第39話 炬燵は日本の最終兵器
父さんとの会食も終わり、今日は大晦日だ。
今日から冬休みが終わるまで家から一歩も出ないつもりなので、先程大量のお菓子やアイス等の食料品を買い込んできた。
今年はなんか色々あったからね、年末年始くらいはゆっくりさせてよ。
買ってもらった炬燵は温かいし最高だ……。
この温かさが父の偉大さというものなのだろう。
これに籠もって横になっているだけの生活よりも幸せな事はないと思う。
大学に行けることにもなったし、今後はこうやって何もしない時間というのは貴重になってくるだろう。
受験勉強がどんなものなのか分からないけど、なんかずっと勉強してないといけないって気がするし。
先の事を今心配する必要はないので、取り敢えずはこの幸せを噛み締めよう。
炬燵でダラけながら動画サイトの動画とテレビを交互に見ていると、画面の上に通知が表示された。
送り主は芦塚さんだった。
『今夜あなたの家にお泊りさせてもらってもいいかしら?』
……いいけどさ、精力剤は飲まないよ?
取り敢えず返事だけはしておこう。
『大丈夫だよ! 夜ご飯はどうするの?』
『家で済ませてから向かうわ。20時頃には着くと思う』
『はーい』
芦塚さんがまた来るのかぁ。
嬉しい半分怖い半分といったところだ。
あの人、結構な頻度で来るしもう合鍵渡しておこうかな?
芦塚さんならいつ来てもらっても構わないし、僕の居ない時は好きに使ってもらっても問題ない。
でも、僕が家に居ない時ってあんまり無いから意味ないね……。
さて、彼女が来る前に掃除でもしますか。
掃除も終わり夜になった。
芦塚さんの使った後にお風呂を使うのは精神を削ることが前回分かったので、先に入っておいたのは我ながら良い判断だったと思う。
そろそろ芦塚さんが来る頃だろう。
晩ごはんはCMを見たら食べたくなったので、どん兵衛のうどんを食べた。
キツネの勇次郎はずるい。
こんなのばっかり食べてて太っちゃったらどうしよう……。
しかし、こんな生活を続けていても体型に変化はないのでそんなに心配はしていない。
ほら、私って太らない体質じゃん? みたいな。
ほらってなんだよ、知る訳ないだろ。
世の中の人間全員がお前に関心があると思うなよ?
お前よりはまだ校長のヘラクレスオオカブトの方が興味あるわ。
……一体誰と闘ってるのだろうか。
脳内で空想の自意識過剰女と闘っているとスマホが震え、芦塚さんからの連絡を教えてくれる。
『もうそろそろ着きます』
『鍵は開いてるからそのまま入ってきて!』
芦塚さんをお出迎えしたいのは山々なんだけど、炬燵から出たくないんだよね……。
彼女がこの家に来るのも初めてじゃないし大丈夫でしょ。
暫く経つと玄関の開く音がして、「お邪魔します」という芦塚さんの美しい声が聞こえてきた。
足音はリビングまでやって来て、僕のアイドルがリビングのドアから姿を見せる。
芦塚さんは今日も綺麗だ……。
この角度から見てもかわいいし、どこから見てもかわいい。
下から見上げると、長い足が余計に長く見えて素敵ですね……。
炬燵に体を入れたまま寝そべる僕を、彼女は冷たく見下ろしている。
「……あなた、私が来なかったら一日中そうしているつもりだったの?」
「そうだけど……ていうか、高御堂君は一緒じゃないんだ?」
「彼は実家に帰るそうよ。流石に正月は帰ってこいと言われたらしいわ」
「そうなんだ。それで、今日は何するの?」
「特に何もないわよ。ただ、家のテレビを母が独占するから毎年暇なのよ。どうせ隙ならあなたの家で過ごそうと思って」
芦塚さんはそう言いながら上着を脱いで、炬燵へと入って来た。
……わざとじゃないとは思うんだけどさ、どうして上着を脱ぐだけでそんなにも色っぽいの?
顔が良いから?
「そ、そうなんだ。でもさ、男子の家で年末を過ごすのって、両親は心配しないの?」
「大丈夫よ。あなたの写真を見せて、この人の家に行くと言ったら快く許可をくれたわ」
「……それ、僕のことは女子だと思われてない?」
「安心しなさい、ちゃんと男だって説明してあるわ。信じてもらうのにはとても時間がかかったけれど」
「まあ、大丈夫ならいいんだけどさ」
僕の父さんといい、男女が一緒に泊まる事に寛容すぎないか?
