第9話 対人戦

「お前らもだ!」


 山賊の男がセイへつばと共に怒号を飛ばした。


「わかった、わかった。抵抗はしない」


 セイは両手を挙げて、自らの足で降りた。

 ファリンも特に表情を変えず、セイの背中に引っ付くように一緒に降りる。


 降りた時には、既に馬車の御者とエルフの女が、馬車の横へ追いやられるようにうずくまっていた。


「お前もそこで大人しくしてろ」


「了解」


 セイ達は、エルフの女の横へ立つ。


「セイ、されば何や起これる?」


 ファリンが小さな声で聞いてくる。


「賊だな。何か言われたら従ってれば、すぐに開放されるさ」


「了解せり」


 御者の男は、訳も分からず手を重ね、一心不乱に神に祈りを捧げている。

 一方、エルフの女は周りを睨みつけ、黒いケースを大事そうに抱え込んでいた。


 セイは視線を周囲に向ける。


 薄ら笑いを浮かべている山賊達を一通り確認すると、1人身なりの違う人間が混ざっている事に気がつく。


 黒装束に身を包み、ただならぬ雰囲気を身にまとっている。

 年は壮年に差し掛かっており、峻厳しゅんげんな面持ちから、山賊とはとても思えない。


 ――あれがボスか?


 セイが観察していると、山賊たちが手錠と足錠を持ち出し、近づいてきた。

 どうやら御者の男へと取り付けようとしているようだ。


 御者は恐怖に顔をひきつらせて、懇願しながら必死に抵抗するが、何人かに押さえつけられ無理やり錠をはめられた。


 そして、次にエルフの少女に錠をはめる為に、山賊が少女が抱えているケースに手を掛ける。


「これに触らないで! お金なら全部渡すから!」


「ハッ、元から全部もらうに決まってるだろ」


 そう言ってエルフの少女が持っていたケースを強引に取り上げる。


「返してよ!」


 取り返そうと立ち上がったエルフの少女を、ケースを奪った男が足で蹴り倒す。


「うっせぇッ」


 華奢な体が蹴り倒され、地面へ叩きつけられるように転倒する。

 ころんだ拍子に、フードがはだけ、胸元の白い肌があらわとなる。

 磁器のような透き通る肌へ、山賊たちの目が集まった。


 艶めしい肌にあてられた山賊の1人が、ニヤけた顔で黒装束の男へすり寄った。


「なあ、旦那。生きて渡せさえすれば、それでいいんだよな?」


 意図を察した黒装束の男が、侮蔑ぶべつを含んだ口調で答える。


「……好きにしろ」


 山賊の男たちの下卑た笑いが浮かび上がる。


「誰が最初にる? 俺は隣の黒髪の女のほうがいいぞ」

「この前は譲っただろ、今回はオレだ」

「馬鹿言え。おれがこの作戦を考えたんだ。おれに決まってんだろが!」


 山賊達がをかけた口喧嘩を始めた。

 エルフの女は、再びフードで体を包み込み直したが、既に遅い。


 ファリンは全く状況を理解していないのか、ボケっとしている。


「お願い。ケースを返して」


 恐怖に引きつりながら、張り上げた声は、今から自分を犯す順番に盛り上がっている山賊の耳には全く届かない。

 

 セイは、その様子を淡々と見ていた。

 いつもと変わらぬ表情の下で、を覚えながら。


 ――なんか……変だ


 気分の悪い会話が、セイの心を必要以上に揺さぶる。


 長く冒険者をやってきた。

 目を覆いたくなる惨状さんじょうを何度も目にしてきた。

 

 今更、赤の他人が山賊になぶられる程度など、どうということも無い。


 以前であれば、視界に入れば助けもしただろうが、今は身を隠す必要がある。

 見ぬふりをすることが最善であることは頭では理解できているが、感情の高ぶりが抑えられない。


 ――この感情は……怒り?


