第35話 かわいい子は何をやってもかわいい
名前も知らないクラスメイトにパンケーキを御馳走された僕は、今度こそ帰宅した。
彼とはオーラの話が合うし、また機会があったら話してみたいものだ。
時計を見ると時刻は15時過ぎ。
18時集合なので、まだ余裕は結構ある。
せっかくだから、この前買った化粧品を試してみようかな。
クリスマス会にどれくらい気合を入れて行けばいいのかわからないけど、多少は張りきらないといけない気がする。
それに、今日使わなかったら二度と使わないと思うし。
よし、スマホで調べつつ、購入時のポイントを思い出しながらやってみよう。
……できた。
これが正しいのかは分からないけど、多分こんなもんだろう。
フェイスパウダーはあまり効果を実感できないが、アイライナーのおかげで普段よりも目が大きく見える気がする。
チークは僕にはあんまり似合わなかったので、本当に薄っすらとしか付けられなかった。
これは二度と使わないかな……。
何というか、男ウケよりも女ウケの方が良さそうな顔になったと思う。
僕は男なのであまり好きではないが、女ウケがいいというのは良いことなのかもしれない。
……僕は何を目指しているんだ?
自分の性別と、この顔がウケる相手と、メイクの意図が分からなくなってパニックになりそう。
女ウケがいいってモテるって意味じゃない気がするし。
まあ、クリスマス会でいちいち相手の顔をしっかり見たりしないでしょ。
帽子も被るし何でもいいや。
冬用の服は黒のダウンジャケット一つしかないので選択肢はない。
クリスマス会ってドレスコードとかないよね……?
もしそんなものがあったら元気よく帰ろう。
こうして黒いチノパンに黒のダウン、頭にはキャップ帽という不審者コーデが完成した。
改めて鏡を見ても、控え目に言ってくそダサかった。
とにかく全然似合ってないし、顔だけ気合入れて服はこれかぁ……って思っちゃう。
他に無いから仕方ないよね。
もしかしたら、この格好が今年の流行で、行ったら全員この服装の可能性だってある。
その可能性を信じて、流行の最先端を追いかけているんだと言い聞かせながら会場へと向かうことにした。
到着したのは栄にある小さなクラブハウスだ。
受付を済ませて中に入ると、集合時間ギリギリなのもあって、クラスメイト全員居ると思われる人数が既に居た。
恐らくステージスペースでビンゴ大会が行われ、机の並んでいるこちらが喫食スペースとなるのだろう。
既に席に座って談笑するクラスメイトを見渡す。
うわー、真っ黒コーデの人誰もいないし。
皆遅れてるんじゃないの?
一周まわってオシャレな自分のファッションセンスに酔いしれていると、芦塚さんが僕に気づいてくれたようで、僕の方まで来てくれた。
「あなたその服装……まあいいわ。高御堂君もいるからこっちに来なさい」
何か言いたげな芦塚さんに付いていき、高御堂君も居る席へとやって来た。
テーブルには料理と飲み物が用意されており、あとは始まりを待つばかりといった様子だ。
席に居る高御堂君は、僕の姿を見て怪訝な顔を僕に向けてくる。
「高御堂君メリクリ〜……二人ともさ、僕の服装に言いたい事があるなら言ってもいいんだよ?」
ダウンジャケットを脱ぎながら、煮えきらない反応の二人に問いかける。
「いいのか? しかし、俺も無闇に他人を傷つけるのは避けたいのだが……」
「今のでもう十分に傷ついたから大丈夫だよ……」
「そうか……よし芦塚、言ってやれ」
「私から言うの? そうね……あなた、他に服は持っていないの?」
「無いんだなこれが」
二人は示し合わせたかのように、揃ってため息をついた。
息ぴったりね……。
「言葉を選んだつもりだったのだけれど、まさか本当に無いとは思わなかったわ」
「芦塚さんはもう少し僕への理解を深めて欲しいかな。冬用の服はこれと、家の中で着る用のダウンベストしか無いのでした」
「どうしてあなたが偉そうにするのよ。ていうか、家の中で着る用って何なのよ」
「家で暖房付けると眠くなるから使わないんだよね。だからいつもフリースとダウンベストで寒さを凌いでるの」
「そんな事まで知る訳ないじゃない。知って欲しいなら、この冬休みはあなたの家にずっと居座るわよ?」
「僕は別にいいけど、家でやること無いよ?」
「お前はいいのか……」
高御堂君は呆れたように口を開いた。
まあ、居てもらう分には構わないんだけど何するのって感じ。
僕は芦塚さんを眺めているだけでも幸せに過ごせる自信があるけど、彼女を休みの間ずっと楽しませるなんて無理だよ。
