第34話 日本のパンケーキは高すぎる!!

 ク〜リスマスが今年もやあてくる〜(絶望)

 あの曲本当に嫌い。

 あとは毎年違う人がカバーするラストクリスマスとSanta Claus is Coming to Town が本当に嫌。

 世界中の人間がクリスマスを楽しみにしている訳じゃないんだよ!

 パジャマを脱いだらパンツ一枚ででかけてやろうか?

 クリスマスといっても平日なのだ、ちゃんと日常生活を大事にしなさい。


 去年のクリスマスは何をしていたのかさえ覚えていないが、今年はクリスマス会とやらがあるおかげで退屈はしない。

 退屈しているのと参加するの、どちらが良いかは終わってみなければ分からないが、現状は行きたくない気持ちで一杯だ。

 クラスメイト全員が覚えやすい特徴を持っている訳ではないので、正直半分も覚えていない。

 皆もっと個性を出して欲しいものだ。

 北海道から来たとか世界一かわいいとか、あとは女装してくるとかさ。

 それくらい個性的な人なら僕でも忘れないのに。


 クラスメイトへの理不尽な文句を頭の中で並べていたら、いつの間にか終業式が終わっていた。

 今日は午前で終わり、夜からはついにクリスマス会が行われる日だ。

 教室では皆が今日のクリスマス会について話している。

 僕はというと、東急ハンズで入浴剤を買った後に、理由は分からないが高御堂君と芦塚さんにも何か送らないといけない気持ちになってので、二人へのプレゼントも用意してある。

 なので今日の準備は完璧だ。

 どうして二人に色違いでお揃いのボールペンを用意したのかは、自分でも思い出せない。

 ただ何となく、二人には同じ物を持っていて欲しいと思った事だけは覚えている。

 二人が付き合っている訳でも、僕をのけ者にしてお出かけしていたという訳でもないのにね。

 そんな事実は無かったはずだ……。

 うっ……頭が……!


「西河君、頭を抱えてどうしたの? 頭が悪いの?」

「頭が悪いのは否定しないけど……」


 芦塚さんは今日も絶好調みたいだ。

 彼女は案外イベント事でテンションが上がるタイプである。

 この毒舌はそのせいであり、普段から僕のことを頭が悪いと思っている訳じゃないはず。

 そう自分に言い聞かせよう。


「何もないなら良いのだけれど。今日のクリスマス会をサボる為に仮病の練習をしているのかと思ったわ」

「僕もそこまで往生際が悪くないよ。芦塚さんを守る為にも、今日はちゃんと行くから安心してね!」

「また変な事を考えてそうね。面倒くさいから聞かないけれど、取り敢えずありがとうと言っておくわ」

「今日の芦塚さんは釣れないなあ」


 何だか今日は普段よりもドライな対応をされている気がする。

 冬だから?

 この前買った顔パックあげようか?


「話なら後で沢山聞いてあげるから。本当にちゃんと来なさいよ? お金も払っているのだし」

「大丈夫だって。僕、そんなに信用ない?」

「ないわ」

「ないかー……」


 確かに、僕がこういう集まりに参加するのは初めてだもんね。

 前回は誘われなかったとは言え、参加しなかった事に対して彼女はお怒りだった。

 前科持ちにとって信用とは一番縁遠い言葉なのかもしれない。


「まあ、来る気があるのならいいわ。それじゃあ私も帰って準備をするから、また後でね」

「はーい。またねー」


 手を振って芦塚さんを見送る。

 謎の頭痛も収まったし、僕も帰ろうかな。


「に、西河! ちょっといいかな?」

「ん? どうしたの?」


 教室のドアに向かう途中で、一人の男子生徒から声をかけられた。

 たしかこの人は、夏休み明けに僕と高御堂君が付き合っているという噂が広まった時に、うっかり告白してきた人だったはず。

 あの時の空気は忘れられないなぁ……。


「あのさ、この後少し時間をくれないか? そんなに長い時間じゃなくていいからさ、一緒にカフェとか行けたらなって……」


 尻すぼみに小さくなる声に、何となく断りにくい空気が生まれる。

 この男、空気を操る力でもあるのか?


