第67話 攻守交代
就寝直前の芦塚さんによる一方的なパンツレスリングを耐えきり、何とかパンツを死守することに成功した。
戯れ合いの範疇を越えた本気の取っ組み合いとも言える攻防は、最終的には僕が芦塚さんに覆いかぶさることで終幕となった。
重たかったかもしれないけど仕方ないね(レ)
あんまりにも芦塚さんが本気だったから、そうやって身動きを封じないと本当に危なかったんだから!
今にして思うと凄いことしちゃってたけど、あの時は普通の意味で興奮してたし、恐怖の感情が大き過ぎたから、やましい気持ちは欠片も無かったと誓ってもいい。
芦塚さんが諦めてくれた時はどれだけ安心したことか……。
人生で一番身の危険を感じた瞬間を更新した夜も明け、朝になると昨日のことには一切触れない芦塚さんがいた。
「おはよう西河君。私と一緒に寝るのも何度目かだけれど、そろそろちゃんと眠れる様になった?」
「おはようございます……そうだね、今日はよく眠れたよ。色々あって疲れてたからかな……」
「そう。なら何も無くても寝られるように、もっと慣れてもらう必要があるわね」
「んー……頑張るよ」
別に無理に一緒に寝る必要は無いんじゃないかな……。
いや、別に嫌とかじゃないんだよ?
でもまだそういうのは早いと思うの。
もう少し色々と慣れてからにしませんかね……。
芦塚さんと両想いになったとて、何かが大きく変わることもなく、何をするでもない時間がゆるゆると流れた。
唯一変わった事と言えば、芦塚さんが当然の様に僕の上に座って炬燵に入っていることくらいだ。
年末限定であった西河座椅子はレギュラー化するみたいです。
そんなに人気商品だったんだね。
「高御堂君と連絡を取っているのだけれど、今から来るみたいよ」
「いいけど、何か用事あるの?」
「あなたに用事があるみたい。覚悟しておきなさいね」
「覚悟ってそんな……ていうか、その言い方だと芦塚さんは要件知ってるみたいだけど」
「知っているわよ。でも、ちゃんと本人から聞いてあげなさい」
「はーい」
要件って何だろう……心当たりが多すぎて、どれで怒られるのかが分からない。
でもやっぱり、昨日渚がお母さんに余計な事を言った事へのクレームの線が太いと思うな。
高御堂君はマザコンだからなぁ……。
僕に似ているお母さんの事で、渚にからかわれて恥ずかしかったんだろうね。
もしも本当にその件だったら、『大地ちゃんったら、そんな口の利き方しちゃダメよ?』って真似して誤魔化そうかな?
……普通にキレられそうだからやめとこ。
芦塚さんからのセクハラに耐えていると時間は過ぎ去り、家のインターホンが鳴った。
こんな姿、人に見せられないよ……。
「芦塚さん、高御堂君が来たからそろそろやめて?」
「仕方ないわね。今日はこれくらいにしておいてあげるわ」
「ありがとうございます。でも、次回はもう少し軽めにお願いしますね」
ここでありがとうって自然に出ちゃう辺り、この関係性が逆転することはないのだと、玄関までの道程で理解してしまった。
僕から芦塚さんにセクハラ……?
そんな度胸があったら苦労しないよ!
どうしようもない現実から目を背けて玄関のドアを開けると、レジ袋を持った高御堂君が寒そうに立っていた。
「急にすまんな」
「いいけどどうしたの? まあ、寒いし取り敢えず中に入ってよ」
「ああ、お邪魔します」
高御堂君は僕が脱ぎ散らかした靴まで揃えてくれた後、僕の後ろに続いてリビングへとやって来た。
……僕だってね、人様の家に上がる時はちゃんと揃えるんだよ?
「いらっしゃい高御堂君。あら、何か買ってきたの?」
「この家には何も無いからな。お前達の分も飲み物を買ってきたんだ」
「悪いわね。今度からはちゃんと用意しておくわ」
「そうしてくれ」
家主である僕を無視しながら二人で会話する姿を見ていると、この場に僕が必要なのかどうかが怪しく感じてしまう。
ここは芦塚さんの家で、高御堂君は芦塚さんに会いに来たみたいになってるじゃん……。
高御堂君は袋の中からレモンティーを芦塚さんの前に、僕の座る場所には抹茶ラテ、自分の場所にはカフェラテを置いて炬燵に入った。
「おっ、抹茶ラテだ。ありがとう高御堂君。それで、今日はどうしたの?」
僕も炬燵に入って、ちゃんと牛乳の入っている抹茶ラテを握りながら高御堂君の要件を聞く覚悟を決めた。
妹のことは許して下さい……!
あいつ結構なアホなんです、僕を見たら分かるでしょう?
「その事なんだが、まずは西河、芦塚と付き合うことになったらしいな。おめでとう」
「え? ああ……うん……ん? 今更だけどさ、僕と芦塚さんってお付き合いするって事でいいの?」
好きって言ったらそのままお付き合いになるのかな?
