縁日の夜に
平中なごん
一 縁日
これは、僕が小学校低学年だった頃のお話です……。
当時、僕は夏休みになると、離れて暮らす父方の祖父母の家に決まって遊びに行っていました。
父の実家はまあ、地方にあるありふれた農村で、特に山深い人里離れた寒村というわけでもありませんでしたが、都会育ちの僕にとっては一面の田園風景や水遊びのできる綺麗な河川、カブトムシやクワガタの獲れる鬱蒼とした森など、そこにある何もかもが新鮮で、僕は田舎で過ごす夏休みを存分に満喫していました。
また、そうして毎日、外を駆け回って遊んでいると、いつしか親しくしてくれる地元の子の友達もできました。
どうやら近所の家の子らしく、名前はユメコちゃんといって、歳は僕より少し上の小学校高学年くらい。長い黒髪を三つ編みおさげにした可愛らしい少女です。
まあ、今思い出すと可愛らしいという印象ですが、当時の僕からすれば年上ということもあり、頼りになるお姉さんといった感じの遊び相手でした。
田舎の子のせいか? ちょっと服装が昭和な香りのするものというか、当時流行りのファッションではなく、そこもまた、彼女を子どもっぽく感じさせなかったのかもしれません。
さて、そんなある日のこと、毎年恒例である村のお寺の縁日が催されました。
縁日はお寺でやるお祭りみたいなもので、参道に出店も並びますし、夜には花火も上がって、神社のお祭りとほぼ変わりません。
当然、僕も楽しみにしていて、夜、浴衣に着替えると、両親とともにお寺へ出かけました。
街場では味わえない、真っ暗な街灯一つない田舎道を歩いてお寺にたどり着くと、この村にこんなにも人が住んでいたのかと驚くくらい、たくさんの村人達で賑わっていました。もちろん、僕のような小学生くらいの子ども達も大勢混ざっています。
その雑踏に溢れ返る宵闇の中、長い石段が本堂へと続く参道の両脇に、連なった提灯の明かりで浮かびあがる幻想的な出店の数々……わたあめに焼きイカ、お面に射的に金魚すくい。
僕は端から首を突っ込み、時に両親にせがんでは出店を順々に見て回りました。
しかし、そこは小さな村の縁日。それほど出店が多いわけでもなく、花火が上がるまでの間にちょっと時間ができてしまいました。
そこで、知り合いの村の人と談笑する両親の傍ら、手持ちぶさたでうろうろしていると、声をかけてくる者がいます。
「こんばんわ」
「あ、ユメコちゃん!」
その声に振り返ると、それはユメコちゃんでした。
今夜はいつもの洋服姿ではなく、白に牡丹柄の浴衣を着ています。なんだかいつもより大人っぽく、子どもながらにも艶っぽく感じました。
「ねえ、花火始まるまで時間あるし、おもしろいとこ行ってみない?」
僕が退屈そうにしていたのを察してか、ニヤニヤ悪戯っぽく笑みを浮かべながら、開口一番、彼女はそう誘ってきます。
「え、おもしろいとこ! 行く! 行く!」
彼女にはいつもおもしろい遊びを教えてもらっていたので、僕は一も二もなく首を縦に振りました。
「じゃ、決まりだね。こっち! ついて来て!」
「あ! 待ってよ!」
手をパンと胸の前で打ち、踵を返して歩き出す彼女の後を、僕も慌てて追いかけました。
遮る人混みをすり抜けるようにして、早足で進むユメコちゃんはそのまま石段を登り始めます。
「ねえ! どこ行くの?」
「だからおもしろいとこ。行けばわかるよ」
必死について行きながら尋ねる僕でしたが、彼女は愉しげにそう言ってはぐらかします。
やがて、蝋燭の明かりに御本尊が照らされる、荘厳なお寺の本堂を左に折れると、その建物をぐるっと廻り込み、背後に広がる闇の中へと彼女は躊躇いもなく突入して行きました。
「ね、ねえ! ほんとにどこ行くつもりなの!?」
突如、表側の賑わう縁日の景色からは一変、その明かりも喧騒も届かぬ静かな夜の暗闇に包まれ、僕はなんだか不安になってもう一度、ユメコちゃんに尋ねます。
「着いた! ここだよ」
朗らかにそう答えた彼女に僕も暗闇に目を凝らしてみると、そこはお寺の裏にある村の墓地でした。
鬱蒼と背の高い杉の木が生える裏山の中で、そこだけが切り取られたかのようにガランと広がっています。
濃密な闇に満たされてたその広い空間の中に、苔生したり、風化したりした古い墓石が、微かな月明かりに照らされてニョキニョキと生えていました。
「着いた…って、ここ、お墓だよ?」
「そだよ。お寺のお墓……ね、ここで肝試ししたらおもしろいと思わない?」
彼女はケロリとした顔で、やはり愉しげにそう答えるのでした。
「き、肝試し!? や、やだよ。そんなの……」
「もしかして怖いの? 男の子なのに意気地なしなんだ」
即座に拒否する僕でしたが、ユメコちゃんは挑発するかのように臆病な僕をなじります。
「そ、そうじゃないけど……暗くて危ないし、お墓が倒れてくるかもしれないよ?」
「やっぱり怖いんだ。仕方ないわね。じゃ、あたし一人で行ってくるから、弱虫はここで待ってなさい」
必死に下手な言い訳を吐いてみせる僕ですが、その心中をすっかり見透かしているユメコちゃんは、侮蔑の視線をこちらに向けて、そう告げると単身墓地へと分け入って行く勢いです。
「わ、わかったよ! ぼ、僕も行くから置いてかないでよお!」
このまま女の子一人で行かすわけには……いや、正直に言えば、ここに自分だけ取り残されるのは余計に怖いので、やむなく僕もその後姿を追って、真っ暗な夜の墓場へと足を踏み入れました。
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