第37話 メリークリスマス
ステージスペースには既に全員集まっており、ステージ上にはそれぞれが受付で預けたプレゼントが並べられている。
大きい物から小さい物まで形は様々だ。
あの一番大きいやつはどうやって運んだんだろう。
持って帰るのも大変だし、あれは要らないなぁ……。
「さて、それでは本日のメインイベントでもあるビンゴ大会を始めます! ちゃんと人数分あったので、全員何かは貰えるので安心してくださいね。それじゃあ早速いきましょう!」
丸山さんはステージに立ち、掛け声と共に機械を操作してプロジェクターでランダムに数字を表示させる。
「最初は21番! 21番です! 次いきますよー!」
テンポ良く抽選は進み、僕のカードにも穴が少しずつ空いてきた。
でも空く場所はバラバラだな……。
まあ、早い方が良い商品って訳でもないからいいんだけどね。
早く終わりたいとは思うけど。
その後も数字は表示されていき、ついに最初の当選者が現れた。
一人の生徒がおずおずと手を上げる。
「ビ、ビンゴです……」
「おー! 斎藤さんおめでとう! 一番乗りだね。さあ、ステージに上がって!」
「は、はい……」
斎藤さんは注目されるのを嫌がる様にステージへと上がっていく。
……遠足の日以来久しぶりに見た気がする。
え、本当にちゃんと学校来てた?
教室でも見かけた覚えがないし、その目立たなさを活かして将来は暗殺者にでもなるの?
斎藤さんに対して失礼な感想が頭に過るが、それくらい彼女は目立たない。
しかし、こういった場にはちゃんと参加するのは偉いと思う。
僕よりもちゃんとクラスに馴染めているのは間違いないだろう。
僕は毎回悪目立ちしている気がするし、もっと彼女を見習うべきなのかもしれない。
斎藤さんは並んだプレゼントを一通り見回すと、小さめの箱を一つ手に取った。
「じゃあ……これにします」
「はーい、斎藤さんおめでとう! メリークリスマス!」
「メ、メリークリスマス……」
斎藤さんは恥ずかしそうに丸山さんに応えた後、ステージから降りていった。
「それじゃあ再開します! ビンゴになった人は、またステージまでお願いします!」
その後も抽選が進む事にリーチの掛け声が聞こえてくるようになり、ビンゴの人もチラホラ出始めた。
僕は相変わらず歯抜け状態であり、一つのリーチもない状態だ。
終わった人から喫食スペースに戻るみたいなので、僕も早く戻りたくなってきた。
最後の二人とかになったら、何かもういたたまれない雰囲気になりそう……。
そんな恐怖に怯えていると、高御堂君が手を挙げた。
「ビンゴだ」
「はーい! 高御堂君も一つ選んでね」
高御堂君はステージに上がり、一つのラッピング復路を手にして戻って来た。
……なんか、その包み紙は見た事ある気がするぞ。
彼は袋を開けて中に何が入っているのか確認している。
まさかとは思うけど、一応聞いてみようか。
「何が入ってたの?」
「これは……入浴剤みたいだな」
袋から取り出してパッケージを確認しながら答えてくれた。
やっぱり見た事あるやつですね……。
「入浴剤かー。高御堂君は使うの?」
「風呂は好きだから嬉しいな。折角だし使わせてもらおう」
「そっか、なら良い物が貰えてよかったね」
「ああ、これは香りも良さそうだし洒落たデザインだな。これを選んだやつはセンスがよさそうだ」
高御堂君はパッケージの文字を読みながら、どこか嬉しいそうな顔を見せる。
センスが終わっていると評される僕が選んだとは夢にも思うまい。
でも、ここで僕のだと伝えるのは無粋な気がするから静かにしていよう。
「僕も早く当たらないかなあ。そろそろ人も減ってきたし、早く向こうに戻りたいんだよね」
「こればっかりは運だから仕方ないな。待っててやるから安心しろ」
「うん、ありがと」
この広いスペースで一人ぼっちになる危険は無くなったものの、それでも早くして欲しいのには変わりない。
