に行くのは正しいぞ。職能を持たずに、ダンジョンなんかに入ったら、まず間違いなく死ぬからな」


「死……」


 セイは意図的に新人3人と会話を続けた。


 ダンジョンは進む意思を持っている間は、それほど魔物も罠も出てこない。


 その上、初心者ダンジョンの一層に過ぎない。

 油断は許されないが、過度の緊張は不要だ。


「そうだ。タイラー、ダンジョンに入るのは何回目だ?」


「これで4回目……です」


「意外と多いな。ルネリッサとサムは?」


 盗賊の少女ルネリッサは振り向きもせずに答える。

 隠してはいるが、緊張しているようで、小さな肩が小刻みに揺れている。


「私は3回目」


「そうか。なら、まだ慣れないかもな」


「……レベル1が何言ってるのよ、何も知りもしないくせに」


 ルネリッサが聞こえないほど小さな声でつぶやいた。


 会話に混ざらないサムに目をやると、サムは槍を強く握りしめながら恐怖が顔に張り付いている。


 まだダンジョンに入ったばかりというのに、憔悴しょうすいが見て取れる。


「サムはどうだ?」


 改めて尋ねるがサムは全く聞いていない。

 よく見ると唇を少しだけ動かしながら、小さな声で、ブツブツと何かを言っている。


「死ぬ死ぬ死ぬ……」


「おい、サム。気を抜けよ、ガチガチだぞ」


 セイがサムの背中を軽く叩く。

 振り向いたサムは血走った目でセイを睨みつけた。


「レベル1の……レベル1のお前に何が分かるんだよッ!? ギルドになんか売られてなかったら、絶対こんな所に来なかった!」


「今日は1層で終わりにする予定だ。無理をするつもりはない」


「死ぬ死ぬ……今度こそ死ぬ……」


 サムにはもうセイの声は届いておらず、虚ろな目で自分の世界に入っている。


 ――これは不味いな


 背後からそっと近寄ってきた僧侶タイラーがセイへ耳打ちした。


「サム。前回、パーティーメンバーが目の前で死んじゃったんだ。自分も酷い怪我もして」


 ――なるほど


 目の前で、つい先程まで冗談を言い合っていた人が死んでいく。

 セイも思い当たる事が何度もある。


 そもそも人は常に死を念頭に置いて、生きてなど居ない。

 どこかで、自分だけは大丈夫だと考えるからこそ、日々を生きられるのだ。


 だが、死を間近で見たことで、突然、遠くに在った死を身近に意識してしまったのだろう。


 サムにとって、ダンジョンは死を象徴する空間となってしまっている。

 ある意味で正しい認識ではあるのだが。


「僕の僧侶としての能力は……低いです。でも、怪我をしたら言ってください!」


 タイラーが大きな声を張り上げる。

 セイには、その言葉は全員へと、伝えたことが十分と理解できた。


 皆が死や怪我を恐れた時、拠り所は回復役が担うものだ。


 おそらく、タイラーが突然、衛兵の話を始めたのも、全員の緊張を解くためだろう。


 ――回復はパーティーの要。わかってるじゃないか

 

