第30話 これが日本のハロウィン

「西河君、あなたは最近私達のことを放っておきすぎじゃない?」

「えっ?」


 芦塚さんブームも落ち着きを見せてきたので、今日は久しぶりに芦塚さんと高御堂君と僕の三人だけだ。

 そんな時に、彼女は突如として変な事を言い始めた。


「えっ、じゃないわよ。あなたって、私達から話しかけないと動かない所があるのよ。この前の打ち上げといい」

「あの件は深く反省しております。なので罰ゲームはもうやめましょうよ」


 命がもったいない!!


「確かに、西河は受け身過ぎる節があるとは思っていた。夏休みも、俺が誘ったっきり連絡がなかったしな」

「そうなのよ、高御堂君はよく分かっているわね。彼は誘われ待ちというか、自分から何かしようって提案するのが苦手なのよ」

「あー……それはそうかも」


 友達がいなかった弊害ですね。

 誘う相手もいないのに、どうやって経験を積めと。


「自覚はあるようね。でも、これは由々しき事態よ。今後も西河君が誘われ待ち体質のままでは、私達以外とのコミュニティではやっていけないわよ?」

「そ、その時はまた考えるよ……」


 芦塚さんは百年後も一緒に居てくれるって言ったのに!

 見捨てないでよ……。


「という訳で、西河君には何か一つ企画をして欲しいのよ」

「企画?」

「そう、今度ハロウィンがあるでしょ? だからハロウィンにかこつけて、あなたが何か企画を考えなさい」

「つまり、ハロウィンを口実にして集まるから、その時に何をするか決めろってこと?」

「言い方が気になるけれど、まあそういうことね。二人とも今週末は空いているかしら?」

「ああ、問題ないぞ」

「僕はいつでも空いてるよー」


 僕に予定を聞くのは無駄だと分かっていても、一応聞いてくれる芦塚さん素敵……。

 高御堂君の予定だけ確定されていたら無駄なダメージを受ける所だった。


「なら西河君、今週末までに何をするか考えておいてね」

「いいけど、後で文句言わないでね?」

「それは保証できないわ」

「えぇ……」


 助け舟を求めて高御堂君を見ると、彼は首を振ってしまった。


「期待はしていないが、先日の罰ゲームみたいなのだけはやめてくれ」

「じゃあ何で僕にはやったのさ……」


 かくして、ハロウィンイベントの企画を考えることとなってしまった。



 ハロウィンとは何なのだろう。

 仮装して道路を練り歩き、トラックを倒したり窃盗したりと、やりたい放題なイベントというイメージしかない。

 調べてみると、仮装をしてカボチャのランタンを飾る収穫祭だという。

 日頃から女子高校生の仮装をしてるし、仮装はやらなくてもいいだろう。

 芦塚さんの仮装は見たいけど、どうせ僕だけやらされて、また撮影会が始まるのは目に見えている。

 三人で仮装してお出かけ、と言うのは悪くないんだけどね。

 しかし芦塚さんが仮装しようものなら、ハロウィンで浮かれた危ない奴らが芦塚さんの魅力に当てられ手を出してしまうかもしれない。

 彼女をそんな危険に晒す訳にはいかないだろう。

 やはり仮装関係はもう無視しよう。


 そうなると、やはりホームパーティーみたいなイメージで何かする方向になる。

 調べによると、ハロウィンに関する映画を見たりするようだし、基本的にはご飯を食べながらの映画鑑賞でいいだろう。

 でもハロウィンの食事って何? やっぱりカボチャ?

 クリスマスはチキン、お正月はおせち、みたいな定番料理が無いのに何を用意しようか。

 大体からして日本は何でもかんでもイベントをやりすぎなんだよ。

 ハロウィンの後はクリスマスもあるし、1月には正月、2月にはバレンタインと芦塚さんの誕生日が控えている。

 正直、芦塚さんの誕生日以外はどうでもいいんだよなぁ……。


 そんな事を考えていると、ふと良いアイデアが思い付いた。

 これ程日本のハロウィンらしい物は、恐らく他には無いだろう。

 間違いなく怒られると思うけど、僕にはこれ以上のものは出せないと断言できる。

 よし、必要な物を買いに行こう。

 


