第63話 高御堂母現る

「ここが高御堂君のハウスね……」

「なんだそれは? いいから早く入れ」

「はーい」


 今日は高御堂君の家でケーキ作りを行う日だ。

 てっきりマンションかアパートの一室に住んでいると思ってたけど、普通の一軒家だったことに驚きを隠せなかった。

 北海道の人がどうして愛知に家があるんだろ。

 お金持ちって皆そうなの?


「今日は一日誰もいないから遠慮するな。材料は多めに買ってあるから存分に失敗してくれて構わん。いざとなったら俺が作ろう」

「あ、ありがと……でも失敗する予定は無いから自分でやるよ?」


 俺が作るとか言ってるけど高御堂君も料理したことないんでしょ?


「そうなればいいんだがな」

「大丈夫だってー」


 高御堂君には事前に必要になる物を揃えて貰った。

 まぁ余ったらお手伝いさんとやらに使ってもらえばいいし、多めに買ってきてくれた分も無駄にはならないだろう。

 キッチンを見ると、既に使う予定の器具や材料が用意されていた。


「おおー、準備までしてもらって申し訳ないね。じゃあ早速始めようか」


 ケーキ作りと言っても基本的にはフードプロセッサーで砕いて混ぜて焼くだけなので難しいことは何もない。

 にも関わらず高御堂君は、どこか失敗を期待している目を僕に向けているのが腑に落ちない。

 動画で実際に作ってる所も見たし、多分失敗しないよ?

 ていうか混ぜるだけだから失敗しても分かんないと思うの。


「意外と手際が良いな。やれば出来るではないか」

「だからそう言ったじゃん。それにこれは簡単だし」

「それならばどうしてシーサーはあんな事になったんだ?」

「あれは料理じゃないから……」


 あのオブジェクトの事はもう忘れてくれないかな?

 あの顔、夢に出てきそうなんだよね。


「じゃあ後はこれを焼くだけだね。ここまでは結構綺麗にできてない?」

「そうだな。これが謎の力で爆発しない限りは大丈夫だろう」

「どうしてそんなに爆発させたいの? 怖いから僕の居ない所で爆発させてよ」

「俺が作った物が爆発するはずないだろう」

「これもしないよ……爆発するような材料無かったじゃん」


 芸術は爆発だと思っているの?

 でもこれは料理だからアートじゃないんだよね。



 あとはケーキをオーブンに入れて45分待つだけだ。

 テーブルで高御堂君と二人、手持ち無沙汰になりながら待っていると、ガチャリと玄関の開く音がした。

 

「えっ、今日は一日ずっと誰もいないんじゃないの?」

「そのはずだったんだが……マズイな」

「マズイってどういうこと? まだ食べてもないのに酷いよ……」

「馬鹿か。ケーキの話ではない」


 ちょっとボケてみただけなのに馬鹿とか言われてショックです……。

 それにしても、これまでに見たことがないくらいあたふたしている高御堂君は面白いなぁ。

 平静を装ってるけど隠しきれてないのがまた面白い。

 帰ってくるのはお手伝いさんだと思うんだけど、そんなに会わせたくないのかな。

 どんな人が来るのかワクワクしているとリビングのドアが開いて、一人の綺麗な女の人が入ってきた。


「大地ちゃんただいまー! あら、この子が例の西河ちゃんね!」

「お、お邪魔してます……西河祐希です……」


 あら、この人が例のお手伝いさんね!

 大地ちゃんって呼んでるけど距離感バグってない?

 陽キャって皆そうなの?

 それにしても綺麗な人だなぁ……いや、どっちかって言うとかわいい系って感じかな?

 目もパッチリしていて小顔だし、肩にかかるくらいの長さの髪もツヤっツヤだ。

 良いトリートメントを使ってるでしょうねぇ……。

 ていうかこの人の顔、どっかで見た事ある気がするんだけどどこでだっけ?

 こんなに綺麗な人なら忘れないと思うんだけど。

 テレビだったかお店の人だったか……ダメだ、思い出せない。

 所で例の西河ちゃんって何?

 

「帰ってくるのが早くないか? もう少し遅くなると聞いていたのに」

「それがね、思ったよりも早く用事が終わっちゃったのよー。だから私も西河ちゃんに会いたくて来ちゃった!」

「来ちゃったではない……全く……」


 全くで済ませるんだ……。

 この人には逆らえないというのがこの短い会話でも伝わってきたし、このお手伝いさんは只者ではないな。

 お手伝いさんは荷物を置くと、おもむろに高御堂君の横、僕の斜向かいの席に座った。


「始めまして西河ちゃん、大地の母の鈴音です。いつも大地と仲良くしてくれてありがとね!」

「えっ……お母さん……?」


 若っ!

 いやそれよりもさ、高御堂君はお手伝いさんって言って無かったっけ?

 そう思って高御堂君に顔を向けると、サッと顔を逸らされてしまった。

 ……いや、別に怒ってないよ?

 説明して欲しいとは思うけど。


「はぁ……どうして横に座るんだ? 早く何処かへ行ってくれ」

「もう、そんな事言って! 西河ちゃんの前だからって、家ではそんな口の利き方しなくてもいいのよ?」

「やっぱり家ではこんな話し方じゃないんですか?」

「そうよー! 家では昔の話し方そのままなのに今日は違うのよ。大地ちゃん、かわいいわねー」

「おい……やめてくれ……」


 これは酷い……。

 普段とは違う口調を親に聞かれるのは恥ずかしいことこの上ないだろう。

 僕だって先日の合コンでの姿を父さんに見られたら……いや、案外大丈夫かも?

