ニ 迷子
遠くで微かに縁日の喧騒が聞こえる中、彼女の背中に張り付くようにして、暗くて足下もおぼつかない墓地の中を恐る恐る進んで行きます……両脇に
「……ねえ、もういいでしょう? あんまし奥まで行かないで戻ろう? 花火始まっちゃうよ?」
「大丈夫だよ。まだまだ時間はたっぷりあるから」
なおもうだうだ言って、なんとか引き返させようとする僕でしたが、ユメコちゃんはまるで聞く耳を持たず、嬉々とした顔でズンズンと墓地の奥深くへと進んで行ってしまいます。
対する僕は生きた心地がせず、恐怖を必死に堪えながら、気づけば彼女の浴衣の裾をぎゅっと掴んで後に隠れていました。
「……ん?」
そうしてどのくらい経った頃でしょう? あまりに怖くて時間の感覚がなくなっていたので、じつはそんなに経っていなかったのかもしれません。
ユメコちゃんの背中越しに前方を覗いていた僕の視界に、なんだか奇妙なものが映りました。
「……傘?」
それは、傘です。ビニール製のよくある傘じゃなく、時代劇でしか見たことないような紙を貼った和傘です。
それが、墓石と墓石の間を通る狭い道の真ん中に、なぜだかぽつんと一本立ってるんです。
辺りは真っ暗なのに、そこだけスポットライトを当てたかのようによく見えます……開かずに閉じた状態で、上から吊るしてでもあるのか? 柄の一本足で自立しています。
「唐傘だね……」
首を傾げる僕の前で、ユメコちゃんがそう呟いた時でした。
「…!?」
「ケケケケケケ…!」
突然、その唐傘がくるりと半回転したかと思うと、現れた裏側には大きな一つ目と口が付いていて、真っ赤な舌をだらんと垂らすと、不気味な声で笑ったのです。
「う、うわあああーっ…!」
刹那の後、僕はありったけの声で悲鳴をあげると、なりふりかまわずその場を逃げ出しました。
「お、おばけぇぇぇぇ〜っ…! ……ハァ……ハァ……あれ?」
とにかく驚きと恐怖に突き動かされ、後先考えずに無我夢中で走ったため、気づけばユメコちゃんの姿がどこにも見当たりません。どうやらはぐれてしまったみたいです。
おまけに辺りを見回してみても、どこをどう走ったものか? 背の高い墓石が林立していてお寺のある方向すらわかりません。
「困ったな。どうしよう……」
ただでさえ怖い上に〝唐傘おばけ〟にまで遭遇し、その上、こんな所でひとりぼっちにされてしまっては溜まったものではありません。
「ユメコちゃーん! どこにいるのーっ!?」
戻る方向もわからず、恐怖に真っ蒼い顔になりながらも、見通しの悪い夜の墓場で僕はユメコちゃんを捜します。
「……あ! ユメコちゃん!」
そうして彼女の名を呼びながら、墓石の林を独り彷徨っていると、僕はニ、三メートル先に人影を見つけました。
「ユメコちゃ……じゃない!」
しかし、よくよく目を凝らしてみれば、それは彼女ではありません。
上の着物は白いんですが、下は黒いスカートのようなものを穿いています。それに頭には髪の毛がまるでなく、ツルツルの丸坊主です。
「……ああ、そうか。お寺の小僧さんか」
わずかな時間差を置いて、僕はそれに思い至りました。
その格好はどう見ても、〝一休さん〟のような小僧さん(※子どもの僧侶)のものです。となれば、ここのお寺の子弟か修業に預けられている子どもで、ご住職になにか用事を言いつけられて、この裏の墓地に来ているのでしょう。
「た、助けてくださーい! か、傘のおばけが!」
ユメコちゃんじゃなかったのですが、誰かに会えたのは大いに心強い。僕は声を張りあげると、大慌てで駆け寄って行きました。
「……んん?」
その声に、小僧さんは駆け寄る僕の方を振り返ります。
「……ひっ!」
ですが、その顔は人間のそれではありませんでした。
鼻と口は人と変わりませんが、先程の唐傘おばけ同様、顔の真ん中に一つだけある大きな目玉……それは、〝一つ目小僧〟だったのです。
「ひゃ、ひゃああああーっ…!」
僕は、またしても悲鳴をあげて逃げ出しました。
ここは最早、単なる夜の墓地などではありません……幽霊が出そうな雰囲気どころか、実際におばけが出る夜のお墓なのです!
