第68話 新しい関係と完結

 芦塚さんとの交際が始まって最初の登校日。

 僕が高御堂君にやっていた、よく分からない遊びをこれからは僕がされるらしい。

 嫌だなぁ……怖いなぁ……。

 そもそも僕って高御堂君に何してたっけ?

 足を触らせようとしたり飲みかけの飲み物をあげたり、あとは……ぶりっ子してた気がする。

 高御堂君の場合だと、僕をキュンキュンさせる様なイケメンムーブを見せてくれるのかな?

 壁ドンとかされちゃうんだろうか。

 ……やっぱり怖いなぁ。



 教室で怯えながら高御堂君がやって来るのを待っていると、いつも通りのイケた顔面を引っさげた高御堂君が教室へと入ってきた。

 彼は鞄を自分の机に置くと、おもむろに僕の正面へとやって来る。


「高御堂君おはよー」

「おはよう西河。今日も綺麗だな」

「お、おう……」


 僕、高御堂君にそんな事言ったことないよね?

 高御堂君の唐突な発言にザワつく教室。

 そんな雰囲気を他所に、高御堂君は僕の首筋に右手を伸ばし、そっと髪に触れてきた。

 このシチュエーション、まさかキス―――


「髪に……何も付いていないな。残念だ」

「芋けんぴを食べる習慣が無くてごめんね」

「ふむ。中々上手くいかないものだな」


 ふむ、じゃないよ。

 どうしたらそこに芋けんぴが付いてると思えるんだろうか。

 この男……やっぱり少しおかしいのかもしれん。


「そもそもさ、髪に付いてた芋けんぴなんて汚いから食べちゃダメだよ」

「お前の髪は汚くないぞ?」

「まあ汚いつもりないけど……でも、食べるのはやめときなね」

「残念だ」


 どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?

 そんなに僕の髪が食べたかったの?

 僕も髪は好きだけど、食べるのはちょっと違うんじゃないかなぁ。

 いくら芦塚さんの髪の毛だとしても、食べるのはちょっと……いや……?

 食べられるかもしれんね。


「食べるのはともかく、高御堂君って髪の毛フェチなの? だとしても芦塚さんの髪は触っちゃダメだよ」

「安心しろ。俺が興味があるのはお前の髪だけだ」

「……高御堂君はっちゃけてきたねー。食べられるのは困るけど、ある程度は好きにしてもいいよ」

「そうか。では、好きにさせてもらおう」


 そう言うと高御堂君は僕の髪を手に取り、何を思ったのか口づけをし始めた。

 高御堂君の奇行を見ていた女子からは黄色い声が上がり、男子からは『ナ゛ッッ』という声にならない音が漏れてきた。

 これ……髪キスってやつやん……。

 僕の髪はそこまで長くないから顔が近いし……。


「……僕の髪の毛、おいしい?」

「悪くないな。それで、これは何点くらいだ?」

「何点って……」


 この遊びは、やられた側が点数を付けることになっている。

 誰だよこんな遊びを始めた奴……。

 何点と聞かれても、やるせない気持ちで一杯です。


「んー、40点くらいかなあ。髪にキスする仕草は似合ってたけど唐突すぎたよ。あと、芋けんぴの件はもう少し考えた方がいいですね。普通に考えたら髪に付いてる訳無いんだから、その後の展開は考えておく必要がありました。もっとアドリブ力を鍛えましょう」

「なるほど。参考になった」

「……なんか今までごめんね?」

「少しは俺の気持ちが分かったようだな」


 でも高御堂君は僕の事好きだったからいいじゃん!

 ご褒美だよご褒美。

 彼は天の邪鬼な所があるし、今も仕返しして欲しくてたまらないのを我慢しているはずだ。

 でも、この教室の雰囲気でそんなことをしたら、それはもう大変な事になるから今日は我慢してね。


「二人ともおはよう。教室がいつもより騒がしいけれど、何かあったの?」

「おはよう芦塚さん。さっき高御堂君に髪の毛食べられちゃったの」

「そういうことね。私も今度頂くことにするわ」

「髪の毛は食べ物じゃないよ?」


 芦塚さんが僕の髪を食べるなら僕も食べ返すからね?