そんな話をしていると、今回も幹事である丸山さんが立ち上がって前に出てきた。
彼女によって開始の宣言が行われる。
「えー本日はお集まり頂きありがとうございます。来年からは受験勉強も本格的に始まり、年明けにある修学旅行を終えると、こうしたイベントを開ける回数も少なくなってくるかと思います。残り僅かな時間を目一杯楽しみましょう! メリークリスマース!」
「メリークリスマス!」という掛け声と共に、全員でグラスを掲げる。
僕達も三人でグラスを軽くぶつけ合い、乾杯を行う。
ふと手元のグラスを見てみると、シュワシュワと泡が立っているのに気づいた。
「ねえ芦塚さん、これってジンジャエールだよね?」
「そうよ、苦手だった?」
「うん。炭酸はちょっと苦手なんだよね」
「……本当に言っているの? ちょっとあざと過ぎるから、嘘ならやめた方がいいわよ?」
「本当だよ! こんな嘘言って何になるの!」
「いえ、別に炭酸が飲めない人を馬鹿にしている訳ではないのよ? ただ、あなたが言うと狙いすぎという、かわいすぎというか……」
「ねえ高御堂君、炭酸飲めない女の子ってかわいいの?」
「どうだろうか? 何とも思わないが……そうだ西河、少し飲んでみてくれないか。その反応を見て決めよう」
「そうなるのか……でも、昔は飲めなかったけど今なら飲めるかもしれないもんね。そうなったら高御堂君には申し訳ないけど参考にならないよ?」
「ああ、構わないからやってみてくれ」
子供の頃に缶のコーラを初めて飲んだ時の、あの舌と喉が痛い感じがトラウマになってからは炭酸を避けてきた。
しかし僕ももう高校生だ。
炭酸くらい飲めるようになっている方が自然だろう。
ジンジャエール、勝負だ!
「……けほっ」
痛い痛い痛い!
えっ……何これ? 人が飲んで大丈夫な物なの?
ちょっと飲んだだけなのに喉と舌をやられた。
何度も咳き込んでいるうちに、目元に涙が溜まってきた気がする。
横に座っている芦塚さんに背中を擦られる僕は、この場で一番情けない男だと誰もが口を揃えて言うだろう。
ていうか、高御堂君に感想を聞かなくちゃ……。
「高御堂君……けほっ……どうだった?」
「そうだな……西河以外が突然これをやったら、正直あざとくてドン引きだな。だが、あれだけ前フリをしっかりやっていたのもあって、今のお前はとてもかわいらしいぞ」
「あ、ありがとう……けほっ……」
これは褒められてるのか?
ていうか、君が飲ませた癖にどうしてそんなに偉そうな評価のし方ができるの?
炭酸なんて二度と飲まない……。
「あなた本当にかわいいわね。どうしてそんなにかわいいの?」
芦塚さんは僕から帽子を取り上げ、自分の頭に乗せて僕の頭を撫で始めた。
やだ……芦塚さん帽子似合いすぎ……。
「芦塚さんは帽子被ってもかわいいね。もうその帽子あげるよ」
「せっかくだけど遠慮しとくわ。……あなた、よく見たら今日はお化粧がいつもと違うのね」
「うん。この前色々あって少し買い足したんだよ」
「そうなの、ちゃんと似合ってるわよ。ほら、高御堂君にも見せてあげなさい」
「えっ、何で?」
「そのお化粧が高御堂君のお眼鏡にかなうのか気になるでしょう?」
「いや、別に気にならないけど……まあいいか」
高御堂君に顔を見せるとしても、普通にはいって見せるのは面白くないし、なんだか恥ずかしい。
どうしようか……折角だから高御堂君をここでデレさせたいんだよね。
……よし、プランが決まった。
「高御堂君どう? 僕、かわいい?」
肘を張るように広げながら両手の人差し指を頬に添え、首を傾げて全力の笑顔を作ってみた。
自分でやっといてアレだけど、これは流石にあざとい。
実際にやる女の子いないでしょ……。
内心ビクビクしながら高御堂君の反応を待つ。
さあ、どうだ!
「お、おう……かわいいぞ……? お前はそういう感じの仕草が似合うんだな……」
高御堂君は、照れたような困ったような、そんな反応をしながら顔を背けてしまった。
これは結構いいのでは?
「ちなみにこれは何点?」
「82点だな」
「おおー! 高得点だね!」
「あなた達は何の遊びをしているの?」
芦塚さんはシラけた顔をしているが、高御堂君の反応は悪くなかったからいいでしょう。
ぶりっ子してるのが似合うと言われるのは大変複雑な気持ちだけど、高御堂君の好みが分かったのは大きい。
これからはこんな感じでぶりぶりしていくことにしようか。
……キッツいな。
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