 多少の嫌悪感はあっても、開き直って『僕かわいかったでしょ?』って言える気がする。

 けど父さんの方が可哀想だからやっぱり見られたくないな……。

 僕の場合、母親はもう論外だよ。

 向こうも僕が生きている所を見たくないと思うし、僕も息を吸ってる所すら見ないでほしい。


「おぉ……お母さんと話す高御堂君って何か新鮮だね。いつも通りにしてもいいんだよ?」

「うるさい。絶対に嫌だ」


 ……ちょっと漏れてない?


「しかし高御堂君のお母さん綺麗ですね……最初に見た時も、お手伝いさんだって疑いもしなかったですよ」

「西河ちゃんったら、かわいいだけじゃなくてお世辞まで上手なのね。それに、お手伝いさんが居るって聞いてたの?」

「そうですね。お母さんだとは聞いていなかったので驚きました」

「西河……それくらいで勘弁してくれないか……?」

「えっ?」


 僕としては特別変な事を言ったつもりは無かったけど、何故か高御堂君はダメージを受けている。

 母親をお手伝いさんだと偽ったことくらい何でもなくない?

 意味は分かんないけど。


「この子ったら、西河ちゃんが一人暮らししてるのに自分が親と一緒に来たのが恥ずかしいからって、お手伝いさんだって見栄を張っちゃったのねぇ。まだ高校生なんだから親と暮らすのは普通なのにね?」


 なるほど。

 こんな所でも見栄っ張りが出てしまったのか……。

 でも親と暮らすのってそんなに恥ずかしいことでもなくない?


「そうだよ高御堂君! 僕の家庭はちょっとあれなだけで、一人暮らしじゃないからって恥ずかしがらなくてもいいのに」

「……」


 駄目だこいつ、もう口を開く元気もないらしい。

 相変わらず高御堂君は変な所を気にするなぁ。

 母親と二人で暮らせるなんて羨ましい限りなのに。

 真っ当な家庭で真っ当に生きてるんだから、もっと自慢してもいいくらいだと思うの。

 一人暮らしが偉いなんてのはネットの幻想だよ。

 仲が良いなら親に全部やってもらった方が楽に決まってるじゃん。

 僕の場合は親と仲良くできないから自分でやるしかないんだけどね。


「それにしても西河ちゃんは若い頃の私に似てるわぁ。ねえ、大地ちゃんもそう思わない?」

「若い頃の母さんなんて覚えてないよ……」


 高御堂君、完全に素が出てますよ!

 声がいつもよりも柔らかいし……なんかかわいいな。


「僕がお母さんに似てるって、そんな恐れ多いですよ! そんな……そんな……んん?」


 改めて高御堂君のお母さん、ママ御堂さんの顔をよく見てみる。

 言われて見れば髪型も殆ど同じだし、顔の骨格というか雰囲気は確かに似ているかもしれない。

 具体的に何処が似ているかを挙げられる程自分の顔のパーツは覚えてないけど、先程の見覚えのある感覚は自分の顔なのだと理解できたくらいには面影がある。


「お母……さん?」

「そうよー! 西河ちゃんはやっぱり私の娘なのね!」

「違う……」


 そうだ……僕は娘じゃない……息子なんだ……。

 高御堂君が違うって言ってくれなかったら娘として生きていく所だった……危ない危ない。


「大地ちゃんは昔からお母さんっ子だもんねー! 西河ちゃんにゾッコンなのも分かるわー!」

「ちょっ……ホントにやめて?」

「あー、男の人って潜在的にマザコンな人が多いらしいですもんね。高御堂君も恥ずかしがらなくていいんだよ? こんなに綺麗なお母さんなら仕方ないって」


 ていうか僕は、自分に似た人を綺麗だとかかわいい系だとか言ってたの?

 やだ……自分のこと大好きみたいじゃん……。


「もう! 西河ちゃんったら! もう私の娘なんだし、祐希ちゃんって呼んでもいい?」

「はい、お母さん」

「お願いだから西河はお母さんって呼ばないで……」

「ごめんごめん」


 確かにこの光景は高御堂君にとっては地獄そのものだろう。

 でも何か面白いから仕方ないじゃん。


「さてと、新しい娘もできたことだし、私はそろそろ席を外そうかしらね。祐希ちゃん、帰りは送ってあげるから声かけてね!」

「はーい、ありがとうございまーす」

「それじゃあごゆっくりー」


 そう言うとママ御堂さんはリビングを後にした。

 残された僕達は口を開くことができず、気まずい沈黙を噛みしめることしかできない状況だ。

 高御堂君はまだお家モードだろうし、調子を取り戻すまで静かにしといてあげようかな……。



 高御堂君の声よりもオーブンが焼き上がりを知らせる音の方が早く聞こえた。

 二人とも会話を諦めてスマホ触ってたし、高御堂君が元気になるのはまだ先みたいだ。

 高御堂君を放置してオーブンを開けると、中のチーズケーキは綺麗に焼けていた。

 均一に焼き色が付いてるし見た目は大丈夫そう。


「高御堂君できたよー! ほら見て、ちゃんと出来てるよ!」

「……ああ、上手くできたな。あとは冷ましてから冷蔵庫に入れておくんだろ? 明日持っていってやるから、今日はもう帰れ」

「う、うん……じゃあお願いしよっかな?」


 口調は戻ったものの、高御堂君の目には生気が無かった。

 こういうのって他の人が思うよりも当事者はダメージ受けてるものなんだよね……。

 なんか可哀想だし今日はもう帰ろうかな。


「では、母を呼んでくるから少し待っていてくれ。一応言っておくが、帰りの車の中ではこれ以上余計な事を言うなよ?」

「かしこまりました」

「ならば良し」


 これ以上も何も、余計な事を言った覚えはないのに。

 まぁ良しって言ってるしいいか。

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