第56話 イルカは賢い

 修学旅行最終日、美ら海水族館へ行ったらそのまま空港へ直行だ。

 ようやく帰れる……。

 昨日の夜は先生との刃牙談義で盛り上がったのもあって寝るのが遅くなってしまった。

 酔っ払った先生と寄しくも同じ構えごっこをしたのは楽しかったけど、今になって思うと教師と生徒で何してんだとも思う。

 先生とはしゃぐハブられた生徒……なんて悲しい構図なんだ。

 でも今回の旅行でこれよりも楽しかったことは無いし、悲しい生徒として最後まで涙を隠して過ごしましょうね。



 ホテルから出てバスに乗ること暫く、ようやく水族館へと到着した。

 入口にあるサメの像で集合写真を撮ると、そこからは自由行動となる。


「今日は他の奴らに誘われているから俺は別行動になるが、西河は大丈夫か?」


 この三人で回るのかと思っていたが、高御堂君は違うみたいだ。

 他に友達がいない僕に確認を取ってくれるのは優しさなのかもしれないけど、残酷な現実を突きつけられるようで悲しくなる。


「いいけど……もしかして芦塚さんも他の人と回るの?」

「私も誘われていたけれどそっちは断ったわ。高御堂君が別の人と回ると昨日聞いていたし。修学旅行最終日に一人になるのは、いくらなんでも西河君が可哀想でしょう?」

「ありがとー! もし一人だったら喫茶店にずっと居ることになってたよ」


 流石芦塚さんだ……。

 先生と語りあった翌日に一人で水族館に居たら、いくら僕でも結構落ち込んでたと思う。

 惨めさに耐えかねてこの水族館で見世物になる人生を選んでいたかもしれない。

 イルカショーの横で西河ショーとか開かれそう。

 名物になったらどうしよう……。


「そうか、なら安心した。それじゃあまたな」

「バイバーイ」


 他の友人の元へと去っていく高御堂君を、手を振って見送る。

 あれは他の女の元へ行くんでしょうねぇ。

 その女も折角水族館に来たんだから高御堂君の顔じゃなくて、ちゃんと魚を見ないと駄目だよ?


「それじゃあ私達も行きましょうか。西河君、はぐれないように気をつけてね。手を繋いでおく?」

「子どもじゃないんだし大丈夫だよ。それに、皆の前で手を繋ぐのは恥ずかしいからやめとく」

「そう……なら、また二人きりの時にね」


 二人きりになるのって大抵僕の家だから、はぐれることもないし繋ぐ必要ないんじゃないかな?

 年末もそうだったけど、この人は二人きりの時は手を繋ぐだけじゃ済まさないじゃん。

 別に嫌とかじゃないんだけど……。



 中に入ると、まず生徒達が集まっていたのはヒトデやナマコを触れられるコーナーだった。

 未知の感触にキャーキャー言う自分をかわいいと思っている女も一緒に展示されるコーナーなのか、どの女子生徒もナマコに触っては騒いでいる。

 叫ぶくらいなら触らなきゃいいのに……。

 それに、本当にかわいい人はそんなことしなくてもかわいいんだよ?

 そんな水族館でしか見られない生物を横目で見つつ通り過ぎ、スロープを下った先にある大きな水槽の前にやってきた。

 この水族館の目玉なのか、水槽の前には人だかりができている。


「すごい大きいねー。人が多くて近寄れないのが残念だけど」

「そうね。ここからだとよく見えないし、次にいく?」

「僕はいいけど芦塚さんはいいの? ここまでもあんまりちゃんと見てないのに」

「構わないわよ。綺麗だとは思うけれど、そこまで興味がある訳でもないから」

「なら次に行っちゃおうか。時間が余ったらまた戻ってくればいいしね」


 水族館には初めて来たけど、正直水槽を見ていても『魚が泳いでるなぁ』くらいの感想しか出てこない。

 恐らくだけど、そんな僕に付合ってくれている芦塚さんもそうなのだろう。

 芦塚さんはゆっくり見たいなら一人で回るって言いそうだし。

 そうして大きな水槽を通り過ぎて深海魚の階までやって来た。

 薄暗く静かな会場には人が少なく、ここならゆっくりできそうだ。


「僕もこの深海生物に生まれたかったなあ……」

「どうしたの急に? 変わった外見で注目されるけど普段は外に出ない辺り、今も似たようなものだと思うけれど」


 言い方〜。

 それとない悪意を感じます。


「なんかこの生き物って餌が少ないから水中のバクテリアを食べて生きてるらしいんだよね。そこら辺に食べ物があるって羨ましいし、人目に触れずに自力で生きていく姿に憧れるなって」

「また馬鹿な事を言って……あなたがこの生き物に生まれていても、変に目立ってすぐに食べられちゃうわよ」

「僕はこれに生まれてたとしても性別不明な外見なのか……」


 ていうかこいつに性別ってあるの?

 そんな謎の生き物を見た後も、人の少ない深海コーナーはじっくり見ることができた。


「ほら芦塚さん、このサメかわいくない?」

「安心しなさい。あなたの方がかわいいわよ」

「別にかわいいって言う自分がかわいいと思って言ったんじゃないからね?」


 呆れて芦塚さんの方に目をやると、彼女はサメではなく僕の顔を見ていた。

 ちゃんとサメを見ましょうよ……僕の顔ならいつでも見れるじゃん。


「ずっと聞きたかったのだけれど、あなたって高御堂君を惚れさせたいの?」

「どうしたの急に? そんなことは全然思ってないけど」

「最近のあなたを見ているとそうとしか思えなくて。じゃあもし、本当にそうなったらどうするの?」

「高御堂君が僕の事を好きになったらかあ……」


 無いとは思うけど、同じ部屋を嫌がったりと完全に女の子扱いされているし、可能性がゼロだとは言えないのかもしれない。

 そもそもほとんど話した事のない相手からも告白されるくらいだ。

 仲良くしている高御堂君が僕に落ちちゃっても不思議はないのか?