 次第に高ぶりすぎた己の感情を御しきれず、思わず足が一歩前へと出た。

 その時、馬車の御者が縛られた手で、咄嗟とっさにセイのすそを掴かむ。


「な、何をするつもりだ!?」


「わからない……」


 セイ自身も何が起こっているのか、本当にわからないのだ。

 ただただ、下衆な山賊に対する怒りだけが増していく。


 なおも前に進もうとするセイに対して、御者は首を大きく振り、引き止める手の力を強めた。

 悲壮感を漂わせながら、小声で懇願こんがんする。


「余計なことはしないでくれッ! 相手を怒らせれば、殺されるかもしれない! くだらない正義感に俺を巻き込むな!」


 武器を持った5人の山賊と得体の知れない黒装束を相手にすることになる。

 下手をすれば、逆上した山賊に全員が殺される可能性もある。


 客の少女達が、山賊のなぐさみ者なるくらいで助かるならば、従順に過ごした方が良いという判断だろう。

 無用な正義感にかられて死んでしまっては仕方がないのだから。


 ――間違ってない。だが……


 セイは構わず、御者の手を振り払い、更に前へ出た。

 山賊達へ静かに声をかける。


「今すぐ失せろ」


 盛り上がっていた山賊達の視線が一斉にセイへと注がれた。


「おい、このボウズ。俺らとやり合う気らしいぞ」

「おいおいおい、それは怖いなぁ〜」

「ジッとしてりゃいいのに、空気の読めないガキはこれだから面倒だ」


 山賊達はニヤけながら、各々に赤くびた短剣や斧などを握る。

 

 怒りのボルテージが更に上る。


 はち切れそうな怒りを、どうにか理性で繋ぎ止め、努めて冷静に話しかけた。


「アンタがボスなんだろ? さっさと消えてくれ。頭がおかしくなりそうだ」


 山賊達の背後に立っている黒装束の男へと声を掛けた。


「…………」


 黒装束の男は、セイへ視線へ投げつけるだけで何も返答しない。


 無視された形となった山賊の男が、青筋を浮かべながらセイの目の前へ割り込んできた。

 先程、エルフの少女を蹴り飛ばした男で、片手にはケースが握られている。


「おい、ガキ! イキるのも大概にしとけよッ!?」


 セイは変わらぬ調子で話しかける。


「アンタでもいい。生かしてやるから消えろよ」


「……よっぽど死にたいようだな。勘違い野郎が」


 5人の山賊達が武器を忙しなく動かしたり、握り直し始める。

 


