第62話 バレンタインバースデー
バレンタイン、それは男子にとって大きな山場だと思う。
女子による男の格付けチェックが行われ、一つも貰えなかった男子は劣等感や自己嫌悪、恨み妬み羞恥の感情に沈められる恐ろしい日だ。
男子高校生にとって貰えたチョコレートの数とは、空手家が割れる瓦の枚数だったり、ヤンキーが自分一人で勝った喧嘩の人数と同じくらいに大切と言える。
僕にとっては芦塚さん生誕祭のオマケみたいなイベントなんだけどね。
「西河君は誰かにチョコあげるの?」
「え、一応高御堂君にあげるけど……何でそんな事聞くの?」
女子という生き物はバレンタインで浮足立つ。
普段は話しかけてこない丸山さんも、今日に限ってはこんなどうでもいい事で絡んでくる。
そもそもだけどさ、僕は男なのに、どうして誰かにあげるって話になるの?
まぁ高御堂君に用意してる時点で反論できないんだけどさ。
でも彼が僕の事を女子だと思ってるから仕方ないじゃん!
仲のいい女だと思ってる友達から何も貰えなかったらあの人泣いちゃうよ?
「高御堂君だけなんだー。いやあ、西河君ならモテない男子達にチョコをばら撒いたりしないかなって思って」
「そんなことやる訳ないじゃん……ていうか、男だって分かってる人は僕から貰って嬉しいの?」
「誰からでも貰えたら嬉しいんじゃない? ほら、向こうの男子もこっちをチラチラ見てるし」
彼女の視線の先には、確かにこちらを意識している男子達の姿があった。
でもあれは丸山さんの声が大きいからだと思うの。
「でも僕が全員にチョコを配ってたら流石にキモくない? 『うわこいつ、女子のつもりかよ……男なのにチョコを配る自分に酔ってそう……』ってなるよ」
「んー……ならないと思うよけど、まあいいや! はいこれ、西河君にあげる!」
丸山さんは納得できない気持ちを投げ捨てると、僕に綺麗な包装の施されたチョコレートをくれた。
「え、いいの? おお……ありがと……」
「西河君には文化祭でお世話になったからね! 来年もよろしく!」
「いや来年はやらないけど……まあ、とにかくありがとうございます」
芦塚さん以外から貰ったのは初めてだから普通に嬉しい。
やだ……丸山さんがいつもより綺麗に見えるかも……?
「あとついでに、後で高御堂君にこれ渡しといてね。じゃあ私、他の人にも配ってくるから!」
僕の机にもう一つのチョコレートを置いていくと、彼女はどこかへと消えていってしまった。
別にいいんだけどさー、愛がないなー……。
この世界に愛がなかったらあ行がうえおだけになるってCMでも言ってるから大事にしないと駄目だよ?
見る度に金貸しが何言ってるのって思っちゃうけど。
詳しく知らないからあの仕事を悪く言うつもりはないけどさ、愛はお金じゃ買えないんじゃないの?
……いや買えそうだな。
パン君の友達の芸人とかは、愛をお金で買うのに成功してそうだし。
……そういう事言っちゃダメだよね、ごめんなさい。
愛と世界平和について思考を巡らせつつ、チョコレートが欲しそうな視線を送ってくる男子達を無視し続けていると、ようやく高御堂君が男前な顔面を引っさげで教室へとやって来た。
普段よりも重役出勤だし、あっちこっちで引っ張りだこだったに違いない。
モテる男は大変だねぇ……。
「おはよう高御堂君。チョコいる?」
「朝の第一声がそれなのか……」
「そりゃーバレンタインだからねえ。なんか沢山貰ってそうだし、迷惑なら辞めとこうと思って」
「数は言いたくないが、そんなに沢山は貰ってないぞ」
その言い方だと2個以上は貰ってるのか?
数える必要があるなら十分多いと思うの。
教室に来る前なら多くても精々1個じゃないのかな……。
なんだこいつ……モテ男かよ……かわいくねぇ……。
「……まあいいや。はいこれ、丸山さんから」
「ありがとう……いや、どうして丸山の物をお前から貰うんだ?」
「さっき僕も貰ったんだけど、その時に渡しといてって預かったの。風情がないよねえ」
「お前も貰った? なるほど、後で丸山に礼を言わないとな。取り敢えず貰っておこう」
どうして不思議そうにしているの?