 お互いの髪を口にし合う僕と芦塚さん……想像したけど、なんかえっちぃ……。

 でもズボンを脱がされるよりは健全なのかなぁ。


「芦塚さんおはよー! 何か凄い会話してるけどどうしたの? さっきからこの二人もやばいし!」

「おはよう丸山さん。簡単に言うと、私と西河君が付き合うことになったのよ。それで高御堂君も西河君にアピールを始めた、という感じかしら?」

「……どういうこと? ていうか西河君と芦塚さんって付き合ってるの!? 西河君よかったじゃん!」


 丸山さんはバシバシと僕の肩を叩きながらお祝いしてくれた。

 このカオスな空気を生み出す三人組に、躊躇うことなく混ざってこれる丸山さんは凄いと思います。


「あ、ありがとうございます……でも、痛いからそろそろ叩くのやめて?」

「ごめんごめん。いやー、西河君って芦塚さんのこと大好きだったもんね。見てて恥ずかしいくらいだったから私も嬉しいよ! でも、皆の前で公表してよかったの?」


 ホントだよ。

 教室に過激派の芦塚ファンが居たらどうするの?

 あと、やっぱり僕って分かりやすかったんだね……。


「この二人が朝からさかっていたみたいだし、今更変に隠しても仕方がないでしょう。私としても西河君にちょっかいをかける人が減るに越したことはないのだし」

「ちょっと? 盛ってたのは高御堂君だけだよ?」


 まさかこんな形でクラスメイトに広まってしまうとは……。

 教室を見渡すと、呆然と口を開けたまま固まる者や、涙を流しながら何かを呟く者が視界に映った。

 あそこで涙目になっているのは……僕にパンケーキをご馳走してくれた、サッカー部じゃない彼だね。

 確かテニス部の……今日は天気がいいなぁ。


「盛っていたとは失礼だな。俺は自分の気持ちに素直になっていただけだ」

「髪を食べていたのが本当なら十分に盛っていたと言えるわよ。まあルール違反ではないから構わないけれど」

「それ昨日のも言ってたけどさ、結局どんなルールになったの?」


 僕に直接関係あることなのに、どうして僕を混ぜて話し合おうってならなかったのか。

 僕に拒否権は無いのか……前から無いもんね……。


「そうか、西河には説明していなかったな。水着で隠れる部分と口への接触が禁止というのが主なルールだ。お前もそこは守ってくれよ」

「何その小学生向けの性犯罪対策みたいなルール……そもそも高御堂君のそんな所触ろうとしたこと無いよね?」

「それはそうだが、これからも守るようにしろ」


 ……腑に落ちぬ。


「安心しなさい西河君、これはあなたと高御堂君のルールよ。私はこれまで通り、ちゃんと構ってあげるから」

「芦塚さんにこそ、このルールが必要な気がするのに……」


 何気なく出た一言だったが、これを聞いた丸山さんはテンション高めに食い付いてきた。


「二人ってそんなに進んでるの!? ねえ、どこまでしたの?」

「やましい事は何も無いけど、そういう事は芦塚さんに聞いて欲しいなあ……」


 あっ、それセクハラだぞ!