 セイの中で何かが音を立てて、引き千切ちぎれた。



 静かに手を前へ突き出し、呪文を唱える。

 えも言われぬ快感により、思わず口端くちはしが上がってしまう。


「炎壁!!」


 瞬時に、セイの手のひらに炎が宿る。

 山賊達の表情が少しだけ固くなった。


「魔法使いだったのか」

「ビビるほどの事はねえ。あいつらは接近戦に弱い」

「なんで笑ってるんだッ? コイツ、気持ちわりい」


 手のひらで揺らめいていた炎が、地面に吸いこまれる。


 一呼吸置いて、男の足元から、炎柱が吹き上がる。


「なに――」


 言葉を最後まで発することなく、山賊の男が手に持っていたケースごと炎に包まれた。


 ケースが地面へと投げ出され、無残に燃える。

 中からは何やらフラスコや天秤のような機材がこぼれ出て、バリバリと音を立てながら焼け砕けていく。


 生気を失った山賊の姿が視界に入り、セイの感情は更にたかぶった。


「まだまだッ!」


 セイは大きく一歩を踏み込み、アホ面を下げている後方にいた4人の山賊へと近づく。


 魔術戦にしては近すぎる間合い。


 セイは火球のような初歩的な攻撃系呪文すらを覚えていない。


 炎壁は本来防御と足止めのための呪文であり、射程距離は短いため、どうしても接近する必要があり、多くのパーティーに嫌われた行動である。


 パーティーの役割にはお約束がある。

 お約束があるがゆえに、ある程度即席でパーティーを組んでも機能するのだ。

 召喚師であったセイが攻撃のために前進するというのは、それを完全に無視した行動である。


 だが、今回は1人しかいない。

 気兼ねなく接近する。



「炎壁」


 セイが呪文を唱えると、先ほどと同じ様に炎が宿る。

 山賊たちは地面を注意しながら、皆一様に身構えた。


 だが、次は地面に炎は吸い込まれない。

 セイは炎の壁をそのまま地面と平行に放ったのだ。


「「ンン゛ン゛ン゛ッ!?!?」」


 山賊たちは予想を大きく裏切る魔術に混乱した。

 極限までに薄くなった炎の壁は、投げつけられたギロチンの刃のように、高速で山賊へと襲いかかる。


 炎の刃が4人の山賊たちを横一線に通り過ぎる。

 皆、何が起きたのか、理解が追いつかないといった表情だ。


 4人の盗賊は、胸部を一文字に焼かれ、炭になった事を手で確かめる。

 その後、体を二分しながらバタバタと順々に倒れていった。


「ハハッ」


 山賊達の崩れる姿を見ると、たぎった怒りが愉悦ゆえつに転嫁し、笑い声が上がってしまう。


 快感にふけるセイの姿を、ただただ戦いを傍観ぼうかんしていた黒装束の男が凝視している。


「……お前、何者だ? 」


 我関せずだった黒装束の男が、背負ったロングソードを引き抜きながらセイを睨む。


 その表情は険しい。


 黒装束の男は平静を装っているが、内心は冷静ではいられなかった。


 山賊がやられたからではない。


 先程のセイが放った魔術。


 あれほど変速的な魔術を見たことがなかったからだ。

 炎壁とは本来、名の通り炎による壁を作る魔術である。


 だが、先程の魔術は黒装束の男が知る、とはかけ離れていた。


 壁ではなく、薄く伸ばされた巨大な刃。

 それも地面からではなく、巨大な刃を投げつけるという炎壁など聞いたこともなかった。


 そんな男の動揺を知らずに、セイが語りかける。


「やっと参戦か。遅すぎるが、今ならアンタ次第で穏便にできるかもな」


 黒装束の男は山賊に許可を与えたが、直接、他人の尊厳を犯そうとしたわけではない。


 セイの理性が辛うじて、本能を抑え込んだ。


「……これだけ殺しておいて、穏便に、か。どこの誰が仕込んだ化け物か知らんが、常識を教えることを忘れたようだな」


 黒装束の男はセイが、何らかの目的をもって育て上げられた存在だと思った。

 そうとも考えなければ、目の前でおきた事に納得がいかない。


「山の中で人攫ひとさらいをやってる人間が言う事か?」


「……大義のためだ」


 黒装束の男は下がるつもりはなさそうだ。


「大義、ね」


「お前は危険な存在だ。排除させてもらう」


 剣を構えた黒装束の男に対して、セイが満面の笑みを向ける。


「ああ、そうだな。そうこなくっちゃな。思う存分、殺ろうか」


 セイは盗賊の一人が持っていた短剣を拾い上げる。

 闘気を体に循環させながら、短剣を構えた。

 訓練所で習う最も基本的な型だ。右手を突き出し、左腕を腰へと回す。


 前衛職になってしまったために、仕方なく剣術も練習しているが、正直全くしっくりこない。


 その様子を見た黒装束の男が、更に驚愕きょうがくする。


「馬鹿な、闘術だと!? 先程は魔術を使ったはずだ。その年齢で上級職に就いているとでも言うのか!?」


 ――上級職どころか、その2つ上の特殊職だけどな


 セイは右足を大きく踏み込む。

 闘気で強化された膂力りょりょくで地面を蹴り、一瞬で黒装束へと迫る。


 黒装束は得物のリーチ差を活かし、ロングソードで上段からセイをはたき落とすように斬りかかる。