「そうだね。折角誘ってくれたんだし、何処か行こうか」

「あ、ありがとう!」


 彼の表情と一緒に教室の空気も晴れた気がする。

 多分彼は悪魔の実の能力者だろう。

 エアエアの実とかかな?

 ロギアっぽいし戦ったら強そう。


 彼に連れて来られたのは、学校からそこまで離れていない場所にあるカフェだった。

 僕の家とは反対方向なので、こんな所にカフェがあるとは知らなかった。

 中々にオシャンティーな雰囲気であり、確かに男だけでは入りにくい雰囲気を醸し出している。

 まぁ、今回は男二人なのだけれども。

 彼はホットコーヒーとケーキのセット、僕はアイスティーとパンケーキをそれぞれ注文して料理が来るのを待つ。


「一緒に来てくれてありがとな。断られるかと思ってたのに」

「夏休み明けにあんな事があったからね、何か話があるのかなって思ったの。もしかして、本当に告白されちゃう感じ?」

「し、しないって! でも、それも関係あるかな。今日は俺が西河を好きになった理由を聞いて欲しかったんだ。あとは、西河とちゃんと話してみたくて」


 それはもう告白では?

 まぁ、お付き合いして下さいと言われるのではないのなら、お断りしなくてもいい分気楽に聞ける。

 ファンが握手会とかでアイドルに好きな所を語る様なものだと思えばいいのかもしれない。

 我ながら大きく出た気がするけど、似たようなものだと思う。


「ほー……聞かせて貰おうじゃないか」

「最初に言っておくけど、付き合って欲しいとかじゃないからな? いや、付き合えるなら喜んでって感じだけど、無理なのは分かってるし……」

「あー……僕も同じような事を考えたことあるから、何となく分かるよ」

「西河なら誰とでも付き合えるだろ?」

「どうだろうね? まあ、僕の話はいいからさ、まずは君の話を聞かせてよ」

「そ、そうだな。……今日の話は他の人には言わないで欲しいんだけど、実は俺、昔から男の娘ってジャンルが大好きでさ……」

「お、男の娘?」

「そう。女みたいにかわいい男キャラが好きで、西河を見た時に『リアル男の娘きた!』ってなったて、それからはもうメロメロだよ」


 彼がそう熱弁していると、注文した物がやってきた。

 それぞれの前に品を置いて「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。

 ……あの店員さん、絶対話聞いてたよね。

 どう思われてるんだろう……。

 まあ、もう来る事はないし何でもいいか。


「メロメロって……でも確かに、女子の制服を着て来る男って普通に生きてたら中々出会えないよね」


 パンケーキを一口サイズに切り分けながら、話の続きを促す。


「そうなんだよ! 俺もまさか、本物に出会えるとは思ってなかった訳なのよ。西河はどこから見ても女の子だし、一人称も僕だから完璧なんだ。欲を言えば、髪の毛をもう少し短ければとは思っています」

「僕ら髪の長い女の子が好きだからね。これくらいの方が女の子っぽいでしょ?」


 あっ、パンケーキ美味しい。

 流石高いだけあるなぁ。


「西河は髪が短くても女子にしか見えないと思うけど……なあ、パンケーキ食べてる所、写真撮ってもいいか?」

「えっ……いいけど他の人には配らないでね?」


 なんか最近、周りの人がやたらと写真を撮りたがる気がする。

 写真ブームなの?

 まぁ、これもファンサービスだ。

 本人を呼び出してよく分からない話をするその熱意に免じて、写真くらいは撮らせてやろう。


「ありがとうございます! じゃあさっきみたいにパンケーキを口に持っていって……そうそう、それで口を開けたままこっち見て……あーいい感じ! じゃあ撮るよー!」


 思ったより指示が多いのね……。

 注文の多い料理店かな?

