第57話 定番看病イベント
「本当に風邪だったのね」
「面目無い……」
修学旅行の翌日、僕は風邪を引いた。
旅行の疲れが出たのか、起きたそばから熱っぽくて頭も重く、体がだる重だった。
馬鹿は風邪を引かないという言葉が真実であれば僕は馬鹿ではないという事になる。
そこで芦塚さんに『風邪ひいた! やっぱり僕は馬鹿じゃないんだよ!』ってメッセージを送ってみたら、彼女は様子を見に来てくれたのだ。
芦塚さんは優しいなぁ……。
僕ならこんなメッセージが来たら、鼻で笑って二度寝するのに。
『そんなに構って欲しいの? 私も暇だから相手してあげるわ』ってメッセージが来た時は、僕が虚言癖持ちだと思われてないか心配になったけど。
結局家まで来てくれて、ちゃんと面倒も見てくれてるからやっぱり優しい……。
「今日は私が1日居るからゆっくり寝ていなさい。薬も買ってきたから」
「色々とすみません……昔から体調が悪くなったら学校の保健室で看病してもらってたから、家に何も無いんだよね」
「一人暮らしなら風邪薬くらい用意しておきなさいよ。というか、体調を崩しても学校は休まなかったのね」
「家に居ると余計に具合い悪くなるから……母さん居るし」
「なるほど……あなたも大変だったのね」
ベッドで横になる僕の額に芦塚さんの手が触れる。
手が冷たくて気持ちいい……。
「しかし風邪の割には元気そうね。熱はあるみたいだけれど、喉とかは大丈夫なの?」
「大丈夫だよー。少し頭がボーっとするけどあとは何ともないかなあ」
「酷くならなくて良かったわね。ほら、薬を飲んで寝なさい」
「はーい。家の物は好きにしていいし、鍵も玄関に予備が置いてあるから出かけても大丈夫だよ」
「ええ。どうせ自分の家に居てもやる事はなかったし、適当に過ごさせてもらうわ」
芦塚さんはそう言いい残して僕の部屋から出ていった。
僕の家で適当に過ごすって何をするんだろう?
気を使わせて申し訳ないんだけど、僕が居た所で何かしてあげられる訳でもないし、どうしようもないんだよね。
芦塚さんの休日を無駄にさせないように、これからは風邪を引いても黙っておこう。
……あっつい。
体温が上がっているせいなのか、それとも日が昇って気温が上ったからなのか、布団の中が暑くて仕方ない。
体を動かして布団の冷たい場所を探したり足を出したりしてみても不快感は消えない。
喉も乾いたし、1回起きようかな。
リビングのドアを開けると炬燵に入ってテレビを眺める芦塚さんが目に入る。
あれ、何かかわいい子が家に居る……。
この人は何をやってても絵になるなぁ。
「あら、起きちゃったの。お昼も過ぎていることだし、何か食べられそう?」
「んー……折角だから食べようかな。芦塚さんが作ってくれるの?」
「あなたが寝ている間に雑炊を作っておいたわ。温め直してくるから少し待っていて」
「ありがとう。色々してもらってごめんね」
芦塚さんのご飯が食べられるなら風を引くのも悪くないかもしれん……。
でも、あんまり迷惑をかけるのは気が引けるから、そういうことは考えちゃダメだよね。
テーブルで待つこと数分、芦塚さんはお皿を持って僕の横の席に座り、スプーンで雑炊をすくって僕に差し出してきた。
人参や大根等の野菜や卵も入っていて美味しそうなんだけど、できれば自力で食べたいかなぁ……。
「そこまで熱くないと思うけれど、一応気をつけてね」
「ありがとう……でも、一人で食べれるよ?」
「病人なんだからちゃんと看病されなさい。それに、以前高御堂君にしていたのだから、今日はあなたがされる番なのよ」
「そんな当番あったっけ……なら今度は芦塚が高御堂君に食べさせてもらうの?」
「それは嫌ね」
「嫌なんだ……」
高校生にもなって人に食べさせて貰うのって恥ずかしいもんね。
人にやったことは自分に還ってくると言うし、これは日頃の行いのせいなのだろう。
「ほら、あーんしなさい」
「あーん……」
あーんしなさいって言われるのがもう恥ずかしいんだけど、芦塚さんの命令には逆らえないので諦めて口を開く。
口の中に入れられた雑炊は程よく温かく、熱い物を無理矢理食べさせられる拷問とはならなかった。
人の口の中に熱い物を入れたら危ないもんね……。
「あっ、美味しい……」
「そう。なら良かったわ」
「でもこれ、色々入ってるし作るの大変じゃなかった? レトルトのおかゆとかでも良かったのに」
「私、おかゆって味がしないから嫌いなのよ。風邪だといっても、もう少しだけ味のある物が食べたいと思わない?」
「おかゆを食べた事がないから分かんないけど、これは食べやすくて美味しいね。食欲が無くても食べれそう」
「ありがとう。ほら、もっと食べなさい」
その後も鳥の雛になった気分で、口を開けては食べ物を放り込まれる食事は、お皿が空になるまで続いた。
過保護な親でもこれくらいは自分でやらせると思うの。
それよりも過保護にされるって、僕達は一体どんな関係なの……?
