第43話 北の国から

 元日は寝ているだけで過ぎてしまったが、2日は買い物へと出かけた。

 高御堂君達が来るということでビタミンウォーター以外の飲み物も必要だし、あとは何より調理器具が必要だ。

 どんな物を持ってきてくれるのかは分からないけれど、包丁もフライパンも無いんじゃ多分何もできないと思う。

 調理に必要そうな道具を調べて一式買い揃え、皆を迎える準備はできた。

 重かったよ……。


 そしてついに3日となり、ついに高御堂君と優香さんがやって来た。


「やあやあ祐希ちゃん久しぶりだね!」

「優香さん久しぶりー! 来てくれてありがとね。高御堂君もあけおめー」

「ああ、今年もよろしく頼む」

「色々持ってきてくれてありがとね。ささ、入って入って」


 沢山の荷物を抱えた二人を家に迎え入れる。

 優香さんとはたまに連絡を取っていて、気がついたら僕のことを下の名前で呼ぶようになっていた。

 ちゃんを付けて呼ばれるのは多少むず痒いけど、彼女の中では僕は女の子なので我慢するしかない。

 リビングには既に芦塚さんが、まるで自分の家にいるかのように寛いでいる。


「芦塚はもう来ていたのか。あけましておめでとう」

「おめでとう高御堂君。今年もよろしくね」

「真理ちゃんはじめまして! 僕は大地君の友達の岩本優香だよ。いやー祐希ちゃんから聞いていた通り、本当に美人さんだね!」

「真理ちゃん? ……まあいいわ。はじめまして、芦塚真理よ」


 芦塚さんは、距離の詰め方がえぐい優香さんに怯みつつも挨拶を返した。


「しかし、大地君の周りはかわいい子ばかりじゃないか。愛知県は一体どうなっているんだい?」

「この二人が特別そうなだけだ。愛知県に美人が多いという訳ではない」

「大地君はさらっとノロケてくるねえ」


 そうだろう、芦塚さんはかわいいだろう?

 僕が彼女と同格に扱われるのは気に入らないけど、今回だけは見逃してやる。

 次からは気をつけるといい。


「私の事を西……祐希ちゃんから聞いていたと言っていたわね。あの子は私の事を何て言っていたの?」


 芦塚さんに祐希ちゃんって呼ばれるのは少しザワザワする。

 優香さんには女の子だと思われていて、高御堂君の彼女という事になっているとは事前に伝えてあるから、呼び方も変えてくれているはありがたい。

 でも、僕のちっぽけなプライドが砕け散ったような気がするの。

 もう完全に女の子扱いじゃん……。


「ん? 祐希ちゃんは真理ちゃんの事を世界一かわいい女の子だって、いつも言っているね。確かに祐希ちゃんに負けず劣らずの綺麗な子で驚いたよ! でも、大地君は祐希ちゃんのものだから、好きになっちゃいけないよ?」

「大丈夫よ。高御堂君の事は嫌いではないけれど、残念ながらタイプではないもの」

「それを聞いて安心したよ。しかしなるほど……真理ちゃん程の子なら、どんな男の子でも落とせてしまいそうだね。ちなみにどんな人がタイプなんだい?」


 優香さん、よくぞ聞いてくれた。

 高御堂君でダメであればこの学校内に彼女のお眼鏡にかなう人など居るのだろうか?