「あなたは本当に……そうで無いなら私達はどんな関係なのよ」
「何だろう……僕が芦塚さんの所有物になったって感覚だったかも」
「それはそれで悪くないけれど、一応はちゃんと対等な関係のはずよ。実際がどうなのかはともかく」
「なるほど。という感じです高御堂君。ありがとうございます」
芦塚さんの口ぶりからしても、僕の方が立場が弱い関係性なのは間違いないみたいだ。
まぁお互いにそういう性格だから自然とこうなるよね。
「……付き合う前と変化が見られんな」
「まあそんなもんじゃない? ていうか何で知ってるの? 何でもなにも、芦塚さんから聞いたしかあり得ないんだけとさ」
「その通りだ」
「いいんだけどさ、こういうのって人に言うものなの?」
高御堂君になら良いんだけどさ、こういうことはあんまり人に言わないイメージがあるんだけど。
しかも相手が芦塚さんだし、僕の身が危ない気がする。
過激派の芦塚ファンに背後から刺されたりしないかな……。
「隠す様な事でもないでしょう。それに、高御堂君は知る権利があるもの」
「ああ、先程の芦塚からのメッセージがこれだ。西河も見てくれ」
高御堂君が僕に見せてきたスマホの画面には、『ついに西河君を手に入れたわ。私の勝ちね』というメッセージが表示されている。
……やっぱり物扱いしてるじゃん。
ていうか勝ちって……え、まさか?
「……もしかして、高御堂君も?」
「珍しく察しが良いな……その通りだ。俺も西河の事が好きだったんだ。芦塚には直ぐにバレてしまったがな。以前からこうして、どちらが先に西河をその気にさせるか、勝負みたいな事をしていたという訳だ」
そんなことしてたんだ……。
「だが案の定、芦塚に取られる結果となってしまったな。俺から見ても時間の問題だとは思っていたし、元々勝ち目のない勝負であったのは分かっていた」
「それはそれで恥ずかしいね……」
「まあとにかく、こうして収まるべき所に収まった訳だ。しかし俺も、お前に気持ちを伝えておくべきだと思ったんだ。曖昧なままだと芦塚も落ち着かないだろう?」
「そうね。ハッキリしてくれた方が、変な遠慮をしなくて済むのは助かるわ」
「そういうことだ。だから西河、できればこれまで通りに接してくれると助かるんだが、大丈夫そうか?」
「んんー……わかった。あんまり変に意識しないようにするよ。僕も高御堂君と疎遠になるのは寂しいし」
「ありがとう」
高御堂君は安心した様に笑って、軽く頭を下げた。
好きだと言ってくれた人と交流が続くことってこれまで無かったから少し心配かも。
そもそもこれまで告白してきた人達のことは、名前も知らない人ばっかりだったし。
なんなら男友達だって高御堂君が始めてだったから、こういう場合はどうすればいいのかな?
やっぱり変に気を使うなって言われた通り、これからもやりたい放題やっていくべきなのだろう。
「じゃあ遠慮せずに聞くけどさ、高御堂君は僕のどこが好きなの?」
「本当に遠慮がないな……」
「だっていつも通りにしろって言うから」
いつも通りの僕なら、高御堂君にこういった配慮は一切しないはずだ。
「お前は本当に……まあ色々あるが、お前の俺に対する接し方をしたら、大抵の男子はお前のことを好きになると思うぞ」
「そうなの? 僕ってそんな魔性の女の素質あるのかな?」
「十分にある。ただでさえ顔は良いんだ、今後は気を付けた方がいいぞ」
呆れた顔をしながら、高御堂君はカフェラテに口を付けた。
その隙間を埋める様に芦塚さんも会話に混ざってくる。
「この前のお鍋の時は本当に酷かったわね。あの時の高御堂君は、今思い出しても不憫でならないもの」
「ああ、あれは酷かったな。俺も勇気を振り絞って好きだと言ったのに、西河は気に止めてもくれなかった。それからもセクハラまがいな事を続けるし、本当におかしくなりそうだったぞ」
「あれはそういう遊びだったから……もう止めた方がいいよね?」
「……芦塚はどう思う?」
「高御堂君が虚しくならないなら、私は別に構わないわよ」
「……西河、これからは程々で頼む」
程々とは?
確かに、止めろって言うと僕の挙動がおかしくなりそうだもんね。
それに、これ以上好きになられても、高御堂君の気持ちには応えられないから申し訳ないし。
「分かった。程々でやっていくよ」
「いや待てよ……そうだ、これからは俺がお前に好きだとアピールしていくことにしよう」
「は?」
どうしたの急に?
「これからは攻守交代といこうか。具体的な事が今すぐは思い付かないが、お前が俺にしてきた様な事を、これからは俺がお前にしていこうと思う。直接的なセクハラは控えるが、これからは覚悟しておくといい」
「え……僕何されるの?」
「いいわねそれ。高御堂君、好きなだけやってしまいなさい」
「感謝する」
芦塚さん……そこは止める所じゃないの?
「だってあなた、私のことが好きなのでしょう? だったら何をされても問題ないじゃないの」
縋る様に芦塚さんの顔を見つめると、とても良い笑顔で返事をしてくれた。
「そうなんだけどさぁ……もっとこう……私の西河にちょっかい出すな! みたいなのは無いの?」
「あなたを信用しているからこそ、こんなことが言えるのよ。私も、あなたを高御堂君に取られないように頑張るから」
「頑張らなくても取られないから、もっと気楽にいこう?」
なーんかおかしな事になってない?
「では高御堂君、細かいルールは追々決めましょうか。私としても見過ごせない事はあるのだし」
「そうしよう。失恋したばかりのはずなのに、何だか少し楽しくなってきたな」
「二人が楽しいならもう何でもいいや……」
高御堂君も僕の大切な友達だ。
下手に気を使って離れられるよりは過剰に構われた方が僕としても助かる。
芦塚さんが楽しそうにしているのも、芦塚さんにとって高御堂君が大切な人だからだろう。
それにしても、芦塚さんは一応恋人の僕が友達にちょっかい出すのを許しちゃうし、高御堂君はフラれた直後に意気揚々と僕にアピールを始めるのか。
二人共懐が深いというか何というか。
……本当に面白い人達だなぁ。
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