その後は芦塚さんも当選し、プレゼントを選ぶとそのまま喫食スペースへと戻って行ってしまった。
……冷たいね。
そうしてビンゴは続き、司会の丸山さんも当選して、気がつけば僕ともう一人だけが残される状況となっていた。
「46番でーす。お二人ともどうですかー?」
丸山さんも疲れてきたのか、最初の頃の元気は無くなってしまい、かなり事務的な声で僕達に確認を取る。
まあ、そうなるよね。
運が悪くて申し訳ない……。
「次は……51番です」
手元のカードには51の数字があり、それによって僕もついにビンゴとなったので、大きく手を挙げる。
「はい! 揃いました!」
「西河君おめでとう! じゃあ、この2つのどっちにする?」
残されているのは、目立っていた一番大きな箱と小さな紙袋の2つだ。
これはもう一択でしょう。
「じゃあこっちの小さい方にするね。丸山さんもお疲れ様」
「ありがとー! じゃあこの大きなやつが酒井君のだね。酒井君も取りに来て!」
酒井君はとても嫌そうに大きな箱を取りに来た。
やっぱり持って帰りたくないって思うよね……でも、これが勝負の世界なの。
己の不運を呪うといいさ。
「以上で終わります! 時間はまだありますので、引き続き楽しんでいってくださいね!」
丸山さんの挨拶によりビンゴ大会が幕を閉じた。
残っていた人達は彼女に拍手を贈った後、ぞろぞろと喫食スペースへと戻っていく。
僕達も帰りましょうか。
「高御堂君お待たせ。遅くなってごめんね」
「お前が悪い訳ではないのだし気にするな。それは中に何が入っているんだ?」
「まだ開けてないから、向こうで見てみようか」
喫食スペースに戻って芦塚さんと合流する。
彼女と談笑していた男子生徒達は、僕達に気がつくと彼女に挨拶をして自分達の席へと戻っていった。
あの人達、芦塚さんに変な事してないよね?
やっぱり芦塚さんには僕がいないと危ないんだよ!
番犬西河、只今戻りました。
「芦塚さんお待たせー。何もなかった?」
「お帰りなさい。この短い時間で何が起こるのよ、何もなかったわ」
「そっか、ならよかった」
「あなたに心配される程やわじゃないから安心しなさい」
芦塚さんは僕を安心させるように微笑んだ。
それは僕の台詞なんだけど、余計な事は言わないのが優れた番犬というものである。
「それにしても遅かったわね。一番最後だったの?」
「ううん、最後から二番目だよ。大きいのと小さいのがあったから、小さい方にしたの」
「やっぱりあの一番大きなやつが残ったのね。何が入っているのか知らないけれど、あれは持って帰るのが大変そうだもの」
「そうそう。じゃあ、開けてみようかな」
紙袋を開けると、中には無造作に1本の瓶が入っていた。
取り出してラベルを見てみると『男の元気!』『活力と気力が復活!』『マカ5000mg配合!』等の文字が書いてある。
「これって栄養ドリンク? なんか凄い効きそうだねえ」
まじまじとラベルの成分表を見てみると、とにかく元気になりそうな成分が沢山書かれている。
せっかくだけど、これを飲まないといけない程疲れる事なんか無いんだよなぁ。
世のサラリーマンの方々は、こういうのを飲んで毎日お仕事を頑張っているのだろう。
皆さんお疲れ様です……。
全国のサラリーマン達に思いを馳せていると、高御堂君は真剣な顔つきで僕を眺めている事に気がついた。
横に居る芦塚さんを見てみると、彼女は顔を背けながら震えていた。
……どういう状況なの?
「えっ、二人ともどうしたの? 何かあった?」
「……お前、それが本当に栄養ドリンクに見えるのか?」
「違うの?」
高御堂君と僕の会話を聞いていた芦塚さんから「んんっ」と声が漏れた。
「芦塚さん大丈夫? なんか変だよ?」
「だ、大丈夫よ……でも、少しだけ……ふふっ……少しだけ待ってもらえないかしら」
何故か笑いを堪えきれない様子の芦塚さん。
これの何がそんなに面白いというのだろうか。
『男の元気!』という部分が僕に似合わないからなの?
