第41話 あけおめメッセージは悪しき文化

 お風呂から出た芦塚さんは最初の位置に戻り、僕に座ることはなかった。

 ……寂しくないもん。


「芦塚さんアイス食べる? 雪見だいふくなら沢山買ってきてあるよ」

「ありがとう。頂くわ」

「はーい、ちょっと待ってね」


 冷蔵庫からビタミンウォーターと雪見だいふくを4つ取り出して炬燵へと戻る。

 炬燵といえばこれだよね。


「はいどうぞ」

「本当に沢山買ってきたのね。これってそんなに沢山食べる物なの?」

「せっかく炬燵があるならと思って張り切っちゃった。なんか贅沢じゃない?」


 テレビでは相変わらず高級料理が紹介されているけど、なんか惨めになるので、今だけは見てないことにさせて下さい。


「そうね。そういう小さい贅沢を楽しめるのは良いことだと思うわ」

「まだまだあるから、欲しくなったら言ってね」

「そんなには食べられないわよ」


 二人でゴチを見ながら雪見だいふくを食べる、僕にとっては贅沢過ぎる話だ。

 テレビに映るような成功者には成れないし、あんな高級食材を食べる機会もないだろう。

 雪見だいふくも美味しいから全然いいんだけどね。


 まったりとした時間を過ごしていると、そろそろ日付が変わる時間になってきた。


「そろそろ今年も終わりね。西河君、今年もお世話になりました」

「こちらこそ、お世話になりました。芦塚さんのお世話を出来た覚えはないんだけどね」

「私もされた覚えがないわね。でも大丈夫、来年もあなたの世話はちゃんとしてあげるから」

「ありがたいね……」


 ちゃんと世話をしてくれる立派な飼い主の番犬で僕は幸せです。

 ……ていうか、芦塚さんは僕の世話をしている自覚あるんだね。

 情けない男だ……もう本当に女の子だったらよかったのに。

 僕が女の子だったらすごいぞ? かわいいぞ?

 でももし、本当に女の子だったら性格悪の悪い女になってそうだし、男の子で良かったのかもしれん。

 きっと中学生までは男を侍らせ天狗になってて、高校生になったら芦塚さんを見てプライドがズタズタになっていたことだろう。

 男扱いされているかはともかく、男として彼女と出会えたのは良かった……。

 ほら、なんかすごいかわいい顔でこっち見てるし。

 急に手なんか繋いできちゃってさ、やることなすことかわいいよねこの人。

 ……ん?


「どうしたの急に……?」

「知らないの? 年を跨ぐ時に手を繋いでいると、将来その同士で結婚するっていう都市伝説があるのよ」

「えっ、本当に?」

「ほら、もう日を跨ぐわよ。手を離さなくてもいいの?」

「え? ええっ?」


 アワアワしていると丁度日付が変わり、新年となった。

 何これプロポーズ?

 生涯僕の面倒を見てくれるっていうの?

 でも、芦塚さんなら大谷翔平選手みたいな人を捕まえられると思うから、僕みたいな将来性0の男はやめといた方がいいと思うの……。

 どう反応していいのか分からない僕を見て、芦塚さんはクスクスと楽しそうに笑っている。


「嘘に決まってるじゃないの。あなたは本当に騙されやすいわね。そんな所もかわいいわよ」

「芦塚さんが言う事なら大体信じちゃうよ。だから、僕をからかうのは程々にしといてね?」

「考えとくわ。でも、騙されやすい西河君が私は好きよ」

「はいはいありがと。僕も芦塚さんが好きだよー」


 言ったそばから好きとか言ってくる始末。

 もう今年もずっとこんな感じなんだろうなぁ……。

 でも、今年も彼女とこうしたやり取りができるのは少し嬉しい。

 男っていうのはね、かわいい女の子になら何をされても許しちゃうんだよ!

 この顔の人に、嘘でも好きって言われて嫌な人居る?

 ほら居ないじゃん。

 新年を迎えた芦塚さんは一層美しく見える。

 新しい年の初めに芦塚さんに向け両手を合わせて拝もうと思ったけど、手が塞がれていてできなかった。

 まさか、ここまで読んで……?