「ごちそうさま、美味しかったです。ご飯食べたらちょっと暑くなってきたかも」
「どういたしまして。そうね……汗もかいてるし、少し体を拭きましょうか。用意してくるわね」
「何から何まですみません」
そう言うと芦塚さんは浴室へと向かい、お湯の入った桶とタオルを持ってきてくれた。
……やっぱり臭かったのかな?
「ごめん、汗臭かったよね? すぐに綺麗にします」
「別に臭くはないけれど……」
芦塚さんは桶を机に置くと、僕の首筋に顔を近づけクンクンとにおいを嗅ぎはじめた。
ちょっ……それは流石にやめて……!
「や、やめてよ……結構汗かいてるし恥ずかしいって……男臭いでしょ?」
「……男臭さは全く無いわね。どちらかと言うと女のにおいがするわ。どこで付けてきたの?」
「身に覚えがないから恐らく自前なんでしょうねえ……ていうか待って、本当に女っぽいにおいがするの?」
「そうね。体育の後の男子とすれ違った時の、あの言葉にし難い悪臭はしないわよ。普通にあなたのベッドと同じにおいがするだけだから安心しなさい」
「……まあ、臭いよりはいいのかもね」
男臭いと言われるのと、女のにおいがすると言われるのは、男としてどちらが良いのか判断に困るけど、取り敢えず芦塚さんが不快じゃないならいいか。
でも女のにおいって……もしかして僕、女の子なの?
「ほら、拭いてあげるから早く脱ぎなさい」
「自分でできるよ?」
「まあまあ。早くしなさい」
まあまあの4文字だけで丸め込まれてしまうのは熱のせいで頭が働いてないからだろう。
言われた途端に反抗する気力が無くなったから不思議だよね。
もうこの人無敵じゃん。
無敵の人に言われるがまま上を脱いで背中を向ける。
同級生の女の子の前で上裸になるという、この特殊な状況にも動じなくなってきたのは成長の証だと思う。
……もう好きにして。
「はい、じゃあ失礼するわね」
「お願いします……」
お湯で濡らされたタオルで背中を拭いてもらうのは、思ったよりも気持ちよかった。
スッとしていい気分だけど、肩とかをペタペタ触られるのはちょっと落ち着きませんね……。
「前にも思ったけれど本当に綺麗な肌ね。女子でもここまで綺麗には出来ないんじゃないかしら」
「そんなことは無いと思うけど……」
「ムダ毛も全然無いし、そんなに一生懸命お手入れしているの?」
「何にもしてないよー。ていうか背中の毛って剃りようがなくない?」
「……あなたは生まれてくる性別を間違えてしまったのね」
そんなことを言われてもどんな返事をしていいのか分からなかったので静かにしていると、芦塚さんの手が体の前にやって来た。
前は自分で出来るけど、もう何でもいいや……。
下半身は服を着たままだし変な事はしないでしょ。
そう思ってされるがままにしていると、タオルがやたらと僕の胸部を一生懸命拭いていることに気がつく。
違和感を感じたので下を向き彼女の手を見ると、右側はタオルを動かしていたが、左手は執拗に僕の乳首を触っていた。
「芦塚さんは何をされてる方なの?」
「少し気になったからつい……それで、どうだった?」
「どうって言われても……何ともないけど」
「そうなの。男性もそこは敏感だと聞いたことがあるけれど、あなたは違うのね」
「あー、テレビとか漫画とかでたまに見るよね。見る度に思うけど、あれは誇張表現だよ」
洗濯バサミを付けて引っ張られたりしたら痛いだろうけど、触られるくらいなら何ともなくない?
「なるほど……これは今後開発していく必要があるわね」
「よく分かんないけど、多分必要は無いんじゃないかな?」
「さてと、続きをしましょうか。あんまり裸で居させると体調が悪化しそうだし」
「無視ですか……そうですか……」
どんな必然性があって僕の乳首を開発する必要があると言うのか。
そもそも開発って何されるの?
嫌だなぁ……怖いなぁ……。
「はい終わり。それじゃあ片付けてくるから、また薬を飲んで寝ていなさい」
「はーい」
言われた通りに薬を飲んで自室へ戻ると、お腹が膨れたからか直ぐに眠気がやってきて僕は意識を失った。
目を覚ましたのは日も暮れた後で、芦塚さんは既に帰っていった。
スマホには2つの通知が来ており、一つ目は雑炊がまだ鍋に入っている事と、鍵は今度返すという内容のメッセージだ。
そのメッセージの下には、寝ている僕の隣で横になって自撮りをする芦塚さんの写真が届いていた。
毎回思うけど、あの人は寝ている僕を起こさずに何かするのが上手すぎるんだよね。
風邪が移ってないか心配だよ……。
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