第2話 秘密の場所1

 書架で囲まれた小さな執務室。ここは王宮内の一室、けれど間取り図には記されない、隠された場所である。

 見つけたのは偶然だった。が、自分たちのためにあるかのような部屋に、入り浸るようになった。

 おそらく秘密裏に会合や逢瀬をするための場所だったのだろう、誰の目にも触れずに王宮の外からも入れるのだ。


 クロードはいつもの定位置にある椅子へと腰を下ろしていた。不満たっぷりに口を尖らせた。


「あれ、やりすぎだろ? なあ?」


 あれ、というのは昼間にいた店の事件の話である。

 逃がした客が武器を持った襲来者がいたと証言しており、警備隊が配置されるわ、検証チームが組まれるわと大事件となっている。そしてそれは未解決事件となることが決まっているから、少し後ろめたい。


「そうでしたか。力の加減が難しいですね。……君が煽るからですよ」

「そんなしおらしい顔しても駄目だって。しかも、俺が煽ったのはあのおっさんたちで……」

「ですが、君に危害が及ぶのではと気が気じゃありませんでしたし、そもそもあれ、言う必要がありました?」


 この日この時間に、彼らが訪れる情報は得ていた。

 彼らが、あの店の窓ガラスを割るまでは、善良な市民であることも情報として知ってはいたのだ。


「いやあ、ほんとかな? って思ってさ。確認な、確認。確かに全く戦い慣れしてなかったし? 煽ったけど一回睨まれたくらいだったから、あいつらにも温情ってものがつくんじゃねえの。本当は一人転んだ時点で出直してほしかったけど。そしたら店が消えることもなかったのに」


 彼らの娘は数日前から行方不明だ。捜索願も出されている。そして犯人の目星もおおよそ合っている。


「たしかに客は逃がしていましたしね。いたのは、私と君と、君が連れた一般人と、店主でしたから。……あのですねえ、一般人を巻き込むのやめません?」


 黒いスーツ姿の男──ランシェロはやれやれといった様子で手を広げた。

 着替えたのだろうか、それとも一切の無傷だったのか。あの場にいたはずだというのに、汚れ一つない。


「あは、だってー、いいじゃん。あんなところ、女連れでもないと入れないし。今回も彼女の叫び声で助かったところもあるしさ。それに知ってるでしょ、俺、店に一人では入れねえの」

「まったくいい加減一人でも行動できるようになりなさい」

「まあ、いつかね」


 肩をすくめてみせた。

 ランシェロの小言はただの飾りのようなものだ。クロードが行動を改めることはないと知っているのだから。形だけの小言にクロードもまた形だけの返事をする。


「にしても、あの店主。勝手に自白してくれて助かったよね。ちょっと面白かったし。まさかカゲが助けてくれるとでも思ってたのかな。万が一そういう気があいつらにあったら、俺が手を出した時点で動きがあったろうに」


 クロードの”確認”は、近くにカゲがいるのか、はたまた手を貸す気があるのかどうかもチェックしていた。


「楽ではありましたねえ」

「よりによって、お前の格好を見て、カゲだなんて! 笑える」

「いえ、合っていますよ。彼は正しかった」


 涙まで浮かべて腹を押さえるクロードに対し、ランシェロは真顔でジャケットの襟を正した。


 カゲとは、王の手足となり暗躍する役職だ。常にスーツ姿であり、王の命令にのみ従う一族である。感情を捨て、自分の意志を捨てる訓練を経て、ようやく一人前のカゲとなれるのだ。彼ら一族には特殊な能力があり一切の気配を消せるらしい。そのため隠密行動が得意で、暗殺や情報収集、護衛などが主な業務だが、その存在を知るのは王とその周辺、または王の指示でカゲが接触した人物である。


「認識が甘すぎなの。スーツ着てれば誰でもカゲなのかって話! スーツなんて、まあ滅多に買う奴いねえだろうけど、金さえ払えば誰でも買える服だろ。それに、カゲなんてそうそう姿を現さねーし」


 店主をそしるクロードの顔はこれでもかと顔をしかめている。

 滅多に姿を現さない、目撃情報が少ない。昼間の食堂に堂々と姿を現すなど言語道断。だからカゲの存在を知る人間は限りなく少ないのだ。


 それに四苦八苦しているのが、クロードとランシェロ、それともう一人──。


「僕からすれば、君たち二人とも、何をしてくれたんだと思うわけなんだが」

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