第10話 心機一転
「ここがニゲロイトか、やっぱり活気があるな」
セイは乗り合いの馬車を降りた。
「そりゃ、そうでしょ。冒険者と錬金術の街なんだから」
続いて長い金色の髪をなびかせ、エルフの少女が馬車から降りてくる。
「……着いた」
さらにファリンが無表情のまま続く。
ファリンが馬車の階段を一歩下る度、タワワが揺れる。
――目に毒だな。さっさと記憶を取り戻してもらってオサラバしよう
セイは横目で確認しながらも、色恋から身を遠ざける事を考えている。
せっかく若返ったのだ。
まずは【英雄のコイン】を手に入れ、基本職についた後、レベルを上げ直す。そして、今度こそ、賢者へと転職する。
やらなければ行けない事は沢山ある。
一秒だって惜しい。色恋にかまけて居る時間はない。
この街はその一歩である。
ニゲロイトは初心者向けのダンジョンを3つも抱えている。
更に、10年ほど前から、ダンジョンでエーテルが採掘できるようになったため、錬金術の聖地と称され、ここ数年最も話題に上がる街でもある。
「キュメイは来たことあるのか?」
「もちろん初めてよ。錬金術師にとって都合のいい街だって聞いたから、
少女の名前はキュメイ。
セイが乗った馬車に偶々乗り合わせたエルフ族の少女。
「そうか。んじゃ、お互いの目的を果たしに行こうか」
「ちゃんと錬金術の道具を弁償してくれるまで、逃げないでよ。セイ」
道中、馬車が山賊に襲われた時、セイが放った魔術でキュメイの仕事道具を壊してしまった。
「分かった、分かった。おれがダンジョンから素材を集める、キュメイがそれを錬金術で加工する。それを売って折半だ」
当初弁償を求められた時は、困惑したが、よくよく考えてみると悪い話ではない。
ダンジョンで得られる資源をそのままギルドへ卸すより、錬金術で加工して売ったほうが実入りがいい。
冒険者が懇意にする錬金術師と組むことは珍しい話ではない。新天地に向かう途中で
そう言ってセイは手のひらをキュメイへ差し出す。
「仕方ないわね」
キュメイは、セイから取り上げた財布を開き、銀貨を10枚ほど渡した。
「これで武器を調達すること。分かってると思うけど、アンタが弁償できるまで財布は私が管理するから」
「了解だ、ボス。俺は今からこの街の冒険者ギルドを下見してくる。今日の宿の手配は任せたぞ。日が落ちたら、大通りで待ち合わせで」
「ファリンはどうするの?」
近くの雑貨屋を眺めているファリンを、キュメイが指差した。
「今日は俺だけで下見に行く。キュメイに任せていいか?」
ファリンはダンジョンの中にいた。
つまり何かのジョブを持っている可能性は高いが、どんなジョブかは不明である。
新しい街で、まったく勝手がわからない状況。
バレれば縛り首なのだ。事は慎重に進めたほうが良い。
「はあ。反応薄いし、何考えているのか分からないから苦手なのよね。まあ、仕方ないわ」
「頼んだぞ」
そう言ってセイはキュメイと別れ、ニゲロイトの街を歩き始めた。
前の拠点であるアリュース砦街と比べ、冒険者の年代層が若いように思う。
もちろん年配の者も多いが、まだ擦れていない年代の冒険者が多い。
良く言えば活気がある。悪く言えば浮足立っているとも言える。
アリュース砦街も同じだが、ダンジョンがある街に住んでいるのは、ダンジョン関係者が大半だ。そうでなければ、
そんな街では、常に人を求めており、冒険者ギルドへの案内板がそこかしこにあるものだ。
まず迷うことはない。
冒険者ギルドへ、案内板を頼りに向かう。
ほどなく冒険者ギルドの前まで辿り着いた。
冒険者ギルドの看板には、大きく「ようこそ、夢と冒険の新しい日常へ!」と掲げられている。
世間知らずの若者を釣るためだろう。
――随分と死臭の強い新しい日常だな
扉が開かれたままの入り口からギルドへと入った。
以前の馴染んだアリュース砦街の冒険者ギルドと造りや雰囲気は似ている。
クエストが張り出されたボードと受付が在るカウンターがあり、酒場が併設されている。
そして何人かの冒険者達が居る。
夢を語り、騒ぎ立てる新人。
その姿を冷ややかな目で見る中堅冒険者たち。
よく見る光景だ。
―― なんか違う?