男らしくないのは自覚あるけどさ、だからってそんなに笑わなくてもいいじゃない……。
大きく深呼吸した後、こちらに体を向け直した芦塚さんの顔は、笑いを堪えていたせいなのか少し赤い。
「……ごめんなさいね。あなたはそういう物を持っていると思うとおかしくって。今度飲んでみてくれない?」
「いいけど、こういうのって元気な時に飲んでも大丈夫なの?」
「元気な時って……ふふっ、大丈夫だと思うわよ? そんなに心配なら、次に私があなたの家に行った時に飲んでみたら?」
「そうしようかなー」
「……ふふふっ」
相変わらず芦塚さんは笑いを堪えきれない様子だ。
なにやらツボにはまったらしい。
でも、芦塚さんが楽しそうで僕も嬉しいな……。
その姿を見られた事が一番のプレゼントかもしれない。
一方で高御堂君は、表情を変えずに真顔で僕らを見ていた。
「高御堂君、僕がこれを持っているのって変なの?」
「いや……まあ高校生が飲むような物ではないからな。おかしいとも言えるだろう」
「やっぱり大人が飲むやつなんだね。これ、なんか凄そうだもん」
「俺も飲んだことはないが凄いんじゃないか? 取り敢えず、それは袋に戻しておいてくれ」
「はーい」
紙袋に栄養ドリンクを戻してダウンジャケットのポケットに仕舞う。
それにしても、そんなに凄い栄養ドリンクが貰えるとは思わなかった。
もっと男らしくなれと、サンタさんも言っているのかもしれない。
「芦塚はさっきから爆笑しているが、意外とそういう話が苦手ではないのか?」
「そうね、話す相手にはよるけれど、そんなに嫌いじゃないわよ? でも西河君が……ふふっ……」
「あんまりこいつをからかい過ぎると、いつか本当に危ないぞ?」
「心配してくれてありがとう。でも、西河君なら、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
二人の話に付いていけない……。
確かに若い人でもモンスターやレッドブルを飲む人は多い気がする。
CMもよく流れているし、飲んだことがないというのは珍しいのかもしれない。
それにしても、僕のプレゼントなのにどうして僕が疎外感を覚えなくてはいけないの……?
「二人とも栄養ドリンクに詳しいの? 僕、全然飲んだ事ないんだけど」
「……一応聞いておくが、知らないふりをしてる自分がかわいいと思って、わざとやっている訳ではないんだよな?」
「さっきの炭酸の時も言ったけどさ、栄養ドリンクに詳しくないのってかわいいの?」
「そのままでいいのよ西河君。あなたは自然体で十分過ぎる程かわいいから安心しなさい?」
「だからどうしてそうなるの……」
もうこの話はやめよう。
栄養ドリンクについては今度調べておくので、また次回でお願いします。
「そうだ、僕からも二人にプレゼントがあるの。ちょっと待ってね……はい、これ! こっちが芦塚さんので、こっちが高御堂君の」
栄養ドリンクを仕舞ってあるのとは反対側のポケットから、二人に渡す為のプレゼントを取り出して渡す。
二人は驚いた表情をした後、少し照れくさそうにした。
「ありがとう。まさか貰えるなんて思っていなかったから嬉しいわ」
「ありがとう西河。開けてみてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
二人には箱に入った少し良いボールペンを手に取り、僕の目から見ても悪くない反応を見せてくれる。
「綺麗なボールペンね。ちゃんと使わせてもらうわ。でも、どうして高御堂君とお揃いなの?」
「僕も分かんないけど、何故か二人にお揃いの物を送らないといけない気がしたんだよね」
「なによそれ。あなたも同じ物を買ったとかではないの?」
「買ってないよ?」
「そうなの……よく分からないけれど嬉しいわ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
嫌がられなくてよかったと安心していると、高御堂君は席を立って何処かへと行ってしまった。
えっ、高御堂君はお気に召さなかったの?
急に席を立つとかこわい……。
不思議に思いながら高御堂君を目で追っていると、彼はロッカーから紙袋を取り出し、こちらに戻ってきた。
「西河、これは俺達からのクリスマスプレゼントだ。よかったから受け取ってくれ」
「えっ、いいの!? ありがとう!」
大きめの紙袋の中にはベージュのコートが入っていた。
取り出して見ると肌触りも良く、かなり良い物の様に見える。
「こんな高そうな物、本当に貰って大丈夫? 僕なんてボールペンしか渡してないのに……」
「気にするな。芦塚と一緒に選んだからサイズもデザインも問題ないと思うぞ」
「西河君は学校に来る時、上に何も着てないのが気になっていたのよ。これなら制服の上から来ても大丈夫だから」
「芦塚さんもありがとう。すごく嬉しい……」
その時僕の脳内に、名古屋駅で二人を見かけた時の事が駆け巡り、無かった事にしたはずの出来事を思い出す。
そうか……あれは、これを買いに行く為のお出かけだったのか……。
もう! 不安にさせないでよ!
てっきり二人が付き合ってるのかと思ったじゃないか!
そういえば、それを見たからお揃いのボールペンを贈ったんだっけ。
それにしても、このコートは本当に嬉しいな。
来年のクリスマスは気合いを入れてお返ししよう。
「クリスマスに何か貰ったのは始めてだから嬉しい……二人とも、本当にありがとう!」
僕がどれだけ喜んでいるのかが伝わったのか、二人とも嬉しそうに微笑んでくれる。
こんなに楽しいクリスマスは始めてだ。
来年も楽しく過ごせたらいいなぁ。
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