第36話 イチャついてなんかない

「西河のさっきのやつ、めっちゃかわいいじゃん! もう一回やってよ」

「え?」


 突如声を掛けられたので振り返ると、文化祭で一緒に女装をした佐藤君がそこには居た。

 我がクラスの女装三人衆がここに集結したが、女装している者は誰もいない。

 男にだって化粧をする人はいるはずだ。

 服装は男物なんだから、今日の僕は女装していないと言い張らせてもらおう。

 ほら、スカートも履いてないしどこから見ても男だよね?

 ……無理があるかもしれん。


「普段からかわいいとは思ってたけど、ああいう事やるとやばい! 惚れそう!」

「ははは……ありがとう。でも、惚れるのはやめてね?」

「さっき堀田に見せて貰った写真もやばかったし、本当に綺麗な顔してるよなー。俺もそんな顔に生まれたかったわー」

「なに、女装に目覚めちゃったの? あと堀田って誰? どうして僕の写真を持ってるの?」


 堀田なんて知り合いいたかな……。

 しかし、佐藤君もついに女装野郎の仲間入りかぁ。

 僕は生まれつきこんなだから、アドバイスはまるでできないけど歓迎しようじゃないか。

 ほら、僕って天才肌だからさ、生きてるだけで女の子らしさが出ちゃうんだよね。

 全然嬉しくない……。


「昼間に西河とカフェに行ったあいつだよ。え? 名前知らなかったの?」

「か、顔は覚えてたよ? ほら、サッカー部の人だよね?」

「あいつはテニス部だよ」


 何も合ってなかった……。

 佐藤君がシラケた目で見てくるので、思わず視線を逸らす。

 すると、こめかみに手を当てながら首を振る芦塚さんが視界に入った。


「芦塚さんどうしたの? 体調悪い?」

「いいえ、体調は問題ないわ。ただ、あなたが名前も知らない人と出かけた事に呆れているだけよ。知らない人に付いて行っちゃダメだって事くらい、小学生でも知ってるわよ?」

「でも、名前は知らないけど一応クラスメイトだし……」

「この際だから、未だにクラスメイトの名前を覚えていない事には触れないであげるわ。でも、本当に知らない人には付いて行ったらダメよ?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だってー。いくらなんでも、そこまで間抜けじゃあないよ」


 芦塚さんは相変わらず過保護だなぁ。

 知らない人に付いて行く機会がある程外に出ないから大丈夫なのに。


「なんか、芦塚って西河の母親みたい」

「ねー」

「ねーじゃないの。あなたはもう少ししっかりしなさい、男の子でしょう?」

「はい、お母さん……」


 佐藤君にもツッコまれる程に、今の芦塚さんは母親感がすごい。

 確かなバブみを感じる。


「あなたの家の事情を多少知っているから、母親らしいと言われても反応に困るのよね。私、そんなにあなたのお母さんに似ているのかしら?」

「全然似てないよ! 芦塚さんとあんなのを比べるのは、芦塚さんに失礼ってもんさ。芦塚さんが世界一! 愛してる!」

「ありがとう西河君。でも、そういう事はちゃんと二人きりの時に、もっと気持ちを込めて言って欲しいわね」

「また今度ね」


 芦塚さんに気を遣わせてしまってはいけないと思って、つい愛してるとか言っちゃった。

 僕は全然気にしてないけど、相手の家族事情に触れていいのか微妙な気持ちは理解できる。

 なんか変だもんね、西河さんとこの家庭。


「なあ高御堂、この二人っていつもこんな感じなの?」

「そうだぞ。こんなものを毎回見せつけられる俺の身にもなって欲しいものだ」


 佐藤君は高御堂君の横へ移り、ヒソヒソ話すフリをしながらこちらを伺っている。

 でも、声丸聞こえなんだよなぁ……。


「あら、私は人前では控えているつもりよ?」

「え? それで?」


 佐藤君は驚いた様子で確認を取ってくる。


「そうよ? 私達が二人きりの時なんかは……ねえ、西河君?」

「確かに……言われてみればそうかも……」


 一緒に寝たり抱きついてみたり、換えの下着を僕の家に置いていったりと、芦塚さんは見えない所ではもっとやりたい放題だ。

 でも、教室で僕の太ももをまさぐるのはやりすぎだったと思います。

 考え込む僕の表情を見て、佐藤君は驚きを隠せない様子だ。


「ふ、二人きりの時はどんな事になってるの?」

「それはちょっと言いたくないかなー。僕も恥ずかしいし」

「ま、まさかそこまで……もう付き合っちゃえばいいじゃん」

「そうなのだけどね。私は好きな人には告白するよりも、されたいタイプなのよ」 


 そうだったのか。

 あまり知らないけれど、沢山告白されてきたであろう芦塚なら、たまには告白することがあってもいいと思っちゃうけど。

 しかし、これを真に受けてはいけない。

 ここで勢いに任せて告白しようものなら、笑顔でごめんなさいされるのは目に見えている。

 やはり彼女にとって僕は、愛玩動物か何かなのだろう。

 それも悪くないさ……僕はチワワらしいし。

 そんな事を考えていると、何を勘違いしたのか佐藤君は立ち上がり、芦塚さんに頭を下げ始めた。


「なるほど……よし! 芦塚好きだ! 俺と付き合って下さい!」

「嫌よ」

「ひどい……断るにしても、もう少し優しさが欲しかった……」


 冗談半分であろう佐藤君の告白は失敗に終わった。

 まぁそうなるよね。

 彼女の言葉を真に受けるからこうなるのだ。

 芦塚さんは何故かドヤりながら僕の方を見てくる。

 『これがお前の未来の姿だ。あんまり調子に乗るなよ?』とでも言いたいのかな?

