第2話 過去
高校一年の冬。覚えているのは何もない病室からの記憶。
目を覚ますと病室では薬品の匂いを感じた。懐かしいような。しかし、なにも覚えていない。頭部に違和感を覚え、頭に手をやると、包帯が巻かれている。分かるのはズキズキとした頭の痛みだけだった。自分が横になっているベッドの脇の椅子に、知らない女性が腰かけている。不安そうな顔をしてこちらを見ては、うっすらと目に涙を浮かべている。目を覚ました僕に気が付いたようだった。
「気が付いた?ここがどこかわかる?お母さんのこと・・・わかる?」
何も分からない。でも、僕に話しかけているこの女性は、おそらく母親である。
どう返したらいいのか、自分が誰なのかも分からず黙っていると、
「痛みはどう?先生もすぐに退院できるって言ってたよ。」
少し迷ったが、隠していても仕方がないので記憶がないことを打ち明けた。すると、母親と思わしき女性は僕の手を握りながら、しばらく声を上げて泣いていた。
その後、その女性は、自分が母親であること。父親とドライブ中に事故に遭い、父親が亡くなったこと。僕は頭を打ってしまったこと。少しずつ、ゆっくり教えてくれた。
「お母さん・・・」
独り言のように呟いてみてもしっくりこない。母親もその言葉を聞き、
「うん」
と応えるも俯いてしまった。
その後、脳の精密検査を終え、医師に記憶喪失であると告げられた。周りにあまり迷惑をかけたくない、という気持ちはあったので、それからは家庭や学校では明るく振舞った。医師も徐々に記憶は戻ってくる可能性があると言っていたので、思い出せるまでゆっくり待つことにした。同じクラスの生徒には記憶喪失のことが入院中に伝わっていたようだった。
以前の僕は、どういう人間だったのだろう・・・。母親に聞いても事故のことは父親の死を思い出してしまって辛いということで教えてくれない。以前の僕について聞いても、「明るくてとっても優しい子だった。これからはあなたが望むように生きていいのよ」と涙を浮かべながら答えるので、これ以上母親の悲しむ顔を見たくない、と、僕はそれから何も聞けなかった。
BL 敬語くん おいも @oimo_crepe
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