 でもこの考え方が自意識過剰で恥ずかしい……。


「好きになっちゃったなら仕方ないとは思うけど、告白されるのは困るかなあ。気まずくならないなら何でもいいんだけどね」

「告白されたら断るのつもりなの?」

「そりゃーね。高御堂君はいい人だけど友達以上には思えないって言うか……」


 思わせぶりな態度を取るクソ女ごっこをしていると、芦塚さんから冷ややかな視線が送られてくる。

 あなたから始めた話題なのに……なんか理不尽じゃない?


「逆に聞くけど芦塚さんはどうなの? 高御堂君に告白されたら付き合うの?」

「まさか。趣味が合うとは思うけれど、友達以上には思えないわ」

「思わせぶり女だ……」

「あなたの真似をしただけよ。でも、概ねそんな感じね。彼とお付き合いしたいとは思わないわ」

「信じていいの? もしこれで、後日二人が付き合い始めたら人間不信になるよ?」

「大丈夫よ。あなたっていつも私と高御堂君をくっつけだかるけど、どうしてなの?」

「別にくっつけようとは思ってないけどさ、二人はお似合いだし、そうなったらひっそりと姿を消そうと決めてるから」


 僕にバレないように影でイチャつく遊びでも始められたらたまったもんじゃない。

 今後二人とどう接していけばいいというのか。


「安心しなさい。私と高御堂君が付き合うのはあり得ないわよ。断言していいわ」

「何か高御堂君からが振られてるみたいで可哀想だけど、約束だよ?」

「あなたも振ってたじゃない」


 高御堂君……カワイソス……。

 失敗が確定してしまってし、僕にはもちろん芦塚さんにも告白はしないでほしいなぁ。



 深海コーナーを出た後は外にあるイルカラグーンへとやって来た。

 ショーは行われていないものの、イルカの泳ぐプールに近づくことができ、飼育員さんの直ぐ側で餌を食べるイルカを見る事ができた。

 歯がめっちゃギザギザしてる。


「イルカって絶対僕よりも頭いいと思うんだよね。芸とか人の顔とか覚えられるし」

「あら、あなただって芸くらいできるでしょう? ほらお手」

「わん」


 芦塚さんの差し出す手に右手を乗せる。

 ……僕達は飼育員さんの横で何やってるの?


「次はおすわり」

「わん」

「上手よ西河君。はい、チンチン」

「わん……」


 女の子がチンチンとか言わないの!

 ていうかこれ、いつまでやるの?

 恥ずかしさと馬鹿らしさで空虚感に浸っていると、芦塚さんは真面目な顔で僕のお腹辺りを見つめていた。


「……確認なのだけれどあなた、本当に付いているのよね?」

「……何の事か分かんないけど多分付いてるよ」


 芦塚さんは僕のお腹よりもう少し下に懐疑的な視線を送り続けている。

 チンチンって犬が鎮座するからチンチンだってかぐや様も言ってたし、どうしてスカートをそんなに見られてるのか僕わかんなぁい。

 飼育員さんもイルカに餌をあげながら不思議そうに僕の顔を見上げている理由もわかんない。

 あなたは仕事してましょうね。


「まあいいわ。それは今度確認するとして、近くで見ると確かに賢そうな顔してるわね」

「そうだねー」


 聞き捨てならない発言が紛れていた様な気がするけど、多分気のせいだろう。

 イルカって優しい顔してるよね……僕にも優しくしてくれないかな……。

 その想いが通じたのか、餌を食べていたイルカがスーッと泳いで一周し、僕の目の前にまでやって来て顔を見せてくれた。

 そして、おもむろに左のヒレを僕に差し出してくるではないか。

 

「飼育員さん、イルカって触ってもいいんですか?」

「大丈夫ですよー。あんまり強く握ったりはしないであげて下さいね」

「はーい」


 お前……いいやつなんだな。

 やっぱりイルカは優しいし賢いんだと思いながら握手をすると、ペシっとヒレで払われて再度ヒレを差し出してきた。

 ……おい、もしかして。


「……わん」


 ヒレに右手を乗せてわんと鳴くと、イルカは満足したように口を開け、また一周泳いで飼育員の元へと帰っていった。

 イルカが口を開けると笑ってるみたいに見えるのがまたムカつく。

 なんだこいつ……全然かわいくないじゃん……。



 水族館で妹の渚へのお土産を買って、修学旅行の全行程が終わった。

 あとはここからバスで空港に戻って帰るだけだ。

 なんだか本当に長く感じたなぁ……。

 バスに揺られながら修学旅行での出来事を振り返ると、先生のことばっかり思い出すのはどうしてだろう。

 いつか大人になったら先生と飲んだりするのかな?

 それも楽しそうだけど、多分しないだろうね……。


 空港でもお土産を購入して飛行機に乗り込む。

 取り敢えずハイチュウ買っとけばいいんでしょ?

 他の人達も疲れが隠せない顔をしているし、帰りの飛行機はゆっくり眠れそうだ。

 じゃあな沖縄……二度と来ないと思うけど悪くなかったよ。

 それじゃあ、おやすみなさい。

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