 セイの口角が少しだけ緩む。

 だが、おしゃべりはこれ以上続けられない。魔物が跋扈ばっこする場所での会話は敵に居場所を教えているようなものだ。


 4人は会話を止めて、慎重に辺りを見回しながら、黙々と歩く。


 しばし歩くと、前方からギィギィという小うるさい鳴き声が聞こえてきた。


「ゴブリンか。サムは俺と一緒に前へ。タイラーとルネリッサは後ろで待機だ」


 僧侶であるタイラーは回復がメイン。盗賊であるルネリッサは戦闘に向かない。


 前衛だけで対処する必要がある。


 奥から現れたゴブリンは3体。

 棍棒を振り上げ、醜悪な顔が真横に割れる程の笑みを浮かべた。


 特に女であるルネリッサを凝視している。

 ゴブリンに捕まった新人の女を何度が見た事があるが、見つかった時は思わず目を背けてしまったほど凄惨せいさんな状況になる。


「ひっ」


 ルネリッサが小さく悲鳴を上げた。


「気にするな、たかがゴブリンだ」


「……うん」


 セイは剣を握り構えると、間髪入れず、3体のゴブリンが襲いがかる。


 以前は後衛だったときに感じなかった臨場感。

 わずか1人分の肉の壁。たったそれだけのことが、どれほど安心感をもたらしていたかがわかる。


 目の前の魔物は確実に自分へと敵意を向けている。


 前衛初めての魔物相手に身震いした。

 たかがゴブリン、されどゴブリンだ。


 しかし、緊張はしても恐怖はない。

 むしろ今は嬉しさすらある。


 ――いい


 得も言われぬ快楽と怒気がセイの頭を駆け巡った。


 以前、山賊に襲われたときとは違い、相手は魔物。

 何の遠慮も要らない。


「ハハッ」


 セイは笑いながら素早く、真ん中のゴブリンが振りかぶった棍棒を避けた。


 同時に、体を捻りゴブリンの首を切り飛ばす。


 1体のゴブリンが首から下だけになり、そのまま力無く倒れた。


 残った2体のゴブリンが何が起こったのか分からない様子で、「ギィ?」と間の抜けた声を上げていた。

 だが、本能が刺激されたように、敵意を込めた棍棒で叩きつけてくる。


 それを避け、時には剣で受け止める。


「サム、今がチャンスだ!」


 セイが1体倒し、2体の気を引きつけた。

 今ならゴブリンを、がら空きとなった背後から、安全に倒せるはずだ。


 失った自信は成功体験で克服する方法しかセイは知らない。

 お膳立ぜんだてくらいはしてあげられる。

 結果、パーティーがうまく機能するのであれば文句など無い。


 ゴブリン達は防御に徹したセイに向かい、無我夢中に棍棒を振り下ろし続けた。

 それを紙一重で避け続けるが、一向にサムの攻撃が来ない。


「何をしてる!?」


 横目で素早くサムを探すと、出口へ一直線に向かって逃げるサムの背中が見えた。


「死にたくないッッ! 死にたくないッッッ!」


 大声を上げ、半狂乱で出口へと向かっていくサム。

 先程歩いてきた通路沿いにある小道へと逃げ込み、サムは視界から消えた。


「バカ野郎ッ! 早く帰ってこいッ!!」


 呼び止めるセイの顔の横を棍棒が通り過ぎる。


 ――鬱陶うっとうしい


 ゴブリンが大きく振りかぶり、少し体制を崩した隙を見て、ゴブリンののどに剣を突き立てる。

 素早く剣を引き抜くと、ゴブリンの喉から血が噴き出した。


 噴水と化したゴブリンへ蹴りを入れ、最後の1匹の方向へ血の雨を降らせた。


 全身に大量の血ががかり、怯んだゴブリンの横腹を素早く切り付ける。

 腹を開かれたゴブリンは臓物を撒き散らし、倒れた。


 魔物とは言え、無駄に苦しませるつもりはない。


 腹を切られ、のた打ち回るゴブリンの肩を踏み、喉元のどもとへ剣を突き刺した。

 とろけるように破顔しながら。


 不敵な笑みを浮かべるセイを、新人達は呆然と眺めていた。


 Lv1と言っていたセイの動きが信じられないと言った様子だ。

 自分たちより経験が無いはずのセイが冷静にゴブリンたちを倒していく光景が信じられない表情で。


「それなりに動ける」


 28年前に訓練所で習った剣術を、つい最近まで使ってこなかった。

 狂戦士になってからは、仕方なく練習していたが、思った程度には動けている。


 当然、エトムートのような一流の前衛とは比べられたものではない。

 素人に毛が生えた程度ではある。


 しかし、セイには膨大な経験があった。


 ゴブリンなど、それこそ山ができるほどほふってきた。

 その経験があるが故に、必要以上に緊張はしなかった。

 技術やステータスは全くだが、ダンジョンに臨む心のあり方は熟練の域に達していた。


 すぐにルネリッサが近寄ってくる。


「……今のすごい。今までのパーティメンバーでも、こんなに冷静に対処できた人は居なかった。本当にレベル1?」


 タイラーも同意した。


「ええ! レベルが1と聞いたときにはどうしようかと思いましたけど、なんか熟練者みたいです」


 セイは興奮する2人へと手をかざし、話を止めた。


「それより今はサムが危ない」


「あれ? サムは?」


 緊張していた二人はサムの逃亡に気がついていなかったようだ。


「1人で逃げ出した」


 ダンジョンは出るという意思を持ったときに牙をく。


 逃走した人間がダンジョンの中を更に進みたいと思うとは考えづらい。

 つまり本来はパーティーで対処するべき場所で魔物や罠に襲われる。


 セイはゴブリン達の死体を放置して、サムが逃げ込んだ通路へと急ぐ。


 通路は他の通路より、細く薄暗い。

 数メートル先が全く見えない。


「入るぞ」


「「うん」」


 セイを先頭に3人はゆっくりと進んでいく。


 10歩ほど進んだ時、薄暗かった通路が明かりで照らされた。

 光源は通路の奥側にあるようだ。

 

 その明るいが、急接近してくる。


「避けろッ!」


 セイは叫びながら、通路の隅へと飛び込んだ。

 ルネリッサは盗賊ならではの機敏な動きで、セイに続く。


 だが、タイラーは何が起きてるのか分からず、一瞬反応が遅れてしまった。


「クソッ」


 セイはタイラーの足を掴むと、力任せに手繰たぐり寄せた。

 タイラーの後頭部が、床に打ち付けられ鈍い音が響く。


 一呼吸も置かぬ間に、先程までタイラーの頭があった場所を、炎の塊が通りすぎた。


 セイのすぐ上を通りすぎた、炎の塊は横の壁へ当たると、爆発音とともに、火の粉を振り撒き、壁を黒く焦がした。


 爆発により周囲が火に照らされると、細い通路の先には無数のネズミがうごめいている様子が視界に飛び込んだ。


「うえッ」


 ルネリッサの恐怖に引きつった声が聞こえる。


火鼠ひねずみの巣か」


 小型犬程の大きさがあるネズミ達が、毛皮の絨毯じゅうたんの様に敷き詰め合っている。

 どうやら魔物の巣に入り込んだらしい。


「ルネリッサ! タイラー下れ!」


 ルネリッサは怯えながら、すぐに細い通路から逃げようとしたが、足を止める。


「ダメ! タイラーが気を失ってる!」


 頭を床に打ち付けた際に、気を失ったようだ。


「クソッ!」


 次にセイが目にしたのは少なく見積もって、30体はいるであろう火鼠の尾に、一斉に炎が灯った光景だった。



 ――次の火球が波で来る!

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