 時は過ぎて当日。

 時刻は19時。

 今日は二人を、僕の考えた日本のハロウィンパーティーで饗すとしよう。

 手伝ってもらった妹の渚も誘ってみたが、絶対に嫌だと断られてしまった。

 悲しいね。

 飾り付けも何もしていない僕の家には、既に二人とも到着している。


「それで西河君、今日は何をするのかしら? 飾り付けもしていないし、本当にやる気あるの?」

「あ、ありますよ……今日はこれをやろうと思います」


 僕が取り出したのは少し大きめのお鍋だ。


「鍋パーティー? ハロウィンらしいかはともかく、悪くないじゃない」

「でしょう! でも、ただのお鍋だとハロウィンらしくないと思って、今日は闇鍋パーティーにしました!」

「……どうして?」


 悪くないと言われたから自信を持って発言したけれど、これは失敗したかもしれん……。

 芦塚さんは困ったような怒ったような、そんな難しい顔で僕に理由を訪ね、高御堂君は眉間にシワを寄せてお鍋を睨みつけている。

 こ、こんな空気になるの……?


「だ、だって日本のハロウィンって意味分かんないじゃん! 東京では仮装した人がごった返してるし、毎年何かしら犯罪が起きてるし。そんな訳の分からない日本のハロウィンを一番表しているのが闇鍋なんだよ! 暗くするから飾り付けも要らないし完璧じゃない?」


 僕の力説も虚しく、二人から返事がない。

 おかしい……思い付いた時にこれしかないって思ったのにな……。

 怒られるのは覚悟してたけど、無言は聞いてない……。

 しばしの沈黙の後、芦塚さんは大きくため息をついてから、ようやく口を開いてくれた。


「あなたに任せるとこんな事になるのね……良く言えばサプライズは得意なのかもしれないけれど、内容は最悪よ」

「まあ、西河が一生懸命考えたことだけは伝わってくるぞ。闇鍋とやらはやったことがないし、たまにはいいじゃないか」

「まあ、任せたのは私なのだし仕方ないわね。それに、よっぽど変な物は用意していないでしょう?」

「食材は渚に用意して貰ったから、僕も内容は知らないんだよね……」

「その本人は居ないのね。一気に不安になってきたわ……」

「本人が言うには、食べられない物は入ってないらしいけどね」

「お前の妹の良心にかけるしかないな。西河を見る限りは、あまり期待できんが」


 酷い言われようだ……。



 こうして電気を消して、闇鍋パーティーがはじまった。


「取り敢えず全部入れちゃうね。ナマモノがあるかもしれないし、10分くらい煮込もうか」


 カーテンを閉めても、うっすらと鍋の場所や物の配置は見えるが、自分が何を入れたのかは全く分からない。

 ホルモンとかは苦手だから、入ってないといいなぁ……。

 渋谷のごった返し具合や、日本文化のごちゃごちゃ感を表した完璧な料理のはずなのに、何故か空気は重い。

 映画鑑賞どころじゃないよこれは……。


「ねえ、本当に食べるの? 食べ物で遊ぶのは、あまり関心しないのだけれど」

「よっぽど変な物でなければ我慢して食べるつもりだが、どうしても無理なら西河が責任を持って処理するだろう」

「が、がんばるよ……」


 入れた具材の量はそこまで多くないので、高御堂君が頑張ってくれる前提であれば残すことはないと思う。

 渚、お前本当に頼むぞ?


「そう言えば、前に来た時はお鍋なんて無かったのに、今日の為に買ったのかしら?」

「うん。多分二度と使わないと思うけどね。芦塚さん持って帰る?」

「いらないわよ。こんな大きなお鍋、いつ使うのよ」

「僕も一人暮らしだから要らないんだよね。そもそも料理しないし」

「西河、お前はもう少し料理をしたらどうなんだ。いくら男だと言っても、できて損はないだろ」


 高御堂君からしたら、料理のできない女というのはマイナスポイントなのかもしれない。

 まぁ、男女関係なくできた方がいいよね。


「やればできるはずだから、必要になったらやるよ」

「その自信はどこから湧いてくるんだ?」

「僕はあんまり食事に拘りがないから、食べれたら何でもいいんだよ」

「なら、今日のお鍋もお願いね?」

「食べれる物ならね……」


 過保護な二人は僕の将来を案じてか、料理をできるようになれとたまに言ってくれる。

 でも、面倒くさいんだよね……。

 完全栄養食、みたいなのが最近流行っているし、もっと安価になればあれだけで生きていきたいと思っている。

 食品メーカーの皆さん、期待してますよ!