 セイがそれを横飛よこっとびで回避した。


 黒装束は振り下ろしたロングソードを一瞬で引き戻し、次はぐように斬りつけた。


 セイは更に横へ回り込みながら回避するが、迫る剣を避けきれず、仕方なく短剣で受け止める。

 ロングソードの勢いを止めることは出来たが、短剣は手から弾き飛ばされてしまった。


「クソッ」


 いらついたセイに反して、黒装束の男は安堵していた。

 少年セイの剣術が初心者そのものであったためだ。


 一瞬のやり取りですら、剣技では圧倒的に己が勝っていることを理解できた。

 変態的な魔術を使う少年相手に、万が一の事態が頭をよぎったが、杞憂きゆうに終わりそうだ、と。


 間違いなく勝てると、黒装束の男がそう考えた時、突如、頭部に強烈な痛みを感じた。


「ンッッッ!!?」


 何が起きた、と考えようとした矢先、立ち消えるように意識が刈り取られた。


 黒装束の男が、最期に見た光景は、恍惚こうこつの表情を浮かべる少年の顔だった。




「ふう」


 セイは、こぶし台の石にあたり頭が潰れた黒装束の男が、崩れ落ちる姿を眺めながら一息ついた。


 セイが、やったことは単純。

 石を投げたのだ。


 背後に回した左腕で、石を投げて念術の重力操作で、15倍の重さへと変えた石を頭部に落としたのだ。


 絶妙なコントロールを掛けることで、動く人間の頭部に確実に落とした上でだ。

 剣でのやり取りはあくまで陽動でしかない。


 魔術が仮初の力を具現化するものならば、念術は実体あるものを操る力。


 その念術も液体操作と重力操作という微妙な呪文しか覚えていないのだが。


 セイは魔術、法術、念術等で使える呪文はほとんど無いが、その代わり、ほぼ思いイメージ通りにコントロールできる。


 呪文を覚えられなかったが故に、仕方なく一つの呪文を極めたのだ。


 数少ない手を最大限活用するため、試行錯誤の結果でもある。


 だが、呪文の形状、速度、大きさ、軌道を自在に操ることができる者はほとんどいない。

 大抵は、多少を大きさを変えたり、速度に緩急を付ける程度だ。


 他の魔法使い達は、複数の魔術を使い分けることができる為に必要が無い、程度にしかセイは考えていないのだが、努力次第で実現できるというほど、生易なまやさしい技術ではない。


 天賦の才を持つ者が、不断の努力を重ねて、初めて実現することができる境地のものだ。

 生憎あいにく、その才能が、日の目を見ることはなかったが。


「しかし、あの感覚は何だったんだ? 」


 抗えないほどの激情の余韻よいんに浸りながらも、頭のどこかで冷静に今起きた事を分析していた。


 戦闘に対してある程度の楽しみを見出したことはある。

 戦いに身を置くものは、誰しもそうだろう。


 だが、人を、それも犯罪者とはいえ一般人を殺めることに快楽を見出したことなど無かった。

 闘争本能だけが、過度に暴走しているかの様な感覚に戸惑いを隠せない。


 ――もしかして、狂戦士の影響か?


 セイがひとり考え込んでいると、少女の声が耳へと入ってきた。


「ねえ、アンタ」


 エルフの少女がセイの元へと走ってくる。

 改めて見ても、独り者にはまぶしすぎるほどの魅力的な容姿をしている。

 ファリンとは別のベクトルでの美しさだ。


 だが、冒険者にとって特定の異性と親密に成りすぎるのは良くない。


 冒険者とは山師やましのようなものだ。

 相手を不幸にすることが目に見えている。

 実際、何度もそんな光景を見てきたし、セイも多少は経験がある。


 これまでもそうだった様に、これからも異性には、一線を引き続けるつもりだ。


「礼はいい。こっちの都合でやったことだ、気にするな」


 セイは抑揚よくよう無く淡々と答える。

 そして、エルフの少女は、走ってきた勢いそのままに、セイの腹を


 ――え?


 闘気を身にまとっていたため、少女の拳などダメージはほとんどないが、想定外のことに理解を置いてけぼりにされる。


「私のケース、燃やしたでしょ!」


「ケース?」


「そうよ! 錬金術の什具じゅうぐが全部入ってたのに!」


 山賊へと火壁を放ったとき、山賊と一緒にケースが燃えた事を思い出した。

 確かに、セイが放った火壁で燃やしたものではある。


「まあ、俺が燃やしたな」


「錬金術師が什具なしでどうやってやって行くのよ!? 本当最低!」


「……なるほど錬金術師だったのか」


「そうよ! ちゃんと弁償してよねッ!?」


「ちょっと待て。犯されて奴隷にされてたかもしれないんだぞ?」


「仮の話に意味なんかないでしょ! アンタが私のケースを燃やした! それが現実よ! 今すぐ弁償しなさいよ!」


「いやっ、流石にそれはおかし……」


「しのごの言わない! それともアンタが燃やしてないとでも言うつもり!?」


「え……まあ……そう……かもしれない?」

 

 色々と困惑を隠せないセイだった。

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