「改めまして芦塚さん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「ええ、今年もよろしく」


 簡単な挨拶を終えると、二人のスマホが同時に震える。

 僕の方は1度だけだったが、芦塚さんの方は通知が止まらない様子だ。

 あけおめメッセージが来る量は人望に比例するらしい。

 つまりはそういうことだ。

 僕に唯一メッセージをくれたのは高御堂君だ。

 まあ、他に僕の連絡先知ってる人いないもんね。


『あけましておめでとう。今年もよろしく頼む』


 高御堂君からのメッセージはとても簡潔なものだった。

 彼らしくていいけどね。


『あけおめー! 今年もよろしくね!』


 顔文字とかは面倒だしいいか。

 こういうのは何でもいいから送ればいいんだよ、儀式みたいなものなんだから。

 内容よりも、送ったという事実が大切なのだ。

 そんな考えだから人望がないのでは? と、この世の真理に辿りつきそうになっていると、再び高御堂君からメッセージがやってきた。


『優香のやつが久しぶりにお前と会いたいそうだ。3日にそちらへ行こうと思うが問題ないか?』

『大丈夫だよ! 僕の家でいいの?』

『ああ。こっちから食材を持っていくから、今度はちゃんとした鍋をやるぞ』


 前回のお鍋はちゃんとしてなかったもんね……。


『ありがとう! 楽しみにしてるね!』


 北海道の食材を持ってきてくれるのは楽しみだ。

 でも、北海道って牛乳と味噌ラーメンのイメージしかないんだよね。

 まあちゃんとした鍋って言ってたし、きっと大丈夫でしょう。

 そうだ、芦塚さんも来てくれるかな?


「高御堂君が3日に帰ってくるって。その時にこっちで知り合った北海道の友達も呼んで、北海道から持ってきた食材でちゃんとした鍋をやるみたいだけど、芦塚さんは参加できる?」

「いいわね。是非とも参加したいわ。前回のお鍋は散々だったもの。今回こそは美味しいものが食べられそうね」


 芦塚さんはスマホにメッセージを入力しながら答えてくれた。

 ……まだやってるの?

 何人から来たんだろうか。

 以前は友達が殆どいないと言っていたのに、いつの間にか人気者になってたんだね。

 やはり文化祭後のブームの時か……。

 番犬西河、芦塚さんに変な虫が付かないよう、これからもお供致す。


「そうだねー。せっかくだし、料理は僕がやろうか?」

「いいえ、大丈夫よ。私がやるから大人しくしていなさい」

「……ありがとうございます」


 どうしてそんなに信用がないの……?

 僕が料理してる所見たことないよね?

 僕も見たことないけど。

 でも多分西河ならできるよ!

 根拠の無い自信だけは誰にも負けない。

 でも、芦塚さんが作ってくれるならそっちの方が嬉しいからいいや。


「それにしても芦塚さんは大人気だね。僕は高御堂君からしかあけおめ来なかったのに」

「あなたの連絡先が希少過ぎるのよ。知っている人は殆どいないんじゃないの?」

「失礼な! 4人もいるよ!」

「私と高御堂君と渚さんと、もう一人は北海道のあの子かしら。愛知県だと3人しか知らない連絡先が希少ではないなら何なのよ」

「珍しいだけで価値がないし、ギザ十みたいなものかなあ」


 あれって本当になんなんだろうね。

 何年製のやつは価値があるとかなんとか、そんな話を聞いた事がある気がするけど、そんな所まで意識して10円と向き合ったことないよ。


「そんな事ないわよ? あなたの連絡先を教えて欲しいって、結構言われる事があるのよ」

「えっ、本当に?」

「本当よ。全部断っているけどね。あなたはどうせ返事しないでしょう?」

「うーん……多分既読も付けないと思う」


 ご飯を奢って貰った相手の名前も覚えてないのに、突然知らない人からメッセージが来ても誰か分かるわけないじゃん。

 怖いよそんなの。

 芦塚さんは全員への返信が終わったのか、スマホを置いて僕の方へ向き直った。


「お待たせ。放ったらかしにしてごめんなさいね? さあ、一杯構ってあげるわよ」

「いや、普通にしてていいよ……」

「そうなの? 折角だから、何かして欲しい事があったら言ってみてもいいのに」

「して欲しいことかあ……じゃあさ、誕生日に欲しい物を教えてよ。もうすぐ誕生日でしょ?」


 2月14日は芦塚さんの誕生日だ。

 バレンタインとかいうイベントはそれのオマケに過ぎないのだが、世間はバレンタインという形で芦塚さんを祝っているらいしね。

 僕は堂々と彼女をお祝いしたいと思います。

 芦塚さんは僕の返事にどこか納得のいかない様子で、指を頤に当てて考え込んでしまった。


「そうね……あまり欲しいものは無いのだけれど、強いて言えば西河君かしら。ほら、体にリボンを巻いて、プレゼントは私ってやつが見てみたいわ」

「えっ、本気で言ってる?」

「どうかしらね。でも、来月は期待しておくわ」

「えぇー……」


 余計な事を聞いてしまったかもしれん。

 絶対にやりたくないし、やったらやったで、どうせスルーされるのがオチだ。

 まぁまだ先の話だし、ゆっくり考えましょうかね。

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