「うわああああああーっ…!」
またも僕は、逃げ道もわからぬまま真っ暗な闇の中を矢鱈滅法に逃げ惑いました。
「ちょっと坊や。どうしたの?」
「…うぐっ!」
と、そんな夢中で駆ける僕の帯を掴み、力任せに引き止める者があります。
「ひぃぃぃ…! た、助けてえぇぇ…!」
「ちょいと。何があったか知らないけど落ちつきなって! お墓で走ると危ないよ?」
足を止められ、僕は必死にジタバタ足掻きますが、背後の声はなんだか
「…………え?」
そこで、振り返ってみると、それは浴衣を着た大人の女の人でした。
歳は三十前後でしょうか? 日本髪を綺麗に結いあげていますが、今度はちゃんと二つ目があります。見た目はどこからどう見ても完璧に人間です。
「何があったんだい? お姉さんが相談に乗ってあげるよ?」
「おば、おばけが……そ、それにユメコちゃんが……」
さらにはそんな優しい言葉を投げかけられ、僕は涙目になりながら、あったことをすべて話して聞かせました。
「そうだったのかい。それは怖い思いをしたねえ……わかった。あたいがその友達を捜すの手伝ってあげるよ」
どこの誰だか知りませんが、どうやら親切な人らしく、僕の話を聞き終わると女性はそうも言ってくれます。
「あ、ありがとうございます!」
うれしいその言葉に、僕もようやく顔色を明るくするのでしたが。
僕の見ている前で、不思議なことが起こりました……彼女の白く細い首が、徐々に徐々に長く伸び始めたのです。
最初は気のせいかとも思いましたがそうじゃありません。その首はどんどん、どんどんと伸びてゆき、宙でぐにゃりと曲がって方向転換すると、その顔は僕の方へと迫って来ます。
「…………」
「この首を伸ばして捜せば、その子もすぐに見つかるさ」
何がなんだかわけがわからず、ポカンとその光景を眺めていると、迫って来たその〝ろくろ首〟の頭は僕の耳元でそう囁きました。
「ぎゃあああああーっ…!」
またしても絶叫し、僕が逃げ出したのは言うまでもありません。
でも、滅茶苦茶に走っているせいもありますが、なんだか墓地は迷路のようになっていて、いくら走っても外に出ることができません。
さらには涙のせいでますます視界が悪くなり、いつまたおばけに出くわすかもわからないし、僕はなぜ走っているのかさえわからなくなってきました。
「きゃっ…!」
「うわっ…!」
と、その瞬間、僕は何かにぶつかり、思わず尻餅を搗いてしまいました。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい…」
きっとまたおばけなのだろうと、僕は地面に丸まって頭を抱え、ぶるぶる震えながらひたすらに謝ります。
「どうしたの? わたしだよ、わたし。ユメコだよ」
「……え?」
ですが、聞き慣れたその声に顔を上げてみると、そこにいたのはユメコちゃんでした。
「ゆ、ユメコちゃあぁぁぁーん! うわあぁぁぁーん…!」
ようやく再会した馴染みのその顔に、感極まった僕はわんわん泣きながら抱きつきました。
「……ひっく……おばけが、おばけが出たんだ……唐傘おばけに、一つ目小僧に、ろくろ首まで……」
「おばけ? 大丈夫だよ。そんなのもういないから……」
お香のいい匂いのする彼女の身体にしがみつき、嗚咽まじりに訴える僕をユメコちゃんは優しく抱きしめてくれます。
そして、頭を撫でながらしばらくそうして慰めてくれた後……。
「ところで、そのおばけって、もしかしてこんな顔だった?」
抱きつく僕を引き剥がして立たせると、そう言って自分の顔を手のひらでさっと撫でてみせました。
すると、それまでそこにあったユメコちゃんの目と鼻と口はきれいになくなり、後には何もない顔が──〝のっぺらぼう〟が現れたのです。
「ひっ……!」
その
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