 やっぱり大谷翔平選手みたいなのじゃないとダメなのかもしれない。

 ソワソワしながら芦塚さんの顔を見ていると、彼女と目が合った。

 すると彼女は目を伏せてふっと笑い、優香さんへと視線を移した。


「それは内緒よ。でも、高御堂君をあの子から取ろうとは本当に思っていないわ。安心しなさい」

「確かに初対面で聞くことではなかったかもしれないね。またいつか聞かせて貰おうじゃないか」


 結局芦塚さんの好みは分からなかった。

 聞いてみたいような気もするけど、現実から目を背け続ける為に聞きたくないという気持ちもある。

 『そうね、大谷翔平選手みたいなお金持ちのスポーツマンが好きよ』なんて言われたら夢も希望もない。

 でも大谷翔平選手の事が嫌いな女の人なんていないし、あの人よりも魅力のある人間はほんの一握りなので、そう言われたら敗北を受け入れるしかないだろう。

 僕だってもし、大谷翔平選手からプロポーズされたら女のしての人生を受け入れてしまうかもしれない。

 野球の事も全然知らないし、彼の事は顔と契約金くらいしか知らないんだけどね。


「その話は置いておいて、今日はお鍋をすると聞いているけれど、どんな物を持ってきてくれたの?」

「おお、そうだったね! 真理ちゃんがあんまりにも綺麗だからすっかり忘れてたよ。料理は僕と真理ちゃんでやるらしいんだけど大丈夫かい?」

「ええ、あの二人には任せられないもの」


 別に任せてくれてもいいのに……。

 芦塚さんは炬燵から立ち上がって、高御堂君が机まで運んでくれた箱の前へと移動した。

 気になるし僕も見てみようかな。

 僕のことをセンスが終わってると言う高御堂君のセンス、見せて貰おうじゃないの。

 芦塚さんがスチロール箱の蓋を開けると、そこには蟹や鮭、ホタテにイクラ等の海産物や、つみれがところ狭しと入っていた。

 芦塚さんも目をキラキラさせて中を覗いているし、センス勝負は僕の負けだろう。

 一体何なら彼に勝てるのか……。


「すごいわね。本当に私も頂いていいのかしら?」

「もちろんだよ! といっても、買ってきたのは大地君なんだけどね」

「高御堂君ありがとう。今度こそちゃんとしたお鍋ができるわね。とても嬉しいわ」

「ああ、前回は散々だったからな。食材も親父から貰った物だから、金の事は気にしないでくれ。こっちの友達と鍋をやると言ったら嬉しそうに用意してくれたんだ」

「そうなの……では、お父様にも感謝していると伝えておいてくれるかしら」

「ああ、伝えておこう。西河はこの中に苦手な物とかあるか?」

「食べたこと無い物ばっかりだから分かんないけど、多分大丈夫だよ。高御堂君、ありがとね」


 高御堂君はこんなに高そうな物を持ってきてくれるだけでなく、僕に気を使う言葉までかけてくれた。

 なんて素敵なカレピッピなんだ……。

 彼はきっと将来素敵な旦那さんになるんだろうなぁ。

 彼の輝かしい未来に思いを馳せていると、ふと気がつくいたら高御堂君の表情が曇っているではないか。


「高御堂君どうしたの?」

「いや、改めてこれまでのお前の生活が気になっただけだ。ちなみに、この中で食べたことが無いのはどれだ?」

「うーん……鮭は流石に食べた事あるけど、こんなにちゃんとしたやつは初めてかなあ。蟹とかホタテとかは、本当にはじめましてだね。貝類はあんまり得意じゃないけど、これなら食べてみたいかも」

「そうか……まあ、今日は色々食べてみてくれ」

「うん。ありがと」


 僕達の会話を聞いていた優香さんが、ニヤニヤしながら会話に混ざってくる。


「じゃあ僕と真理ちゃんでやっちゃうから、お二人は向こうでイチャついてるといいさ。あんまり過激な事はしないでくれよ?」

「何にもしないよ……でも、作ってくれるのは助かるなあ。優香さんもありがとね」

「いいんだよ。でも、祐希ちゃんは将来の為にもう少し料理の練習をしておこうね」

「みんなに言われるんだよね、それ」


 料理はできなくても問題ないんだよ!

 自炊の方が安いって言うけどさ、手間はかかるじゃん。

 僕は時間と手間をお金で買っているんだ。

 それも出来ないほど貧乏にはならないと願いたい。


「じゃあ俺達は邪魔しないように下がるか。芦塚もすまない、大変だとは思うがよろしく頼む」

「任されたわ。楽しみにしててちょうだい」


 ……なんか二人の方が恋人っぽいやり取りしてない?

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