第64話 おあがりよ!!
「これを……あなたが作ったの?」
「そうだよ! すごくない?」
「すごいわね。でも、どうしてビーフシチューなの?」
今日は僕の家で芦塚さんの誕生日を祝う会が行われる。
誕生日自体はもう過ぎちゃってるから、祝う会と言ってもご飯を食べるだけの簡単な集まりだ。
「僕が食べたかったのと、あとは何かめでたい感じがしない?」
美味しい物を食べると服が弾け飛ぶあの漫画のビーフシチューが食べてみたかったから、この機会に自分で作ってみたのだ。
テール肉はちょっと無理だったから、調べて出てきたレシピにベーコンを足しただけの、本家とはかけ離れたものになっちゃったけど。
でもちゃんとしたビーフシチューなのは間違いないからいいの。
コンビニにあるパックのやつと違ってちゃんとお肉がメインになってるし。
「なるほど……あなた、やればできるじゃないの。普段からやったらどうなの?」
「嫌だよめんどくさい。こういうのは偶にやるからいいんだよ」
これだって本当にめんどくさかったんだから!
馬鹿みたいに時間かかるし。
シチューが時間かかるのは仕方ないにしても、人参のグラッセは本当に大変だった。
なんで人参を煮るだけで30分もかかるの?
たいして美味しくもないのにさ。
「ケーキの時もそうだったが、案外西河は料理が得意なのかもしれんな」
「お兄ちゃんがやればできるなんて信じらんないよ……!」
高御堂君と妹の渚も驚きを隠せない様子だ。
どうして渚が居るのかというと、僕の作った料理で芦塚さんを祝うと言ったら、失敗した時の保険として自分も行くとの連絡があったからである。
そもそも渚に連絡した時は、試作も終わってて大丈夫な自信があったんだけどね。
まぁそれも信じてもらえませんでしたが。
「今回の事で皆が僕のことをどう思ってるのかよーく分かったよ。これからは料理もできる西河として生きていくから、そこんとこよろしく」
「何をよろしくされているのか分からないけれど……とにかく、作ってくれて嬉しいわ。ありがとう西河君」
「芦塚さんが喜んでくれてよかった。じゃあ食べましょうか」
席に座って食事を始める。
今晩のメニューは西河特製ビーフシチューに買ってきたガーリックトースト、あとは買ってきたサラダだ。
ビーフシチューに全労力を注ぎ込んだから他の物は許して欲しい。
多分作るより買ってきたやつの方が美味しいと思うし。
「いただきまーす。んっ! 美味しいじゃんこれ! 本当にお兄ちゃんが作ったの?」
「お前は作ってる時一緒に居たじゃん……」
実際に料理してる所を見ても信じられないって何?
「本当に美味いな。見直したぞ西河」
「そうだよ。皆僕のこと馬鹿にしすぎなんだよ」
「私はそこまで馬鹿にしているつもりはないけれど、これは本当に良く出来ているわね。ちゃんと美味しわよ」
「よかったー!」
試作したせいで今週はこればっかり食べてたから、正直自分では食べても良し悪しが分からなくなっていた。
なので皆が美味しいと言ってくれるてホッとしたけど、ここは強気でいこう。
「そもそもさ、どうして皆は僕の事をそんなに何もできないやつだと思ってるのさ。一人暮らしする生活力もあるし、学校の成績だって二人が凄すぎるだけで僕だって一応学年で3位なんだよ? 勉強も家事もできてその上かわいい、そんな完璧なやつだと思われてる方が自然じゃないの?」
「どうしたの急に? 自己評価がかつてない程高いじゃないの」
「客観的事実だよ」
「……そういう所だと思うぞ?」
いやいやいや。
どういう所か分かんないけど、こればっかりは譲れないね。
食生活がゴミカスなのは認めるとしても掃除洗濯はしっかりやってるし、成績が良いのも数字として出てるじゃん。
あのシーサーに印象を持ってかれ過ぎなんだよ。
「私としては、そもそもお兄ちゃんの成績良いってのが信じられないんだよね。何かインチキしてない?」
「してないよ! ちゃんと勉強してるから今の成績があるの!」
「本当かなぁ……」
この子ったら、何て事言うの!
