第5話 少女と指輪
正義の味方扱いに、面の下で苦笑した。クロードとランシェロがしていることは間違いなく泥棒で、法に照らせば悪事に違いない。度重なる所業は罰金どころでは済まされず、刑務所行きなのだ。だから彼らが日の目を見ることはない。
余計な考えを振り払って、少女をよくよく見てみれば素足に鎖が繋がれている。おそらく”商品”なのだろう。
この屋敷の主であるコンフォート伯爵のことは知らないが、レクトの依頼である。焼失させた店のこともあり、全容がなんとなく想像できて顔をしかめた。
「あは、俺はただの泥棒なのに?」
「……ええ、一度も失敗したことのない、でしょ?」
「よく知ってんじゃん。そうだな、じゃあこうしよう。俺にその指輪をくれたなら、お前が逃げる隙を作ってやる。俺にはお前を運ぶ力はねえし勝手に逃げろ」
どうだ、とクロードは提案した。
ターゲットの指輪は手に入るし、どちらにせよ自分も逃げなければならない。屋敷内はまた騒ぎになるはずだ。一層目立つように逃げてやれば、この少女一人逃げ出したところで誰も気づかないだろうという算段だ。
しかし、図々しいことに少女は納得しなかった。
「無理。私も連れてって」
「は? 運ぶ力はねえって言ってるだろ」
「だってこの指輪抜けないもの」
指輪が嵌る、よく手入れされた指先を少女は突き出した。クロードは凝視し、指輪を引っ張ってみる。びくともしない。
「おい! 聞いてないんだけど!」
思わずといった感じで天井に向かって吠えたのは、金髪の依頼主への苦情であった。
しかし自分への怒りだと思った少女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ここの屋敷の人たちにも引っ張られたんだけどね、やっぱり抜けなくて。売るのは諦めたみたい。私には傷をつけたくないみたいだったし」
つまりターゲットである指輪を回収するためには、この少女もまた連れて行かなければならないということである。
クロードは不愉快を隠そうともせず毒を吐く。
「ちっ、またこんなお荷物が」
「ちょっと! お荷物って! かわいい女の子でしょ!」
「うへえ。いい女は自分でそーゆーこと言わないから。それにそもそもお前は女じゃない」
一人じゃなくなったことに安心したのか緊張が少し解れ、少女の表情は柔らかくなった。しかしそれを叩き折るのがクロードだ。
「いいか? この世の人間はすべて、俺、シロ、女、それ以外に分類される」
「え、ええ」
「で、だ。女ってのは、こうボンキュッボンじゃなきゃ女じゃねーの。わかる?」
少女は寂しい胸元を見下ろした。
しばらく沈黙があった後、キッとクロードを睨みつけた。
「失礼じゃない!? 私だって、もう少し、大きくなる予定だし!」
「うんうん、だからな? 女うんぬんってのは育ってから言ってくれる? 今から育つのかどうか知らねえけど」
「うう! なんなの! なんなのよ、あんたはー!」
「ああ。ちなみに今のは俺の持論であって、その他の人間にまで強要するものではないから、あしからず。ま、どーでもいいけど」
囚われた人間とは思えない気楽な様子で軽口を言い合っていると、大きい足音が近づいてきた。捕まえた”ドロボウ猫”の片割れを見に来たのか、それとも”商品”の様子を窺いに来たのか。
少女は心配そうに顔を歪めた。
「いいの? ”ドロボウ猫”なんでしょう。そのお面。……顔、もし見られちゃったら」
「あー? 別に平気だろ。たぶん」
怖いのかと思ったが、どうやら違ったらしい。自分も捕まっているくせに泥棒の心配なんかしてる場合か、とクロードは呆れるばかりだ。
ガチャガチャと錠の音が響いた後、盛大に扉を開けて入ってきたのはムキムキの筋肉を露わにした男たち。戦えますよ強いですよと言わんばかりの風貌の男を引き連れていたのは、屋敷の主、コンフォート伯爵だった。
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