「そろそろいいかな? 蓋を開けるね」


 蓋開けても、ダシの匂いしかしないのが、より一層不安を掻き立てる。

 臭いのも嫌だけど、無臭は無臭で怖いのだ。


「じゃあ、取り敢えず何か食べてみるよ」

「西河君、変な物は全部食べてくれてもいいのよ?」

「最初から全部は食べないよ……」


 まずは箸で、固形物をいくつか拾う。

 その後はおたまでスープごと器に流し込んで、第一弾の完成だ。

 いざ実食!


「いただきます……うわっ、なんか甘い」

「甘いのか。俺としては、せめて辛い方がマシなのだが……」

「そうね、辛いだけなら我慢できるものね」


 なにこれ、ケーキとか入ってるの?

 箸で固形物を食べると、野菜のような物にドロドロとした甘い物がまとわりついている気がした。

 最低限野菜が入っていることに安心したが、味は酷いものである。

 野菜を何とか処理すると、ドロドロとした物が残ったので、勇気を出して単品で食べてみた。


「……これ、多分シュークリームだ。ダシとクリームですごい味になってる。温かいのが本当に嫌だなこれ……二人とも食べてみてよ」

「そんな感想を聞いたら食べたくなくなるけれど、少しは食べないといけないわね……いただくわ」

「俺は少し興味があるな。二度とやらないだろうし、一度くらいは食べてもいいだろう」


 それぞれの意見を述べつつ、二人は自分の器に具材を入れる。

 二人の顔は見えないが、それでも恐る恐るという雰囲気は伝わってくる。

 いや、マズイけど食べれないってことはないよ?


「……イチゴを食べてしまったのだけれど、温かいイチゴってこんなにも不味いのね。ショートケーキでも入っているのかしら……」

「俺のは多分栗だな。不味くはないぞ」


 僕の食べた野菜は当たりだったみたいね。

 高御堂君はそこまで嫌がっている雰囲気もなく、箸を止めずに食べている。

 しかし、芦塚さんは心が折れてしまったようだ。


「私はもう辞めてもいいかしら……。せっかく用意してくれたのに、ごめんなさいね……」

「い、いいよ全然! でも、芦塚さんが食べる物無くなっちゃうけど、どうしようか?」

「ならば俺が何か買ってこよう。西河、お前はその鍋を処理しておいてくれ」

「えっ……」


 高御堂君、もしかして逃げた?

 いや、芦塚さんがお腹減ったままなのは困るけどさ……。


「そうね……西河君にお願いしたくはないから、高御堂君お願いできるかしら?」

「任せろ、適当に買ってこよう。西河、電気を付けてもらえるか?」

「う、うん……」


 電気を付けると、白いスープの入った鍋が視界に入る。

 うわぁ……見たくなかったなぁ……。

 本当にショートケーキ入ってるし。

 ほら、芦塚さんも神妙な顔つきになっちゃったじゃん……。


「では、少し出てくる」

「行ってらっしゃーい」


 さて、これを僕一人で片付けるのか……。


「じゃあ、残りを処理しようかな……」

「今更だけれど、食事の時に処理って言葉はおかしいのよね。まあ、これを食べるのは処理としか言えないのだけれど」

「見た目は悪いけど、味は我慢すれば食べれるから頑張るよ」


 僕だって、たまには芦塚さんに良いところを見せたいのだ。

 これを食べる事がカッコいいかは要審議だが、残すよりは良いでしょ。


「全部食べたらご褒美をあげるわ、って思ったけれど、よく考えたらあなたが始めた事なのよね。だからご褒美もナシよ。頑張りなさい」

「厳しいなあ……」


 これは僕が始めた物語なのだ。

 僕の手で終わらせよう。


 この後、根性で鍋を食べ切った僕は体調がおかしくなってダウンした。

 ソファーで死にそうになっている僕を余所に、二人は僕が用意しておいたハロウィンのホラー映画を楽しみながら、なんか美味しそうな物を食べていました。

 音だけでも怖いから、もう帰りたいな……。

 ダメだ、僕の家だったねここ……逃げ場がない……。


 やっぱり、日本のハロウィンはロクなものじゃないんだ……。

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