「ていうか渚の方はどうなの? 成績悪そうだけど進級できるの?」
「進級は大丈夫だよ! 成績は下から数えた方が早いけど」
「大丈夫じゃないじゃん。今度勉強教えてあげようか?」
「嫌だよ。教わるなら真理さんか高御堂さんが良い」
「えぇ……」
芦塚さんにはともかく高御堂君にも負けるのか。
兄としての威厳が……いや、元々無いからいいか別に。
久しぶりに会った時に本人だって気づかれなかったくらいだし。
「そもそも勉強は人に教わるものなのか? 勉強なんて暗記が殆どだろう」
「あー分かる。英語教えてって言われても、単語覚えたらあとは文法覚えるだけだよね」
「英語は特にそうだな。国語だけは厄介だが」
「僕も国語は苦手だよー。勉強のやり方は高御堂君と結構似てるのかもね」
「かもしれんな」
珍しく高御堂のと意気投合していると、渚は妖怪でも見たかのような目でこちらを見ていた。
「えっ……暗記するだけって、ホントに言ってる?」
「だってそうじゃん」
「じゃあお兄ちゃん、テスト前も英語は単語の勉強して終わりなの?」
「英語はテスト前に範囲の単語をおさらいして終わりだね。日頃から単語帳で結構勉強してるし」
「嘘でしょ!? 日頃から勉強してるの!?」
「そりゃそうだよ……」
嘘でもそこそこの偏差値の学校で3位の男だよ?
いや、何も嘘じゃないんだけどさ。
「うわぁ、お兄ちゃんが急に頭良い人に見えてきた……」
「何で嫌そうなの?」
「……じゃあ他の科目はどうしてるの? 何か参考になるかもしんないし、どうやって勉強してるのか教えてよ」
どうしてそんなにも心底嫌そうなのかは教えてくれないのね……。
お兄ちゃん悲しい。
「んー……文系科目だと世界史は範囲の一問一答を問題文ごと丸暗記してて、国語は古文漢文を丸暗記して漢字のおさらいかなあ。あと数学とかは出そうな問題って何となく分かるでしょ? だからそこだけ完璧にする感じ」
「……お兄ちゃん何言ってんの?」
「え?」
ドヤ顔で僕の勉強方法を語ってみた所、芦塚さんも高御堂君も納得していない様子だった。
芦塚さんはともかく、高御堂君は急に梯子外すんだね……。
「あなた、本当にそんな事を考えてやっているの?」
「う、うん……何か変だった?」
「色々おかしかったけれど……取り敢えず、世界史の勉強は世界地図で地理を把握したり、物語に見立てて覚えるのが一般的ではないの?」
「世界地図を覚えるのがまず難易度高くない? 僕、国の位置どころか県の場所もよく分かってないのに」
国も県も多すぎるんだよ。
世界史なんてざっくりヨーロッパとだけ分かってれば困らないと思うけんだど。
年代も古い順から暗記していけば時系列も分かるし。
「国はともかく県の場所くらいは覚えなさいよ……よくそれで勉強方法なんて語れたわね」
「でもこのやり方でずっとやってきたけど、今の所困ったことないもん」
「世界史についてはまだ許せるが、数学の出る問題が分かるとは何だ?」
裏切り者の高御堂君が小さく手を挙げて質問してきた。
英語は丸暗記以外は全然合ってなかったのか……。
「授業聞いてると、あーこれが出るんだろうなーって分からない? たまに外すと大変な事になるけどね」
「すまん西河、聞き直しても理解できなかった」
「えぇ……」
「やっぱりお兄ちゃんがおかしいんじゃん! そんなだから駄目なやつだと思われがちなんじゃないの?」
「そんなこと言われても……でも、100点目指して全部やるより90点目指して丸暗記した方が楽だと思わない?」
「……そう言われるとそうなんだけどさぁ。取り敢えずお兄ちゃんが役に立たないことだけは分かったよ」
おかしい……丸暗記なら誰にでもできるはずなのに……。
楽な勉強方法なんて無いんだよ!
「どうして西河君の評価が低いのかがよく分かったわ。今回に限らずだけれど、あなたの言っている事はやっぱり少しおかしいもの」
「うん。今の話を聞いても、お兄ちゃんが成績が良い理由が全然伝わってこなかったし」
「まあ西河らしいと言えばらしいな」
「……ケーキ食べよっか」
ケーキは好評だったものの、結局僕の言っている事は理解してもらえなかった。
僕の頭が良すぎて理解されないのかなって思ったけど、渚はともかくあの二人よりも僕の頭の出来が良いはずがないから、やっぱり僕がおかしいのかもしれない。
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