第38話 父現る
クリスマスも終わり、いよいよ今年も終わりが近づいてくる。
あの日貰った栄養ドリンクについて調べてみた所、あれが精力剤であることが判明した。
あれを用意した人はアホでしょ……。
ていうか芦塚さんは笑い過ぎだったし、何が今度私が居る時に飲んでみてだよ!
どうなっても知らないよ! 本当にもう!
これが分かった時は本当に恥ずかしかった……。
女にしか見えない男が、それが何かも分からずに精力剤を持つ姿は本当に滑稽だったと思う。
やっぱり無知とは罪なんだね……。
一応冷蔵庫に入れておいたけど、飲む機会はないと思います。
そんなこんなで気がつけばもう30日、今年も残すところあと2日だ。
正直だから何だと毎年思っている。
年が変わったからといって何かが大きく変わる訳でもなく、12月31日だろうが何月の何日だろうが、僕にとっては同じ1日でしかない。
年末は特番があるから楽しみではあったけれど、笑ってはいけないシリーズも無くなってしまったので、これと言って見たいものもなくなってしまった。
見返す為に円盤買おうかなぁ。
鬼ごっこのやつが本当に好きなんだよね、定期的に見たくなる。
我が家は正月に家族で集まるということもないので、今年もテレビを眺める年末年始を過ごすことになるだろう。
そんな寂しい年末年始に思いを馳せていると小腹が空いてきた。
……コーンフレーク食べよ。
昼食をコーンフレークで済ませてぼんやりしていると、スマホが震えて通知を僕に知らせる。
芦塚さんかな?
何、僕が精力剤を飲む姿をそんなに見たいの?
よく分からないけど危ないからやめとこ?
メッセージを見てみると、送り主は芦塚さんではなく妹の渚からだった。
『もうすぐ着くよ!』
またこれか……。
年末間近ということで、一応挨拶に来てくれたのだろう。
何だかんだ言っても家族だからね。
『わかった。家にいるから大丈夫』
毎回思うんだけど、もし僕が家に居なかったらどうするつもりなんだろう?
この辺りに行く所あるかなと考えていると、間もなくしてインターホンが鳴った。
いや、これもう着いてからメッセージ送ってるじゃん……。
玄関に向かい鍵を開けると、渚と父が並んで立っていた。
「えっ、父さんもいるの?」
「そうだよ! 年末だから挨拶したいんだって」
「そ、そうなんだ……お久しぶりです」
「ああ、元気そうで何よりだ」
「ねー寒いから早く中に入ろうよー」
久しぶりの父親との会合に、正直ちょっと緊張してしまう。
以前に芦塚さんの布団を運ぶ時とかに顔を合わせることはあったけれど、ちゃんとした会話となるとどうしていいのか分からない。
リビングに二人を通してテーブルの席についてもらう。
「お兄ちゃん、ビタミンウォーターじゃなくて温かいのがいいなー」
取り敢えず飲み物を出そうと冷蔵庫を開けると、渚から注文か入る。
贅沢言うんじゃないの!
あんまり変な事言うと精力剤飲ませるよ?
飲んだら体が熱くなるらしいよ、丁度いいね。
「そんなものはお湯しかないよ」
「なんでなの……じゃあビタミンウォーターでいいよもう。あと、暖房入れてもいい?」
「それは好きにしていいよ」
人数分のビタミンウォーターを用意して、僕も席につく。
父さんは何も話そうとしないし、渚はビタミンウォーターを親の敵のように睨みつけている。
……なんだ、この空気は?