だが、何処か違和感を覚える。
何かが足りない気がする。
カウンターに目をやると、30代中頃の女性が居た。
「冒険者登録をしたい……です」
以前の癖で、どうしてもかなり年下のように接してしまうが、今の見た目は良いところ17、18歳だろう。
「訓練所は?」
女性は無愛想に聞いてくる。
「ジョブなら持っています」
訓練所とは冒険者の養成所だ。
特殊な魔道具を使い、技術訓練を受けることで初めてジョブを授かり、人外の力を振るうことができる。
「なら、この用紙に名前と滞在先を書いて。その後、鑑定器に血を」
カウンターの机の上に、小型の鑑定機が置いてあった。
四角いオルゴールか箱かと思っていた。
おそらく新人の登録者が多く、頻繁に使われるため小型化された最新式が各カウンターへ配布されているのだろう。
――参ったな。ジョブや術をごまかそうかと思ってたのに
ここで断るのはあまりに不自然だ。
術についてはどうにか言い訳をしなければと、考えながら小刀を探す。
だが薄皮を切るための小刀がない。
辺りを目で探っていると、怪しむ視線を投げられる。
「わかんないの? 訓練所でも同じやつがあるはずだけど?」
「違う街で訓練を受けたので」
受付嬢の表情が
よそ者を警戒しているかのようだ。
「簡易式の鑑定機は、裏に刃が固定されてるから」
「なるほど」
鑑定機を持ち上げ裏返すと小さなカミソリが付いていた。
慣れた手付きで小指の薄皮を切り、血を絞りだす。
鑑定器へ垂らすと、セイのステータスが表示される。
==========
■種族 ヒューム
■レベル Lv1
■ジョブ 狂戦士
==========
鑑定の結果に安堵する。
簡易式であるためか、レベルとジョブ程度しか表示されていない。
受付の女性が、チラっと見た後、不思議そうな顔を浮かべた。
深呼吸し、再び鑑定結果を見た。
そして、
「えっ?」
セイの顔を見る。
そして鑑定器へ顔を戻す。
「とりあえず、冒険者の登録でき……ますか?」
「……ギルドマスターに確認してくるから、ここを動かないでッ!」
鑑定結果と用紙を持って、受付の女性は下がっていった。
しばらく待っていると、受付の女性と線の細い丸メガネの男がでてきた。
「お前が特殊職のガキか」
眼鏡のレンズ越しににらみつけてくる。
「まあ、そうです。で、あなたは?」
「ニゲロイト冒険者ギルドのギルドマスターをやってるガスタロだ」
大体ギルドマスターは冒険者アガリか、教会の関係者のどちらかがなる。
おそらく後者だろう。
ギルドマスターというより審問官と言われたほうがしっくり来る。
「セイです」
「鑑定の結果を見せてもらった。前はどこのダンジョンにいた?」
通常、ギルドマスター自ら新人の登録などに顔を出すことなど無い。
だが、狂戦士という珍しい――もとい酔狂な――ジョブを持つ少年が登録してきたとなれば話は別だ。
ガスタロは不躾にセイの全身を確認する。
まだ家を飛び出してきたばかりの少年から、どこか年季が入ってるような雰囲気を感じとる。間違いなく経験者だ、ガスタロはそう直感していた。
「いや、それは……」
「言いたくない理由があるのか? それならば、相応の対応を取る必要がでてくるが」
「ジョブがあり、犯罪歴がなければ冒険者にはなれるはず……です」
「ここでは私がルールだ」
セイは観念した様子で、言葉を慎重に選びながら答えた。
「ツテがあり、アリュース砦街に居ました。そこで訓練所を出てから、狂戦士へ就きました」
嘘はついていない。
かなり説明を省いただけだ。
実際に28年前に訓練所を出て、英雄のコインにより狂戦士に就いた。
「最初から狂戦士に就ける者がでれば、噂くらいにはなるはずだが」
「それは俺に言われても、答えを持ってません」
ガスタロは舐め回すようにセイの一挙手一投足を観察する。
少しの嘘も見落とさまい、という様子だ。
「……いいだろう。冒険者登録を認める代わりに、条件がある」
「条件?」
ガスタロの口角が上がる。
「簡単なことだ。しばらくは、うちの【ギルド付き】とパーティーを組んでもらう。得体のしれない奴を放置する訳にもいかんしな」
”ギルド付き”とは借金のカタにギルドへ売られた者だ。
建前ではギルドが直接雇用しているフリーの冒険者、という事になっている。
制度上、奴隷階級ではないが、考え方によっては奴隷以下の扱いを受ける者達である。
この国では奴隷とはいえ、一定の権利が認められている。
道を歩いていたからと言って、殺されることは滅多に無い。
だが、ダンジョンは歩くだけで死ぬ場所だ。
そんな所に潜らされるのだから
「……盗賊ならば」
この話は、セイにとっても悪い話ではなかった。
喫緊の問題はパーティーメンバーをどうするか、だったからだ。
