第6話 鍵なんてあってないようなもの

 指示を受けた筋肉男はクロードの手を背中できつく縛り上げた。少女の予想は的中し、コンフォート伯爵はつかつかと近づいてきたかと思うと猫の面を剥ぎ取った。

 鬼の首を取ったような顔だったが、みるみる呆けていく。


「ほらな。俺、見目麗しいからあ」


 大丈夫だったろ、と心配していた少女ににやりとしてみせたが、彼女もまた少し呆けていた。

 しかし、コンフォート伯爵は気に食わなかったようである。目の前の銀色の髪を掴んで捻り上げた。見目麗しい顔が歪むのを見て、にやにやと笑う。


「黙れ! しかし、確かに金にはなりそうな」


 嫌そうな顔を隠そうともせず、クロードは皮肉げに言った。


「俺を売るのか? 言っとくけど人身売買は違法だぞ」

「それも悪くないと思ってきたところだ。法なんてもの、どこぞの誰かが勝手に決めたにすぎない」

「つまり、俺をここから出してくれるということか?」

「安心しろ、逃げられないところに売っ払ってやるさ。忌々しい、この美しい顔立ちが好きだという客はたくさんいるからな」


 ひっひ、と引き攣ったように笑った伯爵の顔は、潰れたカエルのようである。さぞかしモテなかったんだろうなあとクロードは思い、憐れみに近い視線を送る。


「なんだ! その目は! お前らはいつもそうだ。気分が悪い! 手は縛ったな。部屋に鍵をかけて見張れ。仲間がいるはずだ。厳重にな!」


 コンフォート伯爵はクロードを力の限り突き飛ばした。埃を払うように手を鳴らし、大きな足音を立てながら出て行った。指示に従った筋肉男も、少女同様にクロードにも鎖を掛けて去っていく。

 部屋には再び、ランシェロと少女だけである。


「ごめんなさい。……一人なら、逃げられるんでしょう? 本当は」


 言い当てられて目を瞠った。

 見張りがいる扉からの脱出は困難に違いなかったが、窓から逃げ出すだけであれば可能だった。

 お荷物など置いて行きたいのは山々だが、そうもできない。


「……俺たちは”ドロボウ猫”だぞ。狙った獲物を置いて、しっぽを巻いて逃げられるわけねえの」

「指輪が抜けたらよかったのにね」


 今回のターゲットは指輪であり、少女は不要である。


「ちっ、次そんなこと口に出そうものなら、指ぶった切って貰ってくぞ。……それにこれはたぶん抜けないことが前提で……いや、お前に言っても仕方のない話。お前は全身全霊で大人しくして俺らに盗まれればいいの」

「でもどうやって? 私、足手纏いになっちゃう」


 自身の力量はきちんと把握していたようである。

 無鉄砲ではないことに少しの好感を覚えたもののそれを示すことはない。


「手の縄を切ってくれないか。ああ、っと、ほらこれで」


 靴の隙間から小さなナイフを出した。それを指しながら、縛られた手首を見せる。

 目を輝かせていそいそと切り始めた少女を面白そうに眺めた。


「あいつらも馬鹿だなあ。泥棒だぞ。いろいろ仕込んできてるに決まってんじゃんね」


 自由になった手をぷらぷらと振ってから、自身の鎖をあっさりと解錠する。

 次いで少女の足も自由にしてやると、丸々とした目がクロードを見た。


「すごいのね! 開けられる気なんてしなかったのに!」


 自分でもいくらか試してみたのだろう。尊敬のような眼差しで見られると妙に居心地が悪い。

 咳払いののち「ま、泥棒だからなあ」と言った。

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