 彼は撮った写真を見て満足そうにしている。

 写真一枚で彼が幸せになれるのなら、それもいいだろう。


「うわーすげえかわいい。ほら、西河も見てよ」

「ん? ……うわっ、とんでもないぶりっ子じゃん。インスタに写真を載せていいねを稼ぐのが生き甲斐なのかな?」

「お前、自分の写真にそんな事言って悲しくないの?」

「でも、言いたい事分かるでしょ?」

「…………」


 ちょっと? 黙らないでもらえる?

 君の指示に従った結果がこれなんだよ?

 前回はメイクのせいで自撮り研究家になったが、今回は制服姿でカフェという状況と、薄いメイクのせいで『私、自分のことをかわいいとか全然思ってないよ? これが普段の私なんですぅ』とでも言いたげな自分大好き女となっている。

 口を開けてたままっていうのが、またわざとらいし。

 『私かわいくないからー』と言って、相手からのかわいいをカツアゲする性根の腐ったメスとでも言えば分かりやすいかな。

 いや、そこまで言わなくてよくない?


「でも、よく撮れてるとは思うよ。写真撮るの上手だね」

「いや、これは素材の力だよ。西河は誰が撮ってもかわいい。……うん、かわいい。なあ、自分で自分を撮ったりはしないの?」

「芦塚さんにやらされて、1回だけやったことあるよ」

「……その写真も見せてもらえないでしょうか?」

「見るだけならいいよ。ちょっと待ってね……はい、これ」


 インスタ女の写真を撮られたのだから、こっちの写真も見せるくらいは何でもない。

 欲しいと言われたら絶対に嫌だけど。


「おお……自信に満ち溢れた顔してるな。やっぱり西河って、自分のことかわいいって思ってるの?」

「やっぱりって何? まあでも、そりゃー思ってるさ。じゃなかったらこんな格好してないよ」

「その顔で『私ブスだからー』って言われるよりは、その方が印象良いと思うぞ。自分が女っぽいのを気にする男の娘キャラは沢山いるけど、ここまで自分に自信のあるのは珍しいし最高です」

「あ、ありがとう……」


 その褒められ方は、あんまり嬉しくないかも。


「俺は西河が学校で一番かわいいと思ってるけど、西河も自分でそう思うの?」

「いや、芦塚さんが一番でしょ。何言ってるの?」

「おお……何か急に怖いな。確かに芦塚も綺麗だけど、西河の方が女の子っぽいと言うかかわいらしいというか……今日話してても思ったけど、話しやすいから余計にかわいく見えるんだよ」

「あー、芦塚さんオーラ出てるもんね。美人オーラ」

「そうそう。西河はそういうのが無いから、手が届きそうで届かないって感じ。犬に例えると、芦塚がボルゾイで西河はチワワっていうかさ」


 チワワ扱いされる男って……。

 しかし、僕は男だから話しやすいのは間違いないだろう。

 そしてやっぱり芦塚さんはオーラ出てるんだよね。

 これを言うと怒られるから、本人には言わないけどさ。


「僕はあんなオーラ出せないよ。でも、芦塚さんのオーラが分かる人と会えて嬉しいな。高御堂君といい、あの二人のオーラすごいんだもん」

「高御堂も確かに出てるよなー」


 それからも二人でオーラの話をしていると、思ったよりも時間が経ってしまったので解散することにした。

 彼とはオーラ友達になれそう。


 会計は彼が全部出してくれた。

 『誘ったのは自分だし、少しはカッコつけさせてくれ』と言われ、同じ男として気持ちが理解できたので、今回はごちそうされることにした。


「じゃあ西河、今日はありがとな! また後で!」

「こちらこそありがと。ごちそうさまでした」


 写真は撮られたものの、芦塚さんのオーラの話ができて満足だ。

 ……そう言えば、結局彼の名前は何なんだろう?

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