いや、やましい事は何もないからいいんだけど……。
「人に言えない事をする訳でもないのだし、そんなに気にする必要ないわよ。それとも今夜こそ何かするつもり? そうだ、この前の栄養ドリンクは飲まなくてもいいの?」
「飲まないよ! そもそもあれ、栄養ドリンクじゃないじゃん!」
「あら、気づいたの? 残念。あなたがあれを飲む所が見てみたかったのに。西河君が……ふふっ……」
芦塚さんは相変わらずこの話がツボらしく、顔を背けて笑っている。
なんか楽しそうだしもう何でもいいや。
「結局今日はずっとこんな感じでいいの? 特に何も用意してないんだけど」
「気を使ってくれなくても大丈夫よ。私の事は気にせず、普通に過ごしてくれると助かるわ」
「また難しい事を……まあ、何か欲しい物があったら好きにしていいよ。お菓子とかアイスは沢山あるから」
「ありがとう。後で頂くわ」
普段通りにしてていいと言われても、芦塚さんが居るというだけで多少の緊張はする。
だって、普段家にはこんなかわいい女の子は居ないんだもん。
炬燵に体を預けながら彼女を見上げる。
かわいいなぁ……髪も綺麗だなぁ……すきぃ……。
よく考えたらこの状況はすごいぞ?
そのうち女の子と一緒に炬燵に入る商売とか生まれそう。
確かな幸せを感じる。
「……普通に過ごしてと言ったそばからで申し訳ないのだけれど、少し見すぎじゃないかしら?」
「ごめんね、でも仕方ないんだよこれは」
「仕方ないってどういう事よ……」
見つめすぎていたのか、芦塚さんから注意を受けてしまった。
このお店は顔をガン見するのもNGらしい。
まぁ、程々にしておきましょうか。
そう思った矢先、彼女は立ち上がって僕の横へと移動し、僕を見下ろしてきた。
怖い怖い、えっ、何?
僕は体を起こして彼女を見上げる。
「えっ、そんなに嫌だった? ごめんなさい……」
「別に嫌だった訳ではないけれど、少し気になったのは事実ね。ほら、少し炬燵から離れなさい」
「はい……」
あまりの圧に泣きそうになりながら、言われた通り炬燵から体を離す。
体を少し下げると、後ろにあるソファーにもたれる形となり、これはこれで悪くない体勢となった。
至近距離で見つめられるのは気になるから、距離を取れというとこだったのか。
確かに、それであれば納得だ。
これからはバレないようにチラ見していこう。
「そうそう、そんな感じよ。それでは失礼して……」
「ちょっと? 何やってるの?」
芦塚さんは何を思ったのか僕と炬燵の間に入り込み、僕の足の間に座り込んだ。
「これならいくら見られても気にならないわ。完璧ね」
「そ、そうかな……でも、ちょっと近すぎない?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけどさ……いくらなんでもこれは緊張するよ……」
「一緒の布団に入って寝たこともあるのだし、今更何を言っているの。ほら、これなら背もたれもあって楽なのよ」
そう言うと芦塚さんは僕に体を預ける。
彼女の頭が目の前までやってきて、香水なのかシャンプーなのか分からないが、取り敢えずとても良い香りが僕の鼻をくすぐる。
彼女の体に触れる部分が普段よりも敏感になったかのように、彼女の体がいかに柔らかいのかを僕に伝えてくるせいで、頭がフットーしそうだ。
半分パニックになった僕は、反射的に彼女の腰を抱きかかえてしまった。
「あら、今日は随分と積極的じゃないの。ずり落ちないように支えておいてくれる?」
「えっ、ずっとこのままなの?」
「私が飽きたら戻るわよ。でも、悪い気分じゃないから暫くはこのままね」
「んんんー……」
言葉にできない感情が込み上げてくる。
嫌じゃないのは間違いないんだけどさ、ちょっとおかしくない?
これまでとは比べ物にならない接触面積と距離の近さ、これは今年一番やばいかもしれない。
芦塚少女は日々進化中なのだ。
であれば、この大晦日に過去最大の試練を与えてくるのは筋が通っている。
この程度の事で理性を保てないようでは芦塚さんの番犬失格ということだろう。
主人に発情する犬は要らないということですよね?
やだ……なんかえっちな事みたい……。
それにしても、芦塚さん細いな。
芦塚も食べても太らない体質なの?
そんな事を考えていると、腰に回す手に少し力が入ってしまったようで、芦塚さんが不思議そうにこちらを伺ってくる。
「どうしたの?」
「いや、芦塚さんの腰は細いなあって。ちゃんと内蔵入ってるの?」
「見たことはないけれど入っているはずよ。あなただって細いじゃない」
「僕は男だから、そう言われてもあんまり嬉しくないんだけどね」
「でも、その顔で体格が良かったら怖いわよ?」
「確かに……でも体格が良いなら顔つきも変わるんじゃない?」
「男らしいあなたなんて想像できないけれど、それはそれで面白かったかもね」
「結局色物扱いなのは変わらないんだ……」
彼女は本当に僕の事を何だと思っているのか。
僕だってゴリゴリマッチョへの憧れがない訳ではない。
万が一、今後の成長により男っぽい顔になったら体も一緒に鍛えるとしましょう。
僕がムキムキになっても、変わらず炬燵でもたれかかってくれますか?
……無理でしょうね、かわいくて良かったかもしれん。
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