仕方ない、父さんの話を聞き出しましょうか。
「ねえ、今日はどうしたの? 僕は年末だからって特に何もないよ?」
「そう冷たいことを言うなよ。今日は顔を見たかったのもあるが、お前の進路について聞きに来たんだ」
「進路?」
「そうだ。来年は受験もあるだろ。お前は成績を良いみたいだし、行きたい大学とかあるのか?」
「全然考えてないけど……ていうか、僕って大学行くの?」
「それを聞きに来たのに、俺が知る訳ないだろう」
それもそうか。
でもなぁ……大学に行く理由は無いけど、行かない理由ならハッキリとあるから行く意味が無いと思うんだよね。
あんまり顔を合わせない父親にお金の話をするのは気が引けるけど、折角だから聞いてみようか。
「正直に言うと、お金を出してくれるなら行ってもいいかなとは思ってるよ。でも、奨学金を借りてまで勉強したいことって無いんだよね。そんなのだったら働いた方がマシじゃない?」
「そんな事を気にしてたのか。お金の事は心配しなくていいぞ、お前と渚が大学に行くお金くらいは問題ない」
「父さん……」
やだ、かっこいい……。
将来言ってみたい台詞ベスト3に入りそう。
でも子供は欲しくないから、生涯言う機会は無さそう。
「やりたい事があって大学に行く人の方が珍しいだろう。それに学歴は大切だ。折角勉強が出来るなら、学歴を買うくらいのつもりで通えばいい」
「そう言ってくれるなら、大学に行ってみようかなあ。私立でもいいの?」
「構わないさ。内部進学がいいならそれでもいい。あそこも県内では立派な大学だし、県外や大手企業への就職を考えないなら十分に行く価値はある。上を目指すに越したことはないがな」
「わかった。もう少し考えてみるよ」
大学には正直行かないものだと思っていたので、いきなり言われても自分のレベルがどの程度なのかさえ分からない。
今度芦塚さんに相談してみようかなぁ。
芦塚さんとのキャンパスライフは非常に魅力的だし、どこを目指しているのかくらいは知っておきたいな。
でもあの人、めっちゃ良い大学目指してそうだし無理かも……。
「お兄ちゃん良かったねえ。外部進学コースに通う学年3位が就職希望っていうのは意味分かんなかったもん」
「行けると思ってなかったから仕方なくない?」
「それに、お兄ちゃんなら夜のお店とかの方が稼げそうだから、危ない仕事しないか心配だったんだよ?」
「しないよそんなこと……」
渚の軽口に、父さんは少し眉をひそめる。
「かわいい一人息子にそんな真似はさせられないな。いや、かわいいというのは外見だけの話じゃないぞ?」
「分かってるから大丈夫だよ……」
だけじゃないって事は、この人も僕をかわいいと思ってるの?
それは複雑だ……。
でも、息子と言ったということは、僕のことは男だと認識しているらしい。
よかった……僕の性別を忘れた訳ではなかったのか……。
「冗談はさておき、本当にお金の事は気にしなくていいからな。決まったらまた教えてくれ。そうだ、少し早いがお年玉をやろう」
「いいの? ありがとー!」
父さんはポケットから取り出したポチ袋を僕にくれた。
おお……これがお年玉か。
クリスマスプレゼントといい、今年は色々な物が貰える年だ。
これは大切に貯金しておこう。
「お兄ちゃんはそのお金でもっとちゃんとした物を食べた方がいいよ? ちなみに今日のお昼は何食べたの?」
「栄養満点のコーンフレークだよ。ちゃんと食べてるから、そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
「……母さんからの仕送りって、そんなに少ないのか?」
僕の食生活を知った父さんは、心配そうに僕に声をかける。
「そんなことないよ? 毎月結構余らせてるくらいにはしっかり貰ってる」
「そうか……まあ、お前も小さい子供じゃないんだから、あまりとやかく言うのはやめておこう」
「お父さん、お兄ちゃんはお金が無いんじゃなくてやる気がないんだよ」
「そうそう。心配してくれるのは嬉しいけど、これでも元気にやってるから安心して」
納得のいかない表情を見せる父さんだが、僕としても現状の生活を変えるつもりはない。
だってめんどくさいんだもん……。
「じゃあ折角だしさ、夜は三人で焼き肉食べに行こうよ! お兄ちゃんも焼き肉なんて暫く食べてないでしょ?」
「そうだね。前はたまに一人で行ってたけど、今年は行かなかったなあ」
「一人焼き肉ってお兄ちゃん……メンタル強すぎるよ……」
「誰も見てないって、気にしすぎだよ」
「いや、お兄ちゃんが一人で焼き肉屋に居たら皆見ると思うよ?」
「そうだとしても、僕は気にしないからいいの。父さんは大丈夫なの?」
「大丈夫だ。あとこの部屋は寒すぎる。帰りに炬燵を買ってやるから使いなさい」
「何から何までありがとうございます……」
そうして夜はちょっと高い焼き肉屋に連れて行ってもらえた。
そこでの渚は自分の学校での話や、僕の普段の食生活についてや、芦塚さんについて等を話し続けた。
僕が女の子を家に入れている事について、父さんは何も触れなかったのが気になる。
一人暮らししてる息子が女の子を連れ込んでるんだよ?
もっと心配したら?
家に精力剤まであるとんでもない息子だということは、黙っていた方がお互いのなので静かに渚の話を聞き続けることにした。
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