第4話 狙った獲物

 芝生の真ん中に建てられているのは、四階建てのシンメトリーの洋館。

 敷地を守るようにぐるりと設置された柵は高く、力を誇示しているかのようにさえ見える。

 近頃羽振りがいいと噂のコンフォート伯爵の屋敷だった。


 月が雲に隠れたのを見計って、二つの影が近づいた。柵を乗り越え、鍵がかかる窓を難なく開けてするりと侵入した。


「んー、たぶんこっちかな」

「わかりました」


 クロードの道案内のもと、闇に紛れて廊下を進んだ。

 異様に鼻が利く彼は、なんとなく目的の物がどこにあるのかわかるのだ。クロードいわく、勘だということだが。

 しかしその勘を頼りにランシェロは迷いなく進む。


「シロ、気を付けろ、なんかいる」

「ええ。そのようですね、クロ」


 仕事中、彼らはクロ、シロと呼び合っていた。それは昼間の名前を明かさないようにするためであり、ちょっとした茶目っ気であり、より呼び慣れた名前であるからだった。


 クロードの指示のもと気配を極限まで殺して角を曲がった途端、ランシェロは大きく踵を返した。


 ──ワンワンワンワン!!


「犬ですよ! 逃げます!」

「ひええええ、俺、犬だけは苦手なんだって」


 一切の音を立てずに忍び込んでいたが一瞬で無駄になった。

 廊下の端から一心不乱に向かってくる凶暴な顔つきの犬。苦手とは思っていないランシェロすら逃げなければと本能が叫んでいた。

 番犬の鳴き声によって、暗闇だった廊下に喧騒と明かりが集まってくる。


「侵入者だ! 犬の鳴き声がする方へ向かえ!」

「あいつら……! あのお面!」


 黒と白のセットのお面。これは世間に広く知られていた。


「ドロボウ猫だ! ドロボウ猫が現れたぞ!」


 ”ドロボウ猫”は二人組の泥棒である。被った猫のお面からそう名付けられた。自ら名乗ったことはないが、その命名を面白がって、とくに否定もしていない。

 狙うのは決まって貴族相手で、盗みの後には必ずその貴族の悪事が明らかになった。そのため現れてはたびたび新聞を賑わし、民衆からは拍手喝采を浴びていた。


「おっと、シロ。見つかった」

「そのようですねえ。クロの鼻がもっと利けば、犬くらい避けられたでしょうに」

「おい。俺のせいにすんな。な?」

「ま、いいでしょう。失敗は許されない。私たちは”ドロボウ猫”ですよ」


 面の下で、にんまりと口元に弧を描き、速さ重視へと転換した。犬に見つかってしまった時点でもはや気配を消すことに意味はなくなった。


 駆け足で逃げながら、クロードは今回のターゲットを探していた。


「ああ、こっち、かな」


 そう言いつつ、犬と追っ手をまきながら走る。

 初見であるはずの屋敷内を迷うことなく進み、屋敷最上階の目的の扉へと手をかけた。

 そこにあの指輪があると泥棒の勘が告げていた。


 ──バン!


 力強く開かれた扉。物音は多少響いたが、あとは小さい指輪を持って逃げるだけ。大した時間は必要なく、追っ手ももはや気にならない。

 ところが、暗がりの中ぐるりと部屋を見渡して、ポカンと固まった。


「は?」


 ランシェロも同様である。


 なんと暗い部屋の中には床に跪く少女がいた。月明かりに向かって神に祈りを捧げているような格好の少女もまた、驚いた顔で突然の侵入者へと目を向けていた。まさか人がいるとは思っておらず戸惑ったが、少女の指を見てさらに驚いた。例の指輪が嵌っているのだ。


「は?」


 二度目の呟きの間に、追っ手の足音が近づいてきた。ランシェロの判断は早く、一度退却することにした。


「まずい。一旦離れますよ!」

「ああ!」


 ランシェロの後に続き、身体を翻した。

 しかし。


 ──がしっ


 しがみつくように少女が腕を掴んだのだ。思いも寄らない事態に腕を振りほどく事さえ忘れてしまった。


「は?」


 三度目となる呟きと重なるように、がしゃん、と錠のかかる音がした。退路である部屋の扉が閉まり、閉じ込められたのだ。追っ手が追い付いてしまったのだろう。

 扉の外では、「ドロボウ猫を捕まえたぞ!」と叫ぶ男たちの声。それに混じって、ランシェロの声も聞こえた気がした。


 どんな鍵でも開けられるが、開けたところでおそらく見張りの前へ出る。戦闘能力の低いクロードでは、まさに飛んで火に入る、状態である。

 四階とはいえ、窓から逃げることは可能だが。


 ちらりと見たのは少女の指で光る指輪。


(さすがにこいつを連れては逃げられねー)


 あくまで目的は指輪である。

 奪い取るなり指を切り落とすなりしてしまえばよいのだが、クロードにはそれができない。


(約束だからなあ)


 今を壊したくないクロードたちは人を傷つけないというレクトとの約束を律儀に守る。

 一息ついてしゃがみ込み、少女に視線を合わせた。


「なあ、その指輪、俺にくれないか?」


 精一杯のお願いだった。

 少女はクロードを上から下まであからさまに見て言った。


「あなた、この屋敷の人間じゃないわね。その猫のお面……”ドロボウ猫”?」

「だったら?」

「やっぱりこの屋敷は悪い奴らのアジトなのね。……この指輪、欲しいならあげるわ。だけど助けてほしいの、ここから出して」

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