パーティーメンバーを集めるには苦労すると考えていた。
それは、狂戦士というジョブにはデメリットがある為に他ならない。
狂戦士の職能は、狂ったような猛攻にある。
それは時として、敵と味方の区別がつかなくなるほどの狂気と聞く。
長い冒険者生活の中でも狂戦士など見たことはないが、猛攻の末、味方ごと魔物を切り捨てた、などという噂を耳にしたのは一度や二度ではない。
肩を並べて戦っていた味方に殺されることなど、誰しもが
先日、山賊と戦ったときにも感情の昂りを感じていたが、敵味方の区別がつかないほどではないとは思う。
それでも、一度広まった悪評はセイ個人では、どうしようもない。
狂戦士というジョブが、最上級職の上位にありながら、特殊職などという例外扱いされるのはこの為だ。
狂戦士が本当に有用なジョブであれば、最上級職の上位互換として、あるいは至上職などと呼ばれただろうが、実際はパーティーメンバーにも害を及ぼす特殊なジョブという扱いになっている。
「戦士と僧侶も、だ。これは条件だ」
パーティーでは役割がある。前衛として魔物と最前線で戦う者、後方から一網打尽のため魔術を使う者、傷ついた仲間を癒す者、そしてダンジョンの恵みである宝箱を解除する者だ。
以前のセイは、ソロで浅層を潜る際、前衛は召喚獣に頼っていた。
どのパーティーにも長く在籍できなかったため、発見した宝箱は捨て置かざるを得なかったことは苦い経験だ。
それに盗賊が解錠する宝箱には、稀にであるが、転職用のアイテムが入っている事がある。
セイが後衛に戻る為には、転職用の迷宮産魔道具が必須である。
だからこそ、盗賊だけは外せない。
戦士と僧侶もいるのであればありがたいが、自分のジョブがどのように作用するのか見当もつかないことに一抹の不安を覚える。
だが、選択肢など最初から存在しない。
「……わかりました」
「わかればいい。どっちのダンジョンに行くつもりだ?」
「今から【
「いいだろう。分かってると思うが、稼いだ金は均等に割ることになるぞ」
「ええ、分かってます」
つまり4人で稼いだ額を割るため、成果の75%をギルドへ納める、ということだ。
「なら、冒険者登録は終わりだ」
ギルドマスターはドッグタグが付いたペンダントをセイへ放り投げ、ほくそ笑みながら奥へと消えていった。
ドッグタグは冒険者の証だ。
少なくとも新人たちにとっては。
粗雑なペンダントなど戦闘で失うことも多い、というより、熟練者の大半は紛失している。
それで困らないのかという話だが、熟練の冒険者がドッグタグを振り回して、自分の身を証明することなどない。
冒険者は比較的閉鎖的な組織だ。
同じダンジョンに日々
物語に登場する英雄達の様に、王族や貴族などやらに会う機会はほとんどない上に、雲の上の人間たちはドッグタグなどを一々確認しない。
実際にそういった場合は、信頼できる人間に頼んで、連れてきてもらうだけだ。
そのため、アイツを見たことがある、アイツと組んだことがある、と周囲に認識されることで初めて一人前とされる。
ドッグタグは全く顔が売れていない新人に対して、冒険者として一応登録しているかを識別する程度のものでしかない。
残された無愛想な受付嬢もセイをカウンター前に残し、裏へと入っていった。
ほどなく3人のメンバーを連れて戻って来る。
若く背の低い少女。
狐の耳と尾をはやした少年。
そばかすが目立つ少年。
皆、緊張しているようだ。
「よろしく、俺はセイ」
3人とも、目で合図し合う。
セイを品定めするかのような目つきだ。
おどおどしながら白狐の耳と尻尾を持つ少年が続いた。
「僕は僧侶のタイラー。種族は見たとおりビースタだよ」
少し間を置いて、背の低い少女が一歩進み出た。
栗毛色の髪で、クリッとした大きな瞳が特徴的。
「私はルネリッサ……。ジョブは盗賊」
言うだけ言って、うつむいた
表情も酷く固い。
もし笑顔であれば、周囲の男がほっておかない程の愛らしさがあるのだろうが残念だ。
最後に、そばかすの少年が、2、3度周囲を確認し、ボソボソと答えた。
「……サム、戦士」
そばかす顔のサムの顔は、恐怖に
「よろしく。とりあえず死なない程度にやろう」
盗賊のルネリッサと戦士のサムからは反応はない。
唯一少しだけ反応を見せた僧侶のタイラーに近寄る。
「ビースタなのに僧侶とは珍しいな」
ビースタという獣の特徴を持つ種族は、本来、前衛向きの種族だ。
タイラーは気まずそうに目を伏せる。
「ごめん、僧侶しか適正がなくて」
「いや、他意はない。種族特性などは目安だ」
「……ええ」
セイは皆を一通り見ると奮い立てるように再び声をかける。
「【
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