第66話 ホントにホントにライオンだ
「西河君、まだ拗ねてるの?」
「拗ねてないもん」
「拗ねてるじゃないの。やり過ぎた私が悪かったわ。ほら、かわいい顔を見せてちょうだい?」
お風呂で色々ありすぎたので今日は早めに寝ようとすると、当然の様に芦塚さんも僕のベッドに入ってきた。
しかし、裸を見られた恥ずかしさや諸々の情けなさで、今は彼女と向き合う気力が沸かず、壁に顔を向けたまま張り付いている。
お風呂では芦塚さんを見ないようにするので精一杯だったから、自分を隠すことなんて頭に無かったんだもん……。
「そんな事言って、芦塚さんは僕のたてがみの無いライオンを見て内心笑ってるんでしょ……仕方ないじゃんこんなの……」
「くっ……たてがみの無いライオンってあなた……急に面白い事を言わないでちょうだい」
「ほら笑ってるじゃん! やだもう恥ずかしい……」
何が面白いのか、芦塚さんは声を殺して笑っている。
こういったデリケートな話題で人を笑うのはタブーである。
ハゲにハゲって言ったら怒られるんだから!
そういうのは思っても口に出したら駄目なんだよ!
「ごめんなさい、別にあなたのライオンさんを馬鹿にしているつもりじゃないのよ。でも、たてがみの無い……ふふっ……あなたが変な事を言うから笑っただけなの。ほら、私が嘘を言っているように見える?」
どんな顔でこんな話をしているのか見てやろうと思って芦塚さんの方へと体を向けると、相変わらずの綺麗な顔と目が合った。
……ちょっとニヤついてない?
「やっとこっち向いた。どう? 嘘を言ってる様には見えないでしょう?」
「見ても分かんないけど……でも詐欺師って、良い人っぽい顔とか声で油断を誘うイメージない?」
「そうかしら? テレビで見る逮捕された犯罪グループの人達って、いかにもって顔の人ばかりだと思うけれど」
「あの人達は捕まるような二流だからね。本物は捕まらないからこそ一流なんだよ」
「あなたは詐欺師の何を知っているのよ。そもそも私もは詐欺師でも何でもないわ。失礼ね」
「ごめんごめん」
芦塚さんが僕のライオンハートを傷つけたのが始まりなのに、どうして僕が謝る展開になっているんだろう。
やっぱり僕は、何をやってもこの人には勝てないのか……もう拗ねてても仕方ないのかも。
「はぁ……でも今回はちょっとやり過ぎだったと思うよ。どうしてこんな奇行に出たのさ」
「お風呂でも言ったと思うけれど、あなたの体を見るのに理由が必要なのかしら?」
「必要だと思うよ……何、芦塚さんってむっつりなの?」
「むっつり扱いされるのは気に入らないわね。せめて性欲が強いと言ってもらえるかしら」
「そっちの方が大変な事だよ?」
性欲が強いの? なんて聞くのも聞かれるのも嫌だと思うけど……。
食欲旺盛なのもよく眠るのも悪口にはならないから、性欲が強いっていうのもおかしな事じゃないのかな?
でも、恥じらいは持った方が良いと思う……。
「私だって、誰彼構わず性的な目を向けている訳ではないのよ?」
「そうだったら怖すぎるよ……ていうか僕の体なんて見ても楽しくないでしょ。筋肉もなくて男らしさもないのに」
「そんな事ないわよ。どんな体付きだろうと、好きな人の体なら見ていて楽しいし、触れてみたいと思うのは普通の事でしょう?」
「それはそうかもしれないけど……ん? 今、好きな人って言った?」
「言ったわね」
芦塚さんと見つめ合ったまま、少しの沈黙が流れる。
好きな人って言った?
芦塚さんの……好きな人?