 大丈夫だよ芦塚さん、僕はそこまでアホじゃないんだ。

 これからもあなたのチワワとしてキャンキャン吠えていくから安心して下さい。

 チワワってかわいいよね。

 しかし芦塚さんのドヤ顔は本当にかわいいな……すき……。

 芦塚さんのドヤ顔大全集とか出版して欲しいくらい。


「佐藤が芦塚と付き合うのは無理だろう。だが、そのチャレンジ精神は素晴らしかったぞ」

「高御堂……それ、慰めてるの?」

「そのつもりだ」


 真面目な顔で頷く高御堂君を見て、佐藤君は余計に泣きそうな顔になってしまった。

 高御堂君は人を慰めるのが下手だなぁ……。

 仕方ない、お手本を見せてあげますか。


「佐藤君元気出して? 今回は残念だったけど次はきっと大丈夫だよ! 佐藤君にも良い所は一杯あるからさ、誰かがきっと見つけてくれるよ!」

「西河……!」


 佐藤君の横へ行き、頭を撫でながら慰めてみる。

 僕は彼の何を知っているのだろうか。

 良い所はあるんだろうけど、いくらなんでも無責任すぎる気がする。

 でも、なんか成功したっぽいしいいか。


「高御堂君、人を慰める時はこうやるんだよ?」

「そうか……しかしお前がやると、弱った男に付け入る悪い女みたいだったぞ」

「高御堂君の目には僕がどう映っているの?」


 その評価は流石に悲しい。

 ぶりっ子大好き高御堂君にはお気に召さなかったのか……。

 高御堂君こそ、将来は悪い女に騙されないで欲しいと思う。

 僕みたいなあざとい女に騙されないよう気をつけてね? 

 って、誰かあざとい女だよ。

 なんにも合ってないわ。

 

 一人でノリツッコミをしていると、丸山さんがビンゴカードを配る為に僕らのテーブルへとやって来た。


「ここも盛り上がってるねー。佐藤君はドンマイ! ビンゴで良い景品が当たるように祈ってるよ。じゃあ、あっちのステージの方でビンゴ大会を始めるから移動をお願いしまーす!」


 高御堂君達はビンゴカードを受け取ってステージスペースへと移動する。

 ふと芦塚さんを見ると、何かがお気に召さない様子だ。

 ビンゴにトラウマでもあるのかな?

 他の人達は皆先に行ってしまったので、少し芦塚さんの様子を見てみることにした。


「芦塚さん、怖い顔してどうしたの?」

「怖い顔なんてしてたかしら? そんなつもりは無かったのだけれど……」


 確かに怖くは無かったかもしれない。

 ちゃんと訂正しなければ。


「ごめん言い直すね。芦塚さん、かわいい顔してどうしたの?」

「それはそれでおかしい気がするけれど……まあいいわ」

「それでどうしたの? ビンゴが嫌いとか?」

「ビンゴは別に好きでも嫌いでもないわ……ただ、さっきあなたが佐藤君の頭を撫でていたのがちょっとね」

「僕も芦塚さんの真似をしてみたんたけど、何かおかしかった?」


 煮えきらない様子の芦塚さん。

 僕は人の頭を触るのは初めてだったので、その道のプロである彼女にしてみれば、もしかしたら何かおかしな部分があったのかもしれない。

 だって、普通に生きてたら人の頭なんて触る機会なくない?

 相手がタイ人だったら怒られるよ?


「いえ、別におかしくはないと思うけれど……ただ、私の頭は撫でてくれないのになーって思っただけよ」

「芦塚さん……」


 彼女は拗ねたように顔を僕から逸した。

 えっ……かわいい……。

 胸がキュンキュンする……ちょっとキャパオーバーかもしれん……。

 でも、こんなにかわいい姿を見せられたら僕は覚悟を決めるしかない。

 芦塚さんに預けっぱなしだった僕の帽子を自分の頭に戻し、彼女の頭に手を置く。

 すると彼女は、頭を差し出すように俯いた。


「よしよし、芦塚さんはかわいいねえ。こんなにかわいい事ばっかりして、僕をどうするつもりなの?」

「別に……たまにはいいじゃない」


 芦塚さんの髪の毛さらっさらだなぁ……。

 これ、本当に僕なんかが触っても大丈夫なやつなの?

 すごく気持ちいいです……芦塚さんが僕の頭を触ってる時もこんな感じなのかなぁ。

 僕の髪はここまでさらっさらじゃないけど、彼女が人の頭を撫でるのが楽しいと言っていた気持ちがちょっと分かった気がする。

 かわいいかわいいと言いながら撫で続けていると、芦塚さんは顔を上げ、満足そうな顔を見せてくれた。


「ありがとう。あなた、頭を撫でるの上手ね。次からは、言われる前に出来るともっといいわよ?」

「難しい事言わないでよ……」

「つべこべ言わないの。男の子でしょう?」


 普段は僕に女の格好をさせたりするくせに、こういう時だけ男の子扱いしてくる芦塚さんは本当にずるい。

 顔が良いからってやりたい放題じゃん。

 でも、かわいいから許す!

 僕もやってみようかなぁ。

 『高御堂君、頭撫でてよぉ〜』って。

 ……流石にドン引きされそう。

 同じ事でも僕はダメで芦塚さんなら許される。

 ほら、やっぱり芦塚さんの方がかわいいじゃん。

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