今時は女の子同士でチョコレートの渡し合うのって普通だと思うんだけど。
でも、この男は以外と女子の世界に疎そうだからなぁ。
僕も疎いけどさ。
何か怖いもんね。
「それで、お前からはないのか?」
「……へぇー、高御堂君は僕のチョコが欲しいんだー?」
「いや、やっぱりいらん」
僕のニヤついた顔が気に入らなかったのか、高御堂君はそっぽを向いてしまった。
なんだこいつ……結構かわいい所もあるじゃないか……。
あんまりからかっても可哀想だし、さっさとあげちゃおうかな。
「冗談だってー! ちゃんと買ってきてあるから大丈夫! 手作りじゃないから安心して?」
「手作りじゃないから安心しろと言いながらチョコを渡すのはお前くらいだぞ。全く……相変わらず面白い女だな」
憎まれ口を叩きつつも、彼の口元は緩んでいた。
きっと僕から貰えるかが心配だったのだろう。
僕も今、芦塚さんがちゃんと用意してくれているかが心配で仕方ないから気持ちは分かるよ。
芦塚さん……お願いしますよ……?
「結構高いやつだから美味しいと思うよ。一粒しか入ってないのに1000円以上したし」
「無駄に高いな……もっと普通のでもよかったんだぞ?」
「どうせ高御堂君は沢山貰うだろうし、量が多いと可哀想だと思ったんだよ。チョコばっかり食べてるとニキビできちゃうよ?」
「お前は妙な所だけは気が利くな……」
え……普段は気が利く奴ではないと……?
い、いや……きっと高御堂君の言い間違いに違いない。
言葉の綾ってやつだ。
僕がそんな無神経野郎だと思われているはずがないじゃん……。
「二人ともおはよう。今日も楽しそうね」
「あ、芦塚さんおはよー!」
暗い思考から女神の声で拾い上げられ、僕の脳は正常に復帰することができた。
これ以上考えていたら危なかったかもしれん。
「西河君もチョコレートを用意していたのね。これは私から二人に。はい、ハッピーバレンタイン」
「ありがとうございます……!」
「ありがとう芦塚」
えっ、芦塚さんのハッピーバレンタインかわいっ。
おかわりできないかな?
それしにてもよかった……今年も貰えた……!
芦塚さんからのチョコレートを表彰状の様に受け取って懐に収める。
これが無かったら自宅でひっそりと息を引き取ることになっていたかもしれない。
芦塚さんのおかげで今年も生きていけます。
「じゃあ僕からはこれ。芦塚さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。毎年悪いわね、今年は何が入っているの?」
「何か東京で有名なバターフィナンシェ。僕も食べたけど美味しかったよ」
「ああ、あのお店のやつね。食べてみたかったから嬉しいわ」
「よかったー」
名前は忘れたけど、あの有名なお店さんありがとう。
おかげで今年も芦塚さんに喜んで貰えました。
「芦塚、これは俺からだ。色々と世話になったな」
「高御堂君も用意してくれたの? ふふっ、ありがとう」
……なんか高御堂君からの方が反応良くない?
くそっ、芦塚さんを喜ばせるのは僕の仕事なのに……!
「所で西河の誕生日はいつなんだ?」
「それがこの子、何故だか教えてくれないのよ。私も何度か聞いてみたのだけれど、どうしても口を割らなくて」
「そうなのか。おい西河、いつなんだ?」
「どうしてその聞き方で僕が教えると思ったの?」
僕の誕生日は芦塚さんと近いから言いたくないんだよね。
なんか僕が祝って欲しくて芦塚さんに何かしてるみたいになっちゃうじゃん。
僕はそんな不純な動機じゃなくて、もっと純粋な気持ちで芦塚さんに貢いでいるのに。
「私も貰いっぱなしでは申し訳ないと思っているのよ。でも聞いても無駄だったから、西河君の誕生日は3月3日ということにして去年はお返しをしたわ」
「なるほど。なら俺もそうしよう」
「二人とも無理しなくていいんだよ? 僕はお返しが欲しくて芦塚さんにプレゼントしてるんじゃないんだし。ていうか何でその日なの?」
「ひな祭りってかわいらしいイメージがあるから、あなたにピッタリじゃないの」
「そうだな。本当にその日でも違和感はないな」
「そんな無茶苦茶な……」
何が怖いって3月3日が本当に僕の誕生日なことなんだよね……。
バレるような事はなかったと思うし、本当に偶然なんだろうけどさぁ。
「そ、それよりさ! 土曜日は芦塚さんにケーキを焼いてくるから楽しみにしててよね!」
「ケーキまで作るの? 本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。高御堂君の家でやるし」
「安心しろ芦塚。俺がちゃんと監視しておく」
「なるほど……それなら変な事にはならなさそうね」
高御堂君への信頼厚すぎない?
「ケーキ作りで変な事になるって何……もうウェディングケーキでも作ってみようか?」
「私は式をやるつもりはないから必要ないわ。籍だけ入れましょう」
「わかった。僕も結婚式はお金が勿体ないと思ってるからそうしようか」
「ええ。ちゃんと就職できたら一緒に役所まで行きましょう」
「……そもそも作れるのか?」
作れないし、多分芦塚さんと籍を入れることもないと思うの。
……芦塚さんと結婚かぁ。
する人が羨ましいなぁ。
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