王子直属の泥棒

夕山晴

第1話 食堂での事件

 朝と昼の間。客がまばらな食堂で、派手な銀髪の男が自身の髪を一束つまみ、くるくると弄んだ。

 木製の丸テーブルに椅子。大衆食堂のはずだが、少し暗めの店内は整然としており、失礼ながら人気は無さそうである。もちろん昼になれば客は増えるのだろうが。

 男は出入口間近の席に座り、視線はずっとカウンターだった。中にいる店主は昼の準備をしているのか、何やら鍋をかき混ぜている。


「なあに。考えゴトー?」

「ああ? いーのいーの。お前はそんなこと気にしなくて」


 隣に座るしなを作った魅惑的な美女。それを適当にあしらって、その男──クロードは目の前のサンドイッチを口に放り入れた。


 それからそう間を置かずして。

 がしゃーん、と大きな音がして粉々に割れた窓ガラスが、クロードのテーブルへと飛び散った。直前で空にしたバスケットにももれなくである。「きゃああああ!」と女が叫ぶから、仕方なく肩を抱く。彼女には傷一つない。


 銃と長い鉄の棒を持った男が三人、スイングドアを押し開けて店内に雪崩れ込んできた。


(あ~、めんどくさ)


 一人だったら楽勝だったのに、と一番後ろのはち切れんばかりの腹の男に手を伸ばした。背後から腰のベルトを切ってやれば、ストンと下がったズボンで足を引っかけ、入ってきた勢いそのまま盛大に床へ突っ伏した。突然のことに受け身もとれていない。


(はい、一人目)


 クロードは動いた素振りもなく、転んだ男を指差した。


「おっさんたち、そこでコケる? 窓ガラス割って登場して? あは、笑える」

「……クソガキが」

「きゃあああああああ!」


 男の睨む顔がよほど恐ろしかったのか、美女は叫び声を上げてくれる。それに内心ほくそ笑んだ。


(あっは、やっぱ俺を助けてくれる女ってのはいいよなあ)


 美女の叫び声に一瞬たじろく襲来者たち。堅物な役所勤めだ。胸元が大きく開き身体のラインを強調したワンピース姿の女に免疫がなかったのだろうと思われた。


 この襲来者たちは戦うことに別段慣れていないのだ。ズボンで倒れた男はパンツまるだしのまま、いまだ立ち上がれていない。


(といっても、俺も戦えないんだけど。ま、どうにかするでしょ。おっさんたちはできれば、このまま帰ってもらえるとありがたいんだけどなあ)


 一人転がしてみたものの、あまり目立つのもな、とクロードは思いとどまった。転がす代わりにと煽ってみたが、その後のことは考えていなかった。女をさも守るように立って状況を見守るだけ。

 男たちは本来の目的を思い出したのか、クロードの煽りにはこれ以上反応を示さなかった。転んだ原因がクロードであるという考えは微塵もなく、残念ながら帰る気もなさそうだ。


「俺たちはここの店主に用がある! 巻き込まれたくなかったら今すぐ出ていけ!」


 天井に向けて発砲し、ぱらぱらと木くずが落ちた。威嚇である。

 ただでさえ客入りの少なかった店内がさらにがらんとした。


 残されたのは、クロードと連れの美女、黒のスーツ姿の男に、店主だ。

 結末を見守りたいクロードは、女が恐怖で動けなくなったという様子で隅っこに居座った。


「お前……! 俺の娘をどこへやった!」


 悲痛に顔を歪ませて、襲来者は店主へと銃を向けた。

 どうやら恨みがあるようだ。すぐに見て取れるが、店主はというと柔和な微笑みで向かい合っていた。


「私の大事な店を壊して、何を言うかと思えば、娘? そんなこと知りませんよ」


 当然の言い分に思えた。けれど店主は笑っている。大事な店を壊されたくせに笑っているのだ。


「そんな話が通用すると思っているのか!? 俺の娘だけじゃない、こいつの娘も、こいつのもだ!」

「……みなさんで家出ですか?」

「みんな、お前の店に行くと言い残して消えている! それでお前が関係していないわけがないだろうが!」

「……ああ! そういえば最近女の子にお菓子をあげる約束をしたことがありますねえ。その子のことでしょうか? 約束の時間になってもこないので心配していました。もしかして、くる途中に事件や事故に巻き込まれたのでしょうか、父親なら心配ですよね」


 父親たちの憎しみを受けてなお、店主の笑みは崩れない。にやにやと笑うそれは悪の親玉のような顔である。


(十中八九、クロ──ま、証拠がねえけど)


 店の隅っこで見守るクロードの目が細くなるが、店主はべらべらと話し続けた。心配そうな口ぶりであるにもかかわらず、穏やかな顔は鼻につく。


「捜索願は出されました? いつからいなくなったのでしょう。早く見つかるといいのですが」

「お前……!」

「ああ。それでもまだ私が犯人だとでも?」


 怒りに任せて突撃する男たちに向かって店主はより一層笑みを深くした。


「──そんなこと、許すわけがないでしょう」


 そしてカウンターで佇むスーツ姿の男を指す。


「ここにいるカゲがな……!」


(──はい、クロ確定っと)


 瞬間、爆音とともに一つの店が焼失した。

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