「えっ……どういうこと?」
「はぁ……ここまで言ってもダメなのね。あなたから告白してくるまで待っていても無駄だとは思っていたけれど、まさかここまでの分からず屋だとは……」
呆れた様に微笑みながら、芦塚さんは僕の頬に手を当てた。
布団の中に入っていた彼女の手は温かく、優しい手つきは彼女の言葉が本当なのだと伝えてくる。
「そうだったんだ……てっきりペット扱いされてるんだとばかり……」
「そんな筈がないでしょう。私はあなたのことが好きで、あなたも私の事が好きなのが分かっているからこそ、家に入り浸りもするし、同じベッドに入ったりもするのよ」
「なるほど……ていうか、僕が芦塚さんのことを好きなのは確定なんだ?」
「違うの?」
心底不思議そうに聞いてくるじゃん……。
「ち、違わないけど……」
「でしょう? 前にも言ったと思うけれど、私は告白されたい派だったのよ。でも、あなたがいつまで経っても行動に移さないからこうするしかないと思って。いい加減我慢の限界だったわ」
「だって芦塚さんが僕のこと好きだなんて考えられる訳ないじゃん! 犬扱いされてるか、それか男として見られてないかのどっちかだと思ってたから、告白するなんて……そんな事考えもしなかったよ」
「……そう思わせた私にも非がありそうね。確かに、少し過激な愛情表現だったのは認めるわ」
「少し……?」
少し所じゃないと思うけど……。
一緒に寝たり炬燵で背もたれにしたり、一緒にお風呂に入ったりって、付き合ってもいない好きな人にするには恥ずかしくない?
「それにしても、そんなことを考えていたのによくもまあ好きだとか結婚してとか言えたわね。あれは嘘だったの?」
「嘘ではないけど、相手にされてないと思っていたから言いたい放題な所はあったかなあ」
「なるほど。では改めて今、あなたから何か言う事があるんじゃないの?」
「えっ?」
「え、じゃないわよ。私にこれだけ言わせておいて、あなたはからは何もないの?」
少し恥ずかしそうに、何かを期待した顔を見せられては僕も覚悟を決めなくてはいけない。
男らしくビシッと決めてやろうじゃないか。
「そうだね……僕も芦塚さんのことが好きだから、これからもずっと一緒に居て欲しいな」
「ええ、喜んで」
返事と共に、芦塚さんは僕の胸に額を寄せてきた。
こんな時に気の利いた一言も言えない自分が情けない。
それでも僕の精一杯の気持ちは伝わったと信じよう。
変に気取るよりも、自分の気持ちをそのまま言葉にしたかったのだ。
「本当に僕なんかでよかったの? 芦塚さんのタイプった大谷翔平みたいな人だと思ってたのに」
「出たわね大谷翔平。前に先生にも言っていたけれど、あなたって大谷翔平選手のことが好き過ぎないかしら。私がいつそんな事を言ったのよ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
おかしいな……妄想と現実の区別がつかなくなってきたのかもしれない。
もしかして、これも現実ではない?
「全く……あなたのそういう訳の分からない事ばかり言ったり、男らしくない体付きで誰よりもかわいい顔をしていて、私がどれだけ甘えても許してくれる、そんなあなたが私は好きよ」
「お、おおう……ていうか、かわいい顔が好きって、芦塚さんは女の子の方が好きなの?」
「違うわよ。でも……そうね。あなたが女の子だったとしても、多分この気持ちは変わらないと思うわ。男の子で良かったとは思うけれど」
「……そ、そうだね! たてがみは無いけどライオンもあるしね!」
顔が女っぽいと言うだけで男子から告白され続けてきた僕にとって、彼女の言葉は本当に嬉しかった。
もしかしたら、中にはそう思ってくれていた人も居たかもしれないけれど、言葉にしてくれたのは彼女が始めてだったから。
けれどもそれが恥ずかしくて、僕の口から迂闊な発言が飛び出してしまった。
「そうね。お互いに好き同士なのだからもう何も問題ないわね。さあ、あなたのかわいいライオンさんを出してもらおうかしら!」
「さっき見たって言ってたじゃん! あっ……ちょっ……ズボンを脱がせようとするのやめて!」
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