 そんな話をしているとチャイムが鳴り、皆はそれぞれの席へと戻って行った。


「芦塚さん、今度じっくり教えてね!」


 ……丸山さんは本当にメンタルが強いなぁ。



 昼休みに入る頃には僕達の関係は学年中に広まったらしく、三人で昼食を食べているだけなのに、教室の外にも見物客が溢れかえっていた。

 相変わらずこの学校は情報伝達が早い……。

 報連相の相以外は完璧じゃん。

 即戦力の潤滑油として就活に挑むといい。


『おい、西河と芦塚は本当に付き合ってるっぽいぞ』

『ああ。高御堂が西河を寝取ろうとしているのもガチみたいだな。俺は詳しいんだ。見れば分かる』

『流石だ。こういう時は頼りになるぜ』


 耳をすますと、そんな会話が教室の外から聞こえて来た。

 寝取りに詳しいあの人は何者なんだろう……。


「今日は随分と注目されているわね」

「そりゃー芦塚さんに恋人が出来たと知ったら皆見に来るでしょ。僕も見に行きたいもん」

「あなたは当事者でしょう。でも、これだけ注目されるなら、見せつけたくなるわね」


 そう言うと芦塚さんは、玉子焼きを半分に切り分け箸で掴み、僕の口へと差し出してきた。


「ほら西河君、あーん」

「は、恥ずかしいよ……」

「いいから早くしなさい。時間が経つ程見る人が増えるわよ?」


 確かに、既に教室中の視線を集めていると言っても過言ではない。

 これ以上ゴネても外のギャラリーが増えるだけだろう。


「あーん……美味しいです……」

「そう。よかった」


 芦塚さんは満足そうに食事を再開した。

 横目で教室の外のギャラリーを見てみると、真顔で僕達の事を見ている事に気がつく。

 また何か話してるみたいだし、また聞いてみよう。


『……良い』

『ああ、素晴らしいものを見たな』

『俺、生まれ変わったら教室の窓になりたい。窓になってあの光景を見つめ続けるんだ……』

『なら俺は鍵になろう』


 ……うわぁ。

 生まれ変わったらって言ってるけど、窓は生物じゃないから生まれ変われてないと思うの。

 でも僕が知らないだけで、もしかしたら窓にも意識があるのかもしれない。

 もしそうなら、割られる恐怖に怯えながら過ごしてそう。

 そんな下らない妄想をしながらメロンパンをかじっていると、目の前にブロッコリーを摘んだ箸が現れた。


「……何? 僕、ウサギじゃないんだよ?」

「ウサギはブロッコリーを食うのか? まあそれはいいとして。ほら、野菜も食え」


 口元を緩めながら僕にブロッコリーで餌付けしようとする高御堂。

 いつぞやの仕返しのつもりなんだろうなぁ。


「はいはい、食べればいいんでしょ」


 ブロッコリーに美味しいも不味いもないので感想は言わなかったが、餌付けに成功した彼は嬉しそうだ。

 ……僕が口を付けた箸で喜んでるみたいに見えるから、その顔は止めた方がいいよ?

 何となく気に入らなかったので、僕もメロンパンを彼の口元に無理やり押し付けてやり返す。

 嫌がって顔を背ける高御堂君を追いかける様に手を動かしていると、いつの間にかパンを彼の顔に擦りつける遊びが始まってしまった。


「……あなたは何がしたいの?」


 少しの間続けていると、呆れながら芦塚さんに問われてしまった。

 

「分かんないけど、何か高御堂君の顔が気に入らなくて」

「酷い事言うわね。もっと言葉は選んであげなさいよ。あと、私には食べさせてくれないの?」

「え、でもこのメロンパンもうボロボロだよ?」

「それは要らないわよ。また今度お願いするわ」

「いいけど、それは学校以外でやろうね?」

「ええ。口移しでも構わないから」

「そこまではしないけど……」

「あら、私とキスしたくないの?」

「そ、そうは言ってないよ……?」


 そんな事を言われると、彼女の唇に目を奪われてしまう。

 ……綺麗だなぁ。

 でもここは学校だから、あんまりそういうこと言われると困るかも……。


「おい、いい加減離してくれ。もういいだろう」


 メロンパンを高御堂君に押し付けたまま会話を続けていると、僕の手を高御堂君が押しのけてきた。

 確かに中断させにくい空気だったのは認めましょう。

 ……我慢させちゃってごめんね。


「全く……お前には敵わん。本当におもしろい女だな」

「だから女じゃないって……まあいいや。でも、高御堂君の方が面白いよ?」

「そう言われると少し照れるな。これからも精進しよう」


 高御堂君は嬉しそうにしながら弁当に手を付け始めたので、僕もボロボロになったメロンパンを口に運ぶ。


 これからもこんな毎日が続くみたいだ。

 僕、これからどうなっちゃうんだろ……。



―――――――――――――――――――――――

イケメン転校生に「おもしろい女だな」と言われたけれど、僕は男です。 第一部 完


読んでいただきありがとうございました。

今後につきましては近況ノートに書きますので、よろしければそちらもご覧下さい。 

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