第42話 正月はやることがない

 新年を迎え、挨拶も終わった後は芦塚さんからのセクハラに耐えつつ過ごした。

 よほど僕の足が気に入ったのか、炬燵の中で足を擦りつけてきたり絡めてきたり、手で足の裏をつついてみたりと、完全に玩具扱いである。


 寝る時には当然のように僕の部屋に付いてきて、一緒にベッドに入ってきた。

 ここまではもう慣れたし覚悟もできてたんだけど、一緒に寝るのは多分一生慣れないと思う。

 疲れてもいなかったから全然寝つけないし、セミみたいに壁に張り付いて距離を取ると、彼女はこちらに詰めてくるからどんどん身動きが取れなくなっていく。

 芦塚さんの体温あったかいナリ……。

 一度意識してしまうとどんどん目が冴えてきて、彼女の寝息が気になってくる。

 毎回思うけどさ、この人はなんでこんなにぐっすり眠れるの?

 僕は湯たんぽと同じ扱いなのかもしれん……。

 そんな眠れない夜が明けて、ようやく朝になった。


「西河君おはよう。よく眠れた?」

「眠れた訳ないでしょ……芦塚さんはぐっすりだったね」

「あなたと一緒のベッドに入ると、普段よりもよく眠れる気がするのよね。今度は私の家で一緒に寝ましょうか」

「それはちょっと難しいかなあ」


 芦塚さんのベッドに入るのは一線越えてない?

 なんかこう、世界がそれを許さない気がする。


「芦塚さん今日は帰るんだよね?」

「そうね、流石に家族に挨拶くらいはしないといけないから。3日にまた会えるのだから、そんなに寂しがらなくても大丈夫よ?」

「僕がどんな顔してるのか分かんないけど、多分寂しいからじゃなくて、眠いからそんな顔になってるんだと思う」

「あら残念。それじゃあ私は着替えてくるわ」

「はーい。じゃあ僕はリビングに居るね」


 芦塚さんが帰ったら今度こそ寝るし、僕は着替えなくてもいいかな。

 今日みたいに連休中はいいんだけどさ、次の日に何かある時は別々に寝た方がいいんじゃないかな。

 そもそも一緒に寝るのもおかしいんだし……。

 炬燵でテレビを眺めていると、着替えた芦塚さんが戻ってきた。


「お待たせ。あなたは今日どうするの?」

「家で寝てるよ。ほら、寝正月ってやつ」

「さっき起きたばかりのはずなのに、一日の予定が寝るだけなのね」


 芦塚さんは僕を咎めるように見下ろしていた。

 誰のせいで眠れなかったのか分かってる……?

 前も思ったけど、下から見上げる芦塚さんは普段よりも2割増くらい綺麗に見える気がするの。

 もっと見下して欲しい……。


「でも新年だからってやる事なくない? 出かけようにもお店は閉まってるし、そもそも行きたい所もないし」

「そうなのよね。私は帰ったら親戚の集まりに参加するけれど、あれも退屈で仕方ないわ」

「うわー大変そう。頑張ってね」


 そう言えば西河さんの家は親戚で集まったりしないのかな。

 正月に家族が出かけているのを見た事ない気がする。


「本当は私も今日一日ここに居たいのだけどね。帰ってこいと言われているし、そろそろ家に戻るとするわ」

「そっかー……芦塚さん、来てくれてありがとね」

「こちらこそ、また明後日ね」


 芦塚さんを外まで送って部屋に戻る。

 リビングのドアを開けると、あけましておめでとうございますを連呼するテレビの音声だけが鳴り響いていた。

 さっきまで芦塚さんが居たせいか、彼女が帰ってしまった途端この部屋が物足りないように感じてしまう。

 あの人がここに居るのが当たり前になってきているのはちょっとマズイ。

 これ以上彼女に依存したら、彼女がどこかへ行ってしまったらまともに生きていけないかもしれない。

 もしもそうなったら、またその時に考えましょうかね。


 明後日は久しぶりに優香さんと会うし、高御堂君も来てくれるし正月を満喫できてるな。

 ん? ということは、僕はまた高御堂君の彼女ごっこをしなくちゃいけないの?

 あれから半年近く経っているのだし、一般的な高校生カップルだったらキスくらいはしているものなのかな。

 えっちな事は大人になるまでダメだと思います……。

 でもまぁ、普通にしてれば大丈夫でしょ。

 前回会った時も特別な事はしてなかったし。

 なんなら高御堂君にセクハラをする良い機会かもしれない。

 彼の足を撫で回してやろうか。

 ……いかん、眠くて頭が変な事ばっかり考えてしまう。

 今日はさっさと寝てしまおう。


 ベッドに倒れ込みうつ伏せになると、普段とは違う香りがして心臓が高鳴った。

 さっきまで芦塚さんがここで寝ていたんだよね……?

 芦塚さんが寝ていた場所で寝るなんて、なんだかイケナイことをしてるみたい……。

 でも、その時は僕も一緒に居たんだから気にする事は何もないはずだし、裁判になっても負ける気がしない。

 目を閉じて公平な判決が下されるように祈りながら